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42.挿話 ローハルト・デ・アデリア

アデリア王国第一王子、ローハルト・デ・アデリア。大陸の中でも大国に分類され、数多くの魔術遺産を所有する由緒ある王国の唯一の男児で、次期国王と目されている。それが私だ。三人の姉と一人の妹、優しいけれど時に厳しく教え導いてくれる尊敬する両親。そして――


◇◇◇


「ねぇ、ディアねえさまはどうしていつもどこかへ行ってしまうの?なぜ同じおうちにいてくれないの?」


あれは確か6歳のころ。もうじき弟か妹が生まれるため母上と触れ合う時間が激減し、父上は元々気軽に会える相手ではなかったため、姉たちは殊更自分を構ってくれていた時期だったと思う。自分には姉が四人いると思い込んでいた、幼いあの頃。


「ローハルト、あまりディアを困らせてはいけないわ」

「でも、カレンねえさま…」

「ほらほら、今夜はわたくしのベッドで一緒に寝ましょう?とても冷え込むようだから、くっついて寝ましょうね」

「マリーねえさま!では、ディアねえさまもいっしょがいいです!ねえさまがたがおかぜを召されないように、ぼくがんばっておふとんををあたためます!」


無邪気にお願いする私に、優しく微笑み目線を合わせてくれたディアのことを今でも覚えている。彼女はいつでも優しかったし、私の事を過度に子ども扱いして誤魔化すようなこともしない誠実な女性だった。


「ローハルト殿下は私のことを姉姫様方と同じように慕ってくださいますが、私はあなた様の姉ではありませんの。ここではない帰るお家が他にあって、家族や弟が待っているので帰らなくていけません」

「じ、じゃあ、ほんとうはねえさまって呼んではいけないの…?」

「殿下がそう呼んでくださるのが嬉しくて、つい訂正せずにそのままにしてしまいました。ごめんなさい。私は殿下の婚約者なので、これからはディアと呼んでくださいますか?」

「…ディア」

「えぇ。私のことをディアと呼べる殿方は、お父様や陛下のような大人の方を除けば殿下だけなのです」

「ならぼく、たくさん呼ぶ!だから明日も会いにきてくれる…?」

「えぇ、もちろんです。毎日来ますから、呼んでくださるのを楽しみにしていますね」


その時は毎日会いに来てくれるとの言葉に無邪気に喜んでいたが、彼女は既に王子妃に内定しているため、王城で姉姫様と共に王族になるための教育を受けるべく日参する必要があっただけだ。


カレン姉様は少し厳しいけど難しいことをわかりやすく教えてくれて、マリー姉様はとっても優しい。ヴィオ姉様はたくさん一緒に遊んでくれる。三人とも大好きな姉様だけど、ディア姉様はいつも微笑んでいて、静かに僕のお話を聞いてくれる。一緒にいると心が暖かくなる姉様なので、実は一番好きだった。姉ではなく婚約者だと知り、その意味がよくわからなかった僕にカレン姉様はこう教えてくれた。


「ディアレインのお母様はわたくしたちのお父様の妹君で、あの子は王家の人間にとっても近い血筋なの。いずれあなたと結婚して、二人はお父様とお母様のようになれるよう励むのよ」

「そうしたらディアは、同じおうちにいてくれる?もうどこにも帰らない?」

「えぇ、あなたたちはいずれ家族になるのだから」

「そっか!よかったぁ!!」


大好きな人が未来の家族なのだと思えば、今は同じ家で暮らせなくて少し寂しいけれど、大人になるのが楽しみだなと無邪気に思った。



◇◇◇


月日は流れ、私の13歳の誕生日当日。ディアはもうじき魔術学園に入学し寮生活が始まるため、これまでのように頻繁に王城に来ることはなくなるという。そのころにはもう己の立場をわかっていたし、自分たちの結婚はこの国にとって必要なことだと理解もしていた。幸い私は彼女の事を好ましく思っていたし、どんどん美しく成長する彼女の姿に目を奪われることも多くなっていた。


「殿下、しばらくの間はこれまでのようにお会いすることは叶いませんが、どうかお元気で」

「ディア…慣れない寮生活は堪えるかもしれないが、どうか無理をしないで欲しい」

「ふふ、お気遣いありがとうございます。ローゼマリー殿下が寮での暮らしをご指導くださるそうなので、心配なさらないでくださいね」


彼女はいつでも落ち着いて微笑んでいて、未来の王子妃にふさわしい振る舞いが身についているように見える。それは嬉しいことのはずなのに、私は少しの寂しさのようなものを感じていた。


