48.挿話 エルディオ・ハーヴェイ2
「エルディオ、あなたにディアを娶る覚悟はおあり?」
このお方の鋭い視線は今までに何度も見たことがあるが、今日の鋭さは歴代最高かもしれない。それは向けられる対象が自分自身だから、いつも以上に感じているだけかもしれないが。
「娶るもなにも、それ以前の問題ですよ…俺とディア様の間には何もありません」
「今まで徹底的に異性を遠ざけてきたあの子が、こんな短期間であなたに愛称で呼ばれることを許すだなんて、わたくし全く想定していなかったのよ。二人の間に何もないだなんて信じられないわ」
「愛称でお呼びしているのは、ディア様に望まれたからですよ。一連の出来事を経て仲間意識というか、連帯感が生まれたのでしょう。俺みたいなしがない伯爵家の三男坊を親しく思ってくださるなんて光栄なことです」
カレン様ははぁとため息をつき、手にした扇子をバチン!と大きな音を立てて閉じた。思わず身構えてしまう。
「次にそんなつまらないことを言ったら、そこのバルコニーから吊るすわよ。オルガ、縄の用意をお願い」
「かしこまりました、すぐに出せますので…」
「わかりました!わかりましたから頼むからやめてください!!!オルガさんもなんでそんなすぐ縄を取り出せるんですか!?」
観念した俺は、今の自分の気持ちを正直に話すとする。主相手とは言え同い年の異性に自分の恋愛について話すのはかなり気恥ずかしい。
「確かに俺は、ディア様に惹かれています。最初は評判通りの聡明なご令嬢だなと思い、カレン様の存在を匂わせて以降は、我が主に好意的で非常に好ましいご令嬢だと」
「あら、あなたからそんな忠誠心を見せるようなことを言われるのはなんだかむず痒いわ」
「俺もそうだから普段は言わないんですよ…」
我が国にとって最良の王子妃、いずれローハルト殿下の治世を支えるであろう御方、社交界に於いて最も輝く白百合のような令嬢。ディアレイン・ベスター公爵令嬢はどこに行ってもその評判に陰りはないが、二歳の頃から殿下と婚約していたこともあり、年頃の貴族の令息たちの話題に上ることはあまりなかった。ただ、存在だけは誰もが知っていたし、エルディオにとっては自分の主が血を分けた妹たちと同等の存在とまで言うので、ベスター公爵邸への迎えを命じられた時、どんなご令嬢がやってくるのか密かに楽しみにしていた。
「口を開けば、聡明で頭の回転も速いのに発想がところどころズレてて、カレンお義姉様至上主義のようでいて周りをよく見ていて、明らかに格下の俺をいきなり師匠扱いしてくる、大層変わったご令嬢だと印象が変わりました」
それでも最初に抱いた好意的な印象が変わることはなかったが、見た目と前評判からは想像もつかないような突飛な発言に驚かされ続けたものだ。
「あの子はそういうところがいいのよ」
「それは俺も、今ではそう思います」
進むべき道を全て周囲の大人たちに定められたような来歴なのに、彼女は我慢などほとんどしたことがないと言う。それが完全に本心なのか、本心を押し殺している内にいつしか自分でも見えなくなっているのかはわからないが、屈託のない笑みを浮かべて幼い頃の義姉との出来事を愛おしそうに語ってくれた。今の彼女に多大なる影響を与えたのは我が主であるカレンデュラ殿下で、それで今の彼女がここにいるのだと思えば、それはよいことなのだと素直に思えた。
「最初はホントに、妹がいたらこんな感じなのかな~ってぐらいの親しみだったんですよ…」
