4.
外に待っていた馬車に乗り込み、修道院へ向かうことになった。監視の者を欺くためそのような手はずを整えてくださったという。
「改めて、ご挨拶と自己紹介を。俺はエルディオ・ハーヴェイといいます。王立図書館に勤務していますが、ちょっとしたご縁があって仕事の傍らであのお方の補佐のようなことをしています」
「まぁ、ハーヴェイ伯爵家の方だったのですか。王立図書館と王立研究所を管理し、代々優秀な研究者を輩出している家門ですね」
「ありがとうございます。自分は冴えない三男で、伯爵家を継ぐのは長兄なので自由にやらせてもらっているんですよ」
ハーヴェイ伯爵家は元は王家から分家した家門で、王立図書館と王立研究所を運営する代わりに領地を持たない、この国で唯一無二の存在だ。長きに渡り図書館と研究所を守りながら発展させ多くの技術を生み出してきたが、政治には一切関わらず王宮に出仕もしないため、貴族社会でも謎の多い一族だとされていた。あの方とはどういった繫がりなのだろうか。
話していたら、ほどなくして修道院が見えてきた。
「あの方の帰国はまだ秘されていますので、くれぐれも内密にお願いします」
「留学期間は三年と伺っておりました。今回の騒動を受けて、一時的に帰国されたのでしょうか?」
「一時的なことかどうかは、まだなんとも。どちらにせよ、国王陛下ご夫妻やベスター公爵が天候不良の影響で帰国が大幅に遅れる見込みなので、あの方はしばらくこちらにいることになりそうです」
「そうなのですか。まだ屋敷にその報せは来ていませんでした。情報が早いのですね」
陛下と父が戻れば事態はすぐに収束するものと考えていたが、帰国が遅れるのは想定外だ。陛下の不在中にローハルト殿下が事態を更に大きく混乱させる恐れがある。先の事を考えて少し不安になっていたら、
そんな私に気付いたエルディオ様がこう言った。
「ディアレイン様のお心を曇らせるような話題で申し訳ありません。出来れば、あの方には元気なお顔を見せてあげてください。あなたを無事にここに迎え入れるため、この一週間奔走していたんですよ」
「私のために…?」
その言葉で不安な気持ちが霧散し、物凄く胸が熱くなった。
◇◇◇
修道院は王都のはずれにあり、孤児院が併設されている。学園入学前に第一王子殿下の婚約者として、姫様方と何度か慈善活動に訪れたことがある。建物は古いが清潔に整えられており、心なしか以前来たときより立派にな施設になっているように感じた。
「王都のベスター公爵邸は第一王子殿下の手の者に監視されているので、こちらの修道院に一室確保してあります。ディアレイン様にはあまり馴染みがないので落ち着かないかもしれませんが…」
「いいえ、とんでもないです!あの方と同じ空間で同じ空気を吸えると思えば、ここは王城にも等しい場所になります」
「そ、そうですか…?」
エルディオ様に促され馬車から降りて修道院の扉をくぐると、あの方はそこに待ち構えていた。
「会いたかったわ、ディア」
「カレンお義姉さま…!」
アデリア王国第一王女、最高の美姫で私の筆頭女神様である、カレンデュラ・デ・アデリア殿下が嫣然と微笑んで出迎えてくれた。