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46.

一連の件の報告のために王城へ向かうことになった私たちは、支度のため一度解散した。図書館業務の合間に使用していた修道院の拠点の部屋ともこれでお別れだ。公爵邸の監視人数が多いときはこちらの部屋で寝起きした日もあったので、感慨深いものがある。修道士や修道女の皆様にお礼を告げて、ジェイムズが待つ馬車へ向かう。


「わたくしはハヅキとエルディオを連れて、先に向かっているわ。この二人の正装の支度もするから、慌てて来ないで少し休んでからおいでなさい」

「は、ハヅキ様の正装ですか!?あの神々しいローブ姿をまた見れるのですね…!」


以前の騒動の際、ローハルト殿下に伴われ高位聖職者のための純白のローブ姿で国王陛下に謁見するハヅキ様を拝見したが、黒髪がよく映えて大変な御美しさだったことは記憶に新しい。それに、いつも図書館員の制服をお召しになっているエルディオ様の正装姿も楽しみだ。


◇◇◇


かくいう私も、きちんとドレスアップするのはあの夜会の日以来だ。私とローハルト殿下は従姉弟同士だからか瞳の色がそっくりなので、それに合わせてアイスブルーのドレスを身に纏うことが多かった。今日からはその色は避けたいので、どうしたものかと考えていたらミリアが目新しいドレスを二着持ってきてくれた。上品な淡い紫と、深みのある紺色だ。


「どちらも大人びていて綺麗ね。紫はカレンお義姉様の瞳の色かしら?」

「えぇ、その通りです。ちなみに紺色は、エルディオ様の瞳の色から選びました。まだ早いかとも思ったのですが、奥さまが大層乗り気でいらっしゃったのでいいかなと」

「こちらの紺のドレスもとても素敵ね。今までドレスでは着たことのない色合いだけど、図書館の制服を思い出させるわ」


よくよく考えたら図書館制服の簡素なドレスとエプロンは、それぞれエルディオ様の髪と瞳の色だ。ハーヴェイ伯爵家の方が着用するとよく馴染むように作られたのかもしれない。と、ここまで考えたところでふと我に返った。


「あれ、ちょっと待ってちょうだい、ミリア。私がカレン様の瞳の色を身に纏うのは、ローハルト殿下との婚約を解消してカレン様を支持すると表明することになるからよいと思うの。でも、何故師匠の瞳の色のドレスが用意されているの?これではまるで…」


アイスブルーのドレスは婚約者だったローハルト殿下の瞳の色だ。紺色のドレスを纏うとなると、私がまるでエルディオ様とそういった関係のように見えるのではなかろうか。


「はい、お嬢様の次期婚約者と目されている方の瞳の色のため、こちらを用意した次第です」

「えっ…………………そうなの?」

「違うのですか?」

「ち、ち、違うと…思うけれど………?」

「しかし奥さまは既に旦那様にご報告済みのようですよ?」

「えぇっ!?」


母が言っていた「早急にお話を進めなくては」というのは、もしや私とエルディオ様の婚約を調えようとしているのか。それはまずい。


「大きな誤解よ、ミリア。早くお母様を止めなくては…というかミリア、何故あなたが止めなかったの!?」

「私はてっきり、まだ公言されていないだけでお嬢様とエルディオ様が内々にそういうご関係になっているのかとばかり」

「えっ…………………そうなの?」

「違うのですか?」

「ち、ち、違うと…思うけれど………?」

「何故当事者のお嬢様が疑問形なんですか…」


一度退出したミリアは、先程お母様に勧めていたものと同じハーブティーを用意して戻って来た。我ながら動揺している自覚があるのでとても助かる。


「えぇっと…ミリアは何故、私とエルディオ様が、好い仲だと思ったのかしら?」

「好い仲というか、最初は随分懐いているなと思っておりました。お嬢様には弟君しかおりませんし、近しい親族にも年上の男性はおりませんから、お兄様がいたらこんな感じになるのかしらと思っていた程度です。お嬢様を大切にされているカレンデュラ殿下が直々に付けた側近の方ならお傍にいても問題ないという安心感もあり、いい機会なのでローハルト殿下以外の異性にも慣れてもらえたらと考えておりました」


そう言われるとその通りだ。文官のエルディオ様は威圧感がないし物腰も柔らかいので、接していて変に緊張せずに済んでいる。なんといってもカレン様が信を置き、オルガを始めとするカレン様の昔からの側近たちにも認められているようなので、それだけで私はエルディオ様を信じられる。共に行動することを命じられてもまったく嫌じゃなかった。


「図書館で勤務されるようになってから、婚約破棄されて以降少々無気力になっていたお嬢様に活気が戻りました。カレンデュラ殿下に頼られて嬉しいのだろうとか、初めて外で働くという経験にはしゃいでいるのだろうと思っておりましたが、ご様子を見ていると随分エルディオ様に話し掛けていました。博学なエルディオ様から多くの学びを得て、本当に師弟関係のようになっていくならそれもまた得難い経験かと」


王子妃教育の内容は多岐に渡り、様々な知識を身に着けたと自負しているが、市井の方とじかに触れあう機会はさすがになかった。エルディオ様は業務中もよく目を配っていてくれて、大変そうな利用客はそれとなくご自分が引き受けてくれていたため、見習いの私はそれに甘えて随分働きやすい環境をいただいていたと思う。懐いて当たり前だし、短い期間ながら多くの学びを得たのは間違いない。


「はっきり変わったなと感じたのは、禁書庫の探索中に遮蔽空間から戻られた後ですね。もしや不埒なことでもされたのかと懸念しましたが、エルディオ様からその時の詳しい状況を聞き取ったカレンデュラ殿下がエルディオ様を遠ざけることをしなかったので、問題ないと判断しました」

「え、はっきり変わってたの、私?どんな風に?」

「なんと言いますか…少々躊躇いが見えるというか、エルディオ様に近付いた時に一瞬意識するようになっておりました。ほんのわずかな差ですが、お嬢様に付き従っている者なら気付くぐらいの変化です。心当たりはございますか?」


ある。はっきりとある。詳細は語れないため首肯するに留めたが、ミリアはやや険しい表情になり問いかけを続けてきた。


「その変化は、お嬢様にとって嫌なものではございませんか?」


これにも大きく首肯した。異性に触れたことが嫌じゃないと口に出して言うのは、私には難易度が高い。破廉恥令嬢だと思われては今後のミリアとの主従関係にも大きな影を落としかねない。


「ではもう、この際だからハッキリ問いましょう。お嬢様はエルディオ様をお慕いしておられますか?」


その問いに答えるのも、私には難易度が高くそのまましばらく固まってしまった。

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