「心配くらいは、させてくれてもいいじゃないか。ディアは私の婚約者なのだから」

「では、お気持ちは有難く受け取りますわ」


微笑んでくれるのに寂しいなんて、贅沢なことだとわかっている。だけど私は、彼女の笑顔以外の表情も見たかったのだ。


◇◇◇


更に月日は流れ、私は15歳になった。カレン姉様は学術大国のヴェイア王国へ留学し、マリー姉様は隣国ファーレンの王子と恋に落ち、近くかの国に嫁すことが決まった。マリー姉様はベスター公爵家と同じ四大公爵家のディーク公爵家に降嫁する予定で調整していたが王子と姉様二人の意思は固く、双方の国に利がある婚姻なので強く反対する者もいなかったため無事成婚となった。そのためカレン姉様とヴェイアの王太子の間に持ち上がっていた縁談には慎重にならざるを得なくなった。王族相当の魔力を持つディアが王家に嫁いでくるのは王家にとって喜ばしいことだが、陛下の妹が現ベスター公爵夫人であることを考えると、他の公爵家との関係を保つための国内での婚姻を検討せねばならない。とはいえまだ王家の姫はヴィオレッタ姉様も末のリコリスもいるので、難しく考えなくてもよいだろうと思っていた。そんな中側近のテオドールからもたらされた報せには驚かされた。


「ヴィオ姉様が?それは本当なのか?」

「えぇ。ヴィオレッタ殿下から直接話を伺った姉から聞いた話なので、間違いないかと思われます」

「ディアから…そうか」


第三王女で僕の一つ年上のヴィオレッタ姉様が、リンドール辺境伯家の嫡男と想いを交わしたという。その報せをもたらしたテオドール・ベスターはディアの弟なので、確かな話だろう。


「ローゼマリー殿下のご婚約の直後なので、しばらく公にすることは控えるおつもりのようです。殿下には内々に報せておいた方がよいだろうと姉が判断したため、身内である僕を経由しての報せになったとのことです」

「そんな大事な話なら直接報せてくれてもいいのに…」

「お二人が交流していると嫌でも注目が集まりますし、内密にしているつもりでもどこから情報が漏れるかわかりません。こういうときに姉の役に立つために僕がいるのですから、どうか頼っていただけると有難いです!」


テオドールはディアのことを崇拝していると言ってもいいほど姉中心に世界が回っており、口を開けば「姉が!」「ディア姉様が!」「我が尊き姉上様が!!」とディアの話ばかりするので、一緒にいると少し疲れる。これで婚約者とは仲睦まじいのだから驚きだ。相手もディア至上主義のご令嬢なので、よき縁に恵まれたのだろう。自分とて美しく聡明な婚約者に幼い頃から恵まれているので、口に出すことは憚られるが。


テオドールが自室へ戻った後私は誰かと話したくなり、最近側近となった四大公爵家のコルテス家の次男であるアルノルトを呼び出し、先程テオドールから報告された内容を話した。


「リンドール辺境伯家は、長く緊張関係にあったファーレン王国との国境に接しているため、かの家は国防の要です。王立騎士団を率いる我がコルテス公爵家と双璧を成す武門の家柄ですが、中央への影響力は薄く有力貴族と縁付くことも稀な一族なので、ヴィオレッタ殿下との婚姻は喜ばしいことでしょう。ファーレンにはローゼマリー殿下も嫁がれますし、両国の関係も善きものに変わってゆくはずです」

「マリー姉上もヴィオ姉上も王都から出てしまうし、このままだとカレン姉上もヴェイアの王族に嫁ぐのだろうと思うと、少し情けない話だが些か心細いものがあってな…」

「しかし、殿下にはディアレイン・ベスター公爵令嬢がおられるでしょう。僕はあまり交流がありませんが、親戚筋の令嬢たちからは素晴らしいお姉様だと慕われているようです。成績も優秀で人望も厚く、ローハルト殿下を支えてくださる御方です」

「支えてくれる、か…。皆口を揃えてそう言うな…」


ディアレインはおそらく異性にあまり興味がないのだろうと、入学以来強く思うようになった。学園で見掛ける彼女は女子寮での生活とそこに住まう令嬢たちとのたわいないやり取りを何より大事にしているようで、学年も住まいも異なるので仕方のないことかもしれないが、せっかく同じ学園の生徒になったというのにあまり交流を持てていない。昼時は共に食事をすることもあったが、私は私でテオドール以外の同年代の令息たちと交流することがそれまであまりなかったため、ディアレインが積極的にこちらに来ないのなら自分だっていいだろうという思いもあり、令息たちとの時間を優先するようになっていった。


