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殿下の切実な言葉に、私は繰り返し思ってきたけど今まで伝えていなかった思いを正直に話すことにした。
「私は殿下に婚約を破棄されたとき、殿下の事を愛していなくてよかったと思いました」
私と殿下の婚約は、アデリア王国にとって必要なことだと王家が判断したから成立したものだ。そこに恋愛感情は必要とされない。たとえ他に想い人が居ても、お互いが嫌い合っていても、必要だから成さねばいけないことなのだから、強い感情を介在させない方が上手くいくと私は思ったのだ。
「私たちがお互い愛し合っていたら、こんなことにはならなかったかもしれません。でも、もし私が殿下を愛していたら、愛しているのに殿下の都合で一方的に婚約を破棄されたら、辛くてもう立ち上がれなかったでしょう」
「ディア……」
「先程も申しましたが、ハヅキ様が殿下をお慕いしていて、お二人が心の底から想い合っていれば私は婚約を辞退しました。魔力保有量もこの国にとっての重要度も、私よりハヅキ様の方が圧倒的に上です。この国に不慣れなハヅキ様に仕え、私が受けてきた教育をハヅキ様にお教えし、よき方向に導くことで国の発展に寄与できるのであれば、望外の喜びです。異界から来た神秘的でお可愛らしい聖女様をお支えする最も近しい存在として聖女様に慕われる立場なんて、ご褒美以外のなんでもありません」
「ディアさんは、どう転んでも悪役令嬢にはならなそうですね…」
そんな未来を想像すると頬が緩みそうになるが、ハヅキ様にはお戻りを待ちわびているご家族とセイタロウ様がいるのだ。
「だけど、婚約破棄されたときはさすがに哀しかったですよ。私とてローハルト殿下と本当の家族になることは楽しみにしておりましたから」
「ディアのことだから、これでカレン姉上と同じ屋根の下で暮らせるとか、第四王女リコリスの成長を間近で見守れるとか、そういう楽しみなのだろう?」
「ローハルト殿下もディアさんのことをよくわかってるんですね」
「わかっているとも!ディアは王子妃として誰よりも優れるため相手の心を掌握する術を心得ているなどと貴族社会では言われているようだが、ただただ女性が好きなだけなのだろう!?」
「女性に対して恋愛感情を抱いているわけではありませんので少々語弊があるようにも思いますが…概ねその通り…ですね」
その通りですと言いきろうとしたのに、何故かエルディオ様の優しい微笑みが脳裏に浮かんで一瞬口を噤んでしまったが、幸い殿下にもハヅキ様にも気付かれなかったようだ。
「そんなディアが唯一愛する異性に、私はなりたかったのだ。ディアの、家族愛じゃない愛が欲しかった。私とて継承権を持つ身だという自覚はあるので、他の相手では問題が生じることはわかっている。だから恋する相手はディアでないと許されないのに、ディアからの愛を得るのが困難だろうと悟った時の私の気持ちがわかるか…!?」
「なるほど、だからこそハヅキ様だったのですね。私を追い落とせる地位と身分をお持ちで、私より優先すべきだと周囲からの理解を得られる女性なんて、救国の聖女くらいしかおりませんものね」
「その上私が身近な異性に片想い中だと知って、自分だと思い込んで舞い上がっちゃったんですね…」
「うっ………もうやめてくれ!二人とも!!これ以上心を抉らないでくれ!!!!」
殿下に現実を見せるという目的は、これで達成できただろう。
「ローハルト殿下、私は貴方に愛情をもって接していたつもりです。それが貴方が望む種類の愛じゃなかったことは申し訳なく思います。だけど、殿下との婚約が決まった日から、私は異性に対して恋愛感情を持つことがないよう自制してきたのです」
言葉にはしなかったが、それは殿下に対してもだということは伝わったようで苦い顔を見せた。いつからか彼も大きくなって、大人びた表情をすることが増えていた。出会ったときはまだ赤ん坊だったのに。
