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44.

「お母様、落ち着いてください。はい、深呼吸して」

「うぅ、うちの娘は今日も優しくて落ち着いていて素敵な子なのに、こんないい子が何故…」

「はい深呼吸してくださいねー。すーはーですよー」


母はいつも明るく元気で我が親ながら何歳になっても美しく魅力的な女性だが、いかんせん落ち着きがない。次期女王と目されていたという話も実は半信半疑だ。


「お母様がお戻りになられる前に、その件に関してはひと段落しました。詳しくはまた後程お話ししますね」

「そうやってまた旦那様も私もいないところで一人で決めちゃって…!こんな時ぐらい頼って欲しいのよ。そんなに私たちは頼りないのかしら!?」

「では、次の機会には必ず頼らせていただきますね」

「あなたが両親に頼らなくては解決できないような困難に見舞われるなんて、これ以上あってはいけないわ…!」

「めんどくさくなってきた…」

「奥様、長旅の疲れで混乱されているのでしょう。こちらをお飲みください」


母の訪れと共に退出したミリアが、鎮静作用のあるハーブティーを用意してくれた。さすがである。


「お父様はこちらにはいらしていないのですか?」

「旦那様は国王陛下ご夫妻と一旦王城に入られたわ。娘の一大事に何を悠長にと思ったのだけど、母親である君が一番に駆けつけてあげなさいとおっしゃられたので、私だけ先にこちらへ来たの」

「できれば二人で来てほしかったですね…」


父というストッパーが居ないと心のままに振舞う母は、私がしっかり制御せねばならない。そんなところも母の魅力だと思うのであまり口うるさくしたくはないが、今ここにはコルテス公爵父子がいる。不用意な発言で場を荒らされたくない。


「アンゼリカ叔母様、お久しゅうございます。無事のお戻りをお戻りをお待ちしておりましたわ」

「まぁ、カレンデュラ殿下!久しいですわね。一層お美しくなられて…」


カレン様がいい感じに母の気を逸らしてくれたので、この隙にアルノルトと向き合うことにする。


「アルノルト様。私は、父も母も恨んだことはございません。かつては両親の行いのせいで己の歩む道が定められていることに疑問を覚えたこともございますが、そのおかげでカレンデュラ殿下を初めとする王家の姫君の義妹となれました。ローハルト殿下は王家唯一の男児なので、殿下と結婚することでしか姫君たちの義妹にはなれないのです」

「真っ先に出てくるのがそれなのか……だがしかし、得られなかったものも沢山あるだろう。学園入学までの時間は王子妃教育に忙殺され、友人もろくに作れず、入学後はその立場が影響し対等な関係を築ける相手など一人もいない。あなたはいつも沢山の女学生に囲まれていたが、皆一定の距離を保っていて誰もあなたと特別親しくなろうとはしなかった。親に定められた立場が、あなたを孤独に追い込んだのではないか?」


こちらを探るような目つきは、どこか切実さを感じた。彼が望むような答えではないかもしれないけど、何かが響けばいいと思いながら言葉を紡いだ。


「カレンデュラ殿下が、私を一生孤独にしないと誓ってくださいました。それに、弟とその婚約者も私を真っすぐに慕ってくれています。ご令嬢方も周りから見れば一定の距離を保っていて親しそうには見えないのかもしれませんが、女子だけで過ごす寮内では皆さん気さくに接してくださいました。私の立場を考慮し砕けすぎない振る舞いではございますが、学業や恋のお悩みを打ち明けてくださったりと、随分心を許してくださっているのです。もしお疑いになるのでしたらハヅキ様に聞いていただいても構いませんよ」


名指しされたハヅキ様が大きくうなずく。準備万端と言わんばかりにスマホを片手に掲げてこちらを見ている。あれを使えば、私の言葉に嘘がないことがわかるのだ。


「それに私は、いつまでも少女のように父に恋をしている母が好きなのです。また、母が王座を諦め降嫁を決断し父がそれを受け入れたからこそ、私は生まれてきたのです。感謝こそすれ、恨む理由などございません」

「あなたはいつもそうなのだな。何もかもを他者に決められたような道を歩んでいるのに、不思議とそう思わせない強さを持っている。いつだって優しく微笑んで光を放ち続けている…それは僕にとっての希望の光で、焼き尽くされそうなほど眩しかった。学園入学後のほんのわずかな期間で、すっかりあなたから目を離せなくなった。婚約破棄のあの場で初めてあなたの瞳が俺を捉えて、怯えた色を見せたとき、望外の喜びを感じた」


アルノルトの発言が不穏な色を帯び、背後のエルディオ様が警戒を深めるのを感じた。それを感じられるからこそ、私は何も怖くない。


「あなたを手に入れることが出来れば、僕の今までのすべてが報われるんじゃないかと思ったんだ。だから…」

「いいえ、それは違います」


私はキッパリと言い切った。今なら自信をもって言えるので、言葉を続けてゆく。


「私も先程ローハルト殿下にこれまで積み重ねて来たものを否定されたとき、目の前がグラグラして足場が崩れるような思いでした。けれど、それで私がしてきたことが無くなるわけではないのです。王子妃にならなくても、学園を追い出されても、今まで培ってきたことをこれからの人生に生かせばよいのです。だからあなたも、自分の人生を他者に委ねることはやめてください」


エルディオ様が私にくれた宝物のような言葉を思い出しながら、どうかアルノルトにも届くようにと祈るような気持ちで伝えた。


「アルノルト様は、これから生活が一変するでしょう。今焦って私に手を伸ばすのではなく、時間を掛けて色々な可能性を探ってゆけばよいのです。御母君の望みを叶えるための人生じゃなく、自分自身がやりたいことを、まずはこの三か月間で考えてみてはいかがでしょう」

「……三か月後、それでもやはりあなたに手を伸ばしたくなったら、あなたは応えてくれるのか?」

「申し訳ありませんが、その可能性はございません。私が望む未来にアルノルト様と共に歩む道はないのです」


同情して期待を持たせるようなことはせずに、これも言い切った。未来の可能性まで否定するのは今言ったことと矛盾してしまうが、それでもどうしても、私の心は変えられる気がしない。アルノルトは一瞬縋るようにハヅキ様を見たが、スマホを通して私たちのやり取りを見守っていたハヅキ様は軽く首を横に振った。


「………正直に伝えてくれて、ありがとう」


大人びた印象のアルノルトだが、最後の寂しげな微笑みはどこか幼子のようだった。

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