「離れている時間に己を磨き、共に過ごす時間で日頃どのように過ごしているのかを語り合えばよいのですよ。きっとディアレイン様も、その時間を楽しみにしているでしょう」

「うむ、そうだな!ディアレインはきっと、私と同じで姉上たち以外の同年代の令嬢と過ごす時間を貴重なものだと理解し楽しんでいるのだろう。その間私も彼女に負けぬよう、皆と交流を深め信頼を得たいものだ」

「その意気です、殿下。我がコルテス公爵家の縁戚が中心になりますが、明日の休日は談話室で皆で語らいませんか?殿下と話してみたい者は沢山いるので、大勢集まるでしょう」

「あぁ、助かる!アルノルトは気が利くな!!」


少しの不安や焦りはあれど、その頃はまだディアレインとの未来を信じていたし、彼女と結婚して父上の後を継ぐことしか考えていなかった。


◇◇◇


「ハヅキはまだ見つからないのか?」

「申し訳ありません、殿下。我々も手は尽くしているのですが…」


我が新たな婚約者、救国の聖女ハヅキが離宮から消えて一夜明けた。ハヅキとの距離を一気に詰めようとしたところ彼女が持つ魔術遺産から制止の声が聞こえ、まばゆく光った後彼女の姿は消えていた。動転した私は側近たちを集め離宮内をくまなく捜索したが見付からず、更に捜索範囲を広げて夜通し探したが、彼女はどこにもいなかった。元の世界に帰ってしまった可能性を考え、目の前が真っ暗になる。


「……こんなとき、どうしたらいいのだろうか」


思えばこうして壁にぶつかったとき、私に助言したりさりげなく手を差し伸べてくれるのはディアレインだった。私の至らない点をハッキリ指摘することもあれば、彼女の持つ知識でそっと正解に導いてくれることもあった。しかし彼女はそんな私の感謝の気持ちを踏みにじるかのように、己の立場を脅かす聖女ハヅキを虐げ、令嬢たちの輪からはじき出したという。まさかディアレインがそんな卑劣な真似をするとは思えず最初は半信半疑だったが、ディアレインが主催する茶会でハヅキが誰とも言葉を交わせずに戻ったと知り、付き添わせたアルノルトから仔細を聞くと一気に信憑性が増した。いつだって真っすぐ前を見据えて凛としている彼女だったが、それは己がいずれ王子妃になるという心の余裕から来る態度だったのだろう。足場を崩されかけたときに見せた本性は私が知っている彼女からはかけ離れていた。


「くそ……アルノルトはまだ戻らないのか!?」

「外出中ですが、昨夜のうちにこちらの状況は伝えてあります。もう間もなく戻られるかと」

「戻り次第すぐここへ来るよう伝えてくれ。アルノルトの戻りと共に報告会をするので、他の者も集めておくように」

「はっ!」


ディアレインとの婚約を破棄し、ハヅキを新たな婚約者として迎えるために準備を整えた。ディアレインを支持して聖女との婚姻に反対しそうな貴族の令嬢たちは私の陣営から遠ざけ、また側近たちには親が決めた婚約者に囚われず自分の意思で愛しい相手を見付けて幸せになってもらいたいので、婚約を破棄させた。これでハヅキの敵になりそうな者は排除出来たので、ハヅキもそろそろ己を偽らず私の好意を素直に受け取って気持ちを返してくれるようになると思っていたのに。まさか目の前から消えてしまうなんて。


「……私は何か、重大な間違えを犯しているのではないか……?」


ふとそんな思いが頭をよぎる。なんだか胸がざわついて鼓動が早くなる。思い過ごしだといいのだが。


◇◇◇


そのわずか二刻後、私が婚約破棄を後押ししてしまった側近が元婚約者殿から怒りをといてもらえるよう、ご令嬢の両親に一緒に頭を下げている。王族たるものが簡単に頭を下げるものではないとディアが居れば咎められただろうが、彼女はもう私の隣に立つことはないだろう。かつての自分は彼女の優しい微笑み以外の表情を見たいと思っていたが、今日沢山見ることが出来た。こんな形でなければと、泣き出したいほど後悔した。だけどもう、時間は戻らないのだ。


「ご令嬢の婚約が破棄されたのは、私が無責任にも彼を後押ししたが故のことなのだ。本当にすまないことをした」

「殿下、おやめください。そのように軽々に頭を下げるなどと…」

「いいや、そういうわけにはいかぬ。私はもう、自分のあやまちに気付いたからには、そのままではいられないのだ」


取り戻せない未来を惜しむのではなく新たに何かを掴めるよう、泣くのをこらえて精一杯前を見よう。せめて第一王子としての矜持を持ち、その肩書をこれ以上汚さぬよう生きなくてはならないと、強く思った。

最後まで書き終えたので(要するに今日まで終えられていませんでした…)、完結まで本日より二回更新とさせていただきます。

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