「学園には魅力的な女学生が大勢おりますし、ローゼマリー殿下のように異国の方とよきご縁があるかもしれません。此度の騒動の責任をしっかりお取りになり、国王陛下のお許しが出るのなら新たな恋を探すこともできましょう」
「ディアとの婚約を破棄しておきながらあの学園で新しい恋を得ようとするほど、私は命知らずではないぞ…」
殿下に促されてご令嬢方の方を見ると、皆一様に元婚約者との話し合いが白熱しているようだ。
「ナナリーすまなかった!殿下の側近じゃなくなったら君との婚約を解消されてしまうと思い、一度僕から破棄してほとぼりが冷めたら改めて君を迎えようと思っていたんだ。愚かな僕を許してくれ!!!!」
「はぁ、言い訳はそれで終わりですか?あなたとの再婚約は最初から考えておりませんので、ごきげんよう」
「ま…待ってくれ!頼むから話を聞いてくれーーーっ!!」
「コルギ男爵家と我が父が率いるマイヤー商会とのお取引は全て打ち切り、今後一切の交流を断たせていただきます。ライル様並びにコルギ男爵家の行いはカレンデュラ様から王家の皆様方や高位貴族の方々に
報せていただきますので、当面はこの王都でまともな商売が出来ると思わないでくださいませ。アレッタへの仕打ちは到底許せるものではございませんから」
「ぐ……爵位を金で買った、所詮は商家あがりの成金男爵家ふぜいがこのオレになんて口の利き方だ!」
「婚約者がいる相手にあたかも想い合っているかのような妄想をぶつけて悦に入ってるようなボンクラ男爵子息が何を言ってるのかしら。恥を知りなさい」
「ユリアーナ!オレの白百合、来てくれたのだな!!!」
「誰の許可を得て僕の婚約者に触れようとしている…?」
「テ、テオドール・ベスターが何故ここに!?」
どのご令嬢も泣き寝入りすることなく、しっかり前を向いて話し合いに臨めているようだ。ローハルト殿下は責任を感じたのか、泣いて許しを乞うている自身の側近に加勢すべくそちらへ向かった。ここで殿下がどう動くかが今後の評価に繋がるので、是非頑張っていただきたい。そんなことを考えていたら、カレン様について別室に行っていたオルガがこちらへやって来た。
「ディアレイン様。ローハルト殿下とのお話が終わられたようなら、申し訳ございませんが今からあちらの話し合いに同席していただけませんか?」
「オルガ姉さん、あっちにはアルノルト・コルテスがいるでしょう。そんな場にディアお嬢様はお連れできません」
オルガはカレン様がどこからか連れてきた異国の出の者で、ミリアの家と養子縁組をしているため、ミリアにとっては義姉に当たる。互いの仕事に誇りを持っており、対等な立場で意見を交わし合う仕事人姉妹だ。
「私とあなた、そしてエルディオ・ハーヴェイが付いていればお守りできるでしょう。ディア様や我が主に万が一の事がないよう、コルテス公爵はご令息に魔力制限の枷を掛けています。ベスター公爵夫人とコルテス公爵夫人のことも話したいそうなので、ディア様には聞いていただいた方がよろしいかと」
「そういうことでしたら、同席いたします。私もお母様の過去の事は気になっていたので」
「…仕方ないですね」
「エルディオ・ハーヴェイ。コルテス公爵令息は貴方にも興味津々みたいよ。心して掛かりなさい」
「オルガさん、それ今日一番聞きたくなかった情報です…恨まれてそうだな俺……」
エルディオ様の嘆きを軽くあしらったオルガは、ハヅキ様にも声を掛けた。
「聖女様の御力をこのようなことでお借りするのは大変心苦しいのですが、アルノルト・コルテスの証言に嘘偽りがないか、可能であれば見ていただきたいのです。ご同席願えますか?」
「ここで待っていても仕方ないし、お邪魔じゃなければ同席させてください!」
かくして私たちは、カレン様とコルテス公爵父子との話し合いに同席することとなった。




