47.
『ディアさん、聞こえてますかー?大丈夫ですかー…?』
「はっ…あら、ハヅキ様?私ってば無意識のうちに通信を…?」
「お嬢様、私がカレンデュラ殿下にお願いしてハヅキ様を呼んでいただいたのです」
固まってしまった私を元に戻して王城に連れていくには助っ人がいると判断したミリアは、エルディオ様と私の関係を知っていて気安く話せる相手ということで、ハヅキ様を頼ったそうだ。たしかにハヅキ様は恋する乙女なので、こういったことにはお詳しいだろう。物凄く助かる。
「ミリアありがとう!!!少しだけハヅキ様と二人で話していてもいいかしら…?」
「では、私は隣室に控えておりますので、どちらのドレスをお召しになるか決まりましたらお声がけください」
◇◇◇
二人きりになり、少しの沈黙の後ハヅキ様が口を開いた。
『あのー……ディアさんは、エルディオ様のことをどう思っていますか?異性として好きかどうかは置いておいて、単純にどう思うかだけを、まずは考えてみたらいいと思うんです』
なるほど、それなら固まらずに考えられそうだ。
「エルディオ様は私にとって、カレン様の身近にお仕えする文官としての師匠的存在です。私は立場上オルガのような侍女にはなれないので、ローハルト殿下と婚約を破棄した上でカレン様のお傍にいるためには、名誉回復だけでなく結果を出してカレン様に有用さを示す必要があると考えました」
『わざわざそんなことしなくても、カレン様がディアさんを遠ざけるとは思えませんけど…』
既に優秀な側近を幾人も抱えたカレン様のお傍に仕えるためには、今いる人材と同じくらいかそれ以上の成果を見せる必要があると私は考えた。その上私はローハルト殿下の元婚約者なので、表立って仕えることを周囲の貴族たちから反対される可能性が高い。そのためエルディオ様のように、他の側近が持っていない能力をお持ちで、尚且つ表立って側近と公言せずに働くことが出来ればいいと思ったのだ。すなわち、今のエルディオ様のお立場は私にとって理想的なものなのである。
「最初はただ師匠として見ておりましたが、エルディオ様は私の立場を考慮しながらも必要以上に畏まることなく、公爵令嬢で王子殿下の元婚約者かつ主の元義妹という複雑な立ち位置に居る私に対し、そういった立ち位置に関係なく一人の人間として接してくださいました」
『カレン様の側近だし、無茶ぶりに慣れてるからかあんまり物怖じしない感じありますよね、エルディオさん。聖女の私に対しても、ローハルト殿下の側近の人たちほど畏まってないですもん』
「はい、そのような振る舞いは誰にでも出来るものではありません」
『そういうところが好きなんですか?』
「すっ………!?」
油断していたところにざっくり斬り込まれて、またもや動揺してしまう。なんだか顔が熱い。
「た…確かに好ましくは思っております。アルノルト・コルテスに害されそうになった時も助けてくださいましたし、その後も、もう絶対離したくないというような意味合いのことを言ってくださって、今まで感じたことがないような想いが胸に広がりました」
『え!?それエルディオさんもディアさんのこと超好きなんじゃないですか!!??いつの間にそんな進展してたんですかーーー!!!』
「いえ、そのようなことでは、ないと思うのです…」
『どうしてですか?ディアさんは綺麗で賢いし、沢山のご令嬢からも好かれてるし、アルノルトさんだって求婚してきてたでしょう?殿下だって本当は私じゃなくてディアさんに好かれたかったみたいですし。エルディオさんだってきっとディアさんのことが好きですよ!もし万が一今の時点でまだ恋じゃなくても、ディアさんから押していけばぜーったい落とせますって!!』
「……以前禁書庫で恋バナをした際に、エルディオ様は理想が高くて婚約者がなかなか決まらないとおっしゃっていたでしょう?私のような、一度婚約破棄された扱いが難しい身の上では、きっとエルディオ様の理想からは程遠いと思うのです…」
ローハルト殿下自身が私の潔白を明言したとしても、一度婚約破棄された公爵令嬢が難しい立場なことに変わりはない。父と婚約が内定していたコルテス公爵夫人も、まだ年若い侯爵令嬢でご本人には何の瑕疵もなかったが、年頃と家格の釣り合うお相手を見付けることが難しかったため王家の紹介でコルテス公爵の後妻に収まったくらいなのだ。ましてや私と殿下の婚約破棄はこれから国中の貴族たちに周知される。私自身に疚しいことがなくても、いろんな憶測が飛び交うことは想像に易い。
『ディアさん、そんなこと言わない!暗いことばっか考えてたら気分も下がるし、口に出したら暗いことを呼び寄せちゃうかもしれませんよ?なるべくいいことばっか考えて、叶って欲しいことを口に出してみませんか?』
「叶って欲しいこと、ですか?」
『はい!この場合は、エルディオさんも私の事を好きでいてほしいとか、幸せな結婚が出来ますようにとか、そんな感じです!』
「私が、誰かと幸せな結婚を?できるのでしょうか…」
思えばローハルト殿下とも、幸せな結婚をしようとは考えたことがなかった。円満な関係でありたいとか世継ぎはしっかり生みたいとか、そういったことしか頭になかった気がする。そもそも殿下を愛してしまっては、様々なことに感情的になり上手くいかなくなる恐れが生じるので、両親やテオに向ける好きの気持ちと同じようなものになるよう心掛けていた。そうしたことをする必要がなくなった今なら、好きな人と愛し合って進んで結婚をする選択肢を選ぶことが出来るのだろうか。
『そんなに不安そうな顔しないで。きっと大丈夫!私もついてるから、エルディオ様とお話ししてみましょう?』
「……聖女ハヅキ様がついていてくださるなら、恐れることなんてなにもありませんね」
『はい!だから早く着替えて王城に来てくださいね。前にディアさんがしてくれたみたいに、ぎゅーっとしたら元気が出るなら私もしますから!』
「えっハヅキ様が?抱きしめてくださる??これはのんびりしている場合じゃない…!ミリア!ミリアーー!!来てちょうだいーーーーーー!!!!!」
『えっめっちゃ元気になった……どうしよう早まったかな………』
思いがけない僥倖に恵まれた私は即座にミリアを呼び、少しだけ迷ったのち紫のドレスを着用することにした。そして、髪飾りと首飾りはエルディオ様の瞳の色を思わせるラピスラズリのものを身に着けることにしたのだった。




