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43.

「ディア、呼びつけてしまって悪いわね」

「いいえ、とんでもないです!両親の話もあると伺っております。テオドールは取り込み中なので、私がベスター公爵家を代表して同席させていただけますと幸いに存じます」


聖堂の奥にあるこじんまりした控室で話をしていたカレン様とコルテス公爵は、気遣わしげにこちらを見た。アルノルトは俯いており、表情が窺えない。


「初めまして、コルテス公爵。ディアレイン・ベスターでございます」

「どうか頭を上げてくれ、ディアレイン嬢。この度は我が息子と妻が貴方に申し訳ないことをした…家長としてお詫び申し上げる。これで貴方の名誉が回復するわけではないが…」

「あら…コルテス公爵はカレンお義姉様と同じで、とても誠実でいらっしゃるのですね」

「幼い頃わたくしに剣の稽古をつけ、軍略の基本を教えてくれたのは公爵なのよ。尊敬しているし、大きな影響を受けたと自覚しているわ」

「まぁ、そうだったのですね!」

「そうなのですか、父上」


アルノルトも驚いたような顔をしている。公爵は王都に詰めていることが多く、領地の事は家令や親族に任せていることがほとんどのようなので、実父とはいえあまり関わりがないのかもしれない。


「アルノルトの行いについて、ディアが攫われたことも含めて全て話したわ」

「え!?ディアさんが攫われたって…それいつのことですか!!??」

「ハヅキ様、お伝えしておらず申し訳ありません。すぐに戻ってこられましたし、この通り元気なのでわざわざお伝えしてお心を煩わせることもないと思い…」

「ホントになにもなかったんですね…?はぁ、無事でよかった…」


もう過ぎたことなのに、ハヅキ様は私の手をぎゅっと握って無事を喜んでくださった。こういうところが大好きだなと思う。御手が柔らかい。役得だ。


「アルノルトの言動がローハルト殿下とディアレイン嬢の婚約破棄を後押ししたこと、にも関わらずディアレイン嬢を連れ去り一方的な求婚を迫ったこと、いずれも卑劣な行為です。今後は公爵家から除籍し領地にて監視付きで蟄居させます。もう二度とディアレイン嬢の視界に入ることがないようにいたしますので、それでご容赦いただきたく…」

「あら…私としましては、そこまでの処分は望んでおりませんが」

「いいえ、そういうわけにはいきません。次期国王と目された王子殿下と、王家の血を引く公爵令嬢が婚約を解消するきっかけを作ったアルノルトの罪はあまりに重い。それがあなたを手中に収めるためだったのだとしたら、なおの事です」

「しかし、私の母は父と婚約するために、何の罪もないコルテス公爵夫人を婚約破棄に追い込んだと聞き及んでいます。そのことが夫人に昏い影を落とし、ご子息の行動に多大な影響を与えたのだとしたら、私がそれを咎められましょうか」

「それはあなたが気になさることではありません」

「公爵はそうおっしゃいますが、知ってしまった以上そうは思えないのです」


アルノルトの言動からは、母の期待に応えて喜ばせたいという思いが伝わって来た。しかしそれと同じくらい、いつまでも過去に縛られている母の言うことに従うことが苦痛なようにも見えたので、彼の心中は複雑なのだろう。それを思うと、彼一人だけが貴族籍から除名されて今後の人生が困難なものになってしまうのは、後始末を彼だけに押し付けすぎなように感じられる。


「こう言っては何ですが、今回の騒動が原因でご子息が貴族社会から追放されては、ご夫人が立ち直れなくなってしまうのではという懸念がございます。その上原因に私がおりますので、それを知ったご夫人のベスター公爵家への恨みがますます募っては本末転倒ではないでしょうか」


夫人の人となりは知らないが、長年の恨みが募っているようなら最大限に警戒をしておきたい。それにアルノルトの下に幼い弟君がいるようなので、その子のことも心配だ。


「コルテス公爵、わたくしもディアの意見に賛同するわ。あなたは今まで夫人と息子たちと接する時間が少なかった分、今から関わりを深めることで改善できる点もあると思うの。よって今回の騒動の沙汰は、家長のあなたの三か月間の謹慎処分とアルノルト・コルテスの三か月間の停学処分とします。その間は領地で過ごし、決して王都には出てこないこと。騎士団長の代理は副団長に任せ、ブルーノ・コルテスを補佐につけましょう」

「カレンデュラ殿下…寛大な処置、恐れ入ります」

「ただし、この決定にアルノルトが異を唱えたり約束を守れないのであれば、その時は公爵家から除籍します。よろしくて?」

「……はい。ただ、最後に、ディアレイン様に質問したいことがございます」


感情を押し殺したような目でアルノルトがこちらを見る。後ろに控えていたミリアとエルディオ様が私を隠すように一歩前に出たが、彼の質問が気になった私は気にせず話し掛けた。


「私に答えられることでしたら、どうぞ」

「あなたは自分の親を――母を、恨んだことはないのか?」


その問いかけとほぼ同時に、控室のドアが勢いよく開いた。


「ディアレイン、遅くなってごめんなさい!!!!」

「……お母様?お戻りになられたのですね。おかえりなさいませ」

「あなたどうしてそんなに平静なの!?婚約破棄されたばかりなのでしょう!!??」


私としては先程その件の決着がついたところなのだが、その辺りの事をまだ知らない母は私を見るなり半泣きだ。この母の前でアルノルトからの質問に答えるのは些か困難だなと思った。

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