それが変わったのは、遮蔽空間に閉じ込められた時からか。とにかく彼女を無事元の場所に戻さねばならないと強く思った。様々な理由があれど、守らなくてはいけないとあれほど思ったのは、きっと幼い頃の話を聞いた直後だったからだろう。聖女ハヅキ様との通信が繋がり安堵し、油断があったのかもしれない。あちらの過失とはいえ、婚約関係でもない貴族のご令嬢が相手だと許されない距離まで近付きその身に触れてしまった。自分とて交際していた女性もいるので異性に触れるのは初めてではなかったが、あそこまで細くて華奢で、抱きしめたら折れてしまいそうな儚さを持っているとは思わなかった。それだけならまだしも、アルノルト・コルテスのところから救出した際は、安堵のあまり力いっぱい抱きしめた挙句そのことにしばらく気付かない体たらく。
「なんというか…なるべく手の届く範囲に居て欲しいし、許されるなら俺が守りたいと、思ってしまったんですよ……」
「自分なら守り通せると?」
「彼女の立場やこれからのことを考えると、簡単ではないでしょう。だからこそ俺も精進しなくてはいけません。それに、カレン様も決めたのでしょう?」
恐らくカレン様は一つの大きな決断をし、この後その件についても正式に話があるだろう。それを考えるともっともっと精進しなくては、今までみたいに陰ながら支えてゆくことも叶わなくなるだろう。
「エルディオ、わたくしはあなたのことを高く評価しているわ。それこそ、大事なディアレインを任せても構わないと思っているほど。その上で改めて問うわ…ディアを娶る覚悟はおあり?」
ここは即座に首肯すべきだと思いつつも、そもそもそれは俺一人でどうにか出来ることではない。慎重に言葉を返す。
「そういったことは、俺がどうしたいかで決められることではないでしょう。大前提としてまずディア様のお気持ちが大事です。彼女には彼女の人生があって、しかも今はローハルト殿下との婚約破棄が正式に決まった直後です。そこに付け込むようなことはしたくありません」
「ふぅん、誠実で結構だこと。要するにあなたは、自分自身の気持ちだけで言うならその気は大いにあるということね」
「……………はい」
「よろしいでしょう。ならばわたくしは全面的に支持するから、早いことあの子の心を奪ってしまいなさい」
「ひっそりと心の中で支持してくださるだけで結構ですからね…頼むから余計な手出しはしないでくださいね!?」
「あなたの言う余計な手出しが何のことを指すのかわたくしにはわからないけど、わたくしの邪魔立てはしないことね。いつでも吊るす準備は出来ているのですから」
「あまりにも不穏…!」
そうこうしていたら、別室でお召し替えをされていたハヅキ様が戻ってきた。高位聖職者が身にまとう純白のローブをその身にまとった彼女は神秘的だ。しかし表情はなんだかとてもニコニコしていて、年頃の少女らしい好奇心に満ちている。
「あらハヅキ、ご機嫌ね。セイタロウと通信でもしていたの?」
「ち、違います!ディアさんと喋ってたんです!!」
ここで渦中の人の名前が突然出てきて、思わず噎せてしまう。落ち着け自分。
「カレン様、ちょっといいですか?実はさっきまでのディアさんとの会話をこっそり録音しておいたので、これを聞きながら作戦会議をしたいんです!」
「よくやったわ、ハヅキ。ディアが来るまでに早急に作戦を立てましょう」
女性二人はそう言うと、俺を放置してさっさと別室に移動してしまった。どうやら俺に聞かれてはまずい話のようで、自分不在で自分に関わる重大な出来事が動いている気がしてならない。カレン様を我が主と定めてから今日まで色々あったが、一連の出来事はその最たる例だ。伯爵家の三男で継ぐべきものを何も持たず、兄たちの補佐をして終えるつもりだった一生が随分数奇なことになっていると思う。不思議とそのことは、まったく嫌じゃなかった。何より今は、正装のドレス姿のディア様がここにやってくることが楽しみだなと思った。
◇◇◇
その後、ディア様が俺の瞳の色の装身具を身に着けているのを見て、あまりの出来事にその場で卒倒しかけた。本当に彼女に驚かされてばかりな俺だった。




