39.
「ローハルト殿下、コルテス公爵令息。こちらの方はエルディオ・ハーヴェイ伯爵令息でカレン様の側近の御方です。殿下に一方的に婚約破棄され修道院に送られるはずだった私をカレン様が庇護してくださり、ハヅキ様を元の世界へお戻しするための助力を請われたのです。その流れでエルディオ様と行動を共にするようになり、カレン様を主とする者同士の信頼関係が生じたため、愛称で呼んでいただけないかと私からお願いしたのです。エルディオ様は私の願いを聞き入れてくださっただけで、やましいことなど一切ございません」
何か口を挟まれる前に堂々と言い切る。第一、殿下から婚約破棄などされなければ、エルディオ様とこうして出会うこともなかったのだ。
「ですので、そもそもエルディオ様と面識を得たのは殿下から婚約を破棄されたことがきっかけなのです。私が長年身内以外の歳の近い異性とは没交渉だったことを、殿下はご存じでしょう。王都の公爵邸と王城を行き来するばかりの日々に、学園入学後は長期休暇も王子妃教育のため領地にも公爵邸にもほぼ帰らず、王城の居室で主に生活していたことは、他の姫君や城勤めの上位貴族なら誰しも知っていることです。興味もない異性に色目を使う時間などあるとお思いですか?」
「さ………さっきの発言は、悪かった。言い過ぎた」
ばつの悪そうな顔をしながらも素直に謝罪してくれる殿下に、思うように話を運べず苛立ちを隠さないアルノルト・コルテス。この二人を引き離せば、殿下はこちらの声に耳を傾けてくれそうだが、現状あちらの信用度の方が上だ。どうしたものか。
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「カレンデュラ様、いらしたそうです」
「いいタイミングね。オルガ、すぐにお通ししてちょうだい」
オルガがカレン様に客人の来訪を告げ、出迎えに戻っていく。
「アルノルト、あなたはなかなか頭が回るようね。そうやって今の立場を手に入れたのでしょうし、その努力は称賛に値するわ。だけど、欠けたものを補うのにローハルトやディアレインを利用することは赦さなくてよ。今すぐおやめなさい」
「…おっしゃる意味がよくわかりませんが」
「ならば、あなたのお父上に聞いてみましょう」
オルガが連れてきたのは、アルノルトとよく似た柔らかな茶髪に鮮やかな赤い瞳で騎士服を身にまとった精悍な顔つきの壮年の男性だ。
「父上がなぜここに!?」
「カレンデュラ様が報せをくださったのだ。次男のアルノルトが何やら企んでいるようなので至急修道院に来られたし、と。さて、アルノルト。私に申し開きはあるか?」
「それ、は――」
「聞けばそなたの母、我が妻はそなたに重責を担わせていたようだな…」
「違います、母上は関係ありません。僕が勝手にしたことです!」
ここまで好きにやって来たアルノルトも、さすがにお父上には敵わないようだ。先程までとは打って変わって焦りだしている。
「コルテス公爵、アルノルトはよくやってくれている。カレンデュラ姉上がそなたに何を報告したかは知らないが、それはあくまで姉上の目線から語られたこと。今一度息子の話をちゃんと聞いてやってくれないだろうか」
「おや…ローハルト殿下は随分我が息子を信頼しておいでのようですね」
「もちろんだ!入学当初、まだテオドール・ベスターぐらいしか親しい相手が居なかった中、同学年の四公の令息として私の信頼を勝ち得たいとあらゆる面で尽力してくれたのだ。リンドール辺境伯家へ謝罪に赴く際は側近代表として同行してくれたし、その後もハヅキと婚約を結ぶための準備に骨を折ってくれた。ディアレインのハヅキへの悪意に気付き大きな実害が出る前に婚約破棄することを提言してくれたし、ディアレインを慕う女子たちを我が臣下から遠ざけ彼らが真実の愛を得られるようにと計画を練ってくれた」
「……なるほど、よくわかりました」
殿下が話せば話すほど、アルノルトの顔色が悪くなっていく。アルノルトの企みを全て暴露しているようなものだし、これらのことを殿下が全て受け入れた事実に頭をかかえる。昔から人を信じるのが殿下の役目で疑うのが私の役目だと言われてやってきたが、さすがにあんまりではないか。まず殿下が人の話をちゃんと聞いて欲しいものだ。
「ご子息は公爵によく似ていて、頭がよく回り人を動かすことに長けているわ。これで愚弟への忠誠心が心からのものであれば歓迎したのだけど…」
「カレンデュラ様、この度は我が息子がローハルト殿下を唆し、多くの者を巻き込み、救国の聖女を追いつめたこと。また、ベスター公爵家のご令嬢へ大きな傷をつけてしまったこと、お詫び申し上げます。父親としてアルノルトと共に責任を負うつもりでこちらに参りました」
「父上!?」
ここでコルテス公爵がアルノルトへ向き直る。
「アルノルト、そなたにはすまないことをしたと思っている。私は常日頃から領地は家令やそなたの母に任せきりで王都に詰めており、そなたと末のノルベルトのことを気にしてやれなかった。ブルーノからも叱責される始末だ」
「兄上から?なぜ…」
「あれはそなたのことを生まれたときから気に掛けている。母を病で亡くし、父は王都に詰めてばかりで孤独な思いをしていたときに我が家にやって来てくれた、宝物のような存在だと言っている。あまり交流を持っていないようだが、あれはお前の事にとても詳しいし今回の件に関してもカレンデュラ様からの報せの裏付けとなるようなそなたの動向をどこからか調べてきた。アルノルトが殿下を唆すような行動に出たのは、そなたの母からの願いが重圧になり思い詰めていたのではと私に教えてくれたのはブルーノなのだ」
どうやらアルノルト様の兄上は彼の味方のようだ。殿下を唆したこと自体は許されないことだが、側近の言う事をただただ側近だというだけで何もかも信じ、好意を寄せられただけですぐに懐に深く受け入れてしまう殿下の気質は時に諸刃の剣となる。リンドール辺境伯家への冤罪未遂事件で骨身にしみたと思っていたが、まだまだ殿下の危機感も足りない。第一王子殿下として、第三王位継承者として身につけねばならないことが山ほどある。今まで私が担っていた分がなくなるのだから、尚更だ。
「ローハルト、アルノルト・コルテス。貴方たちは二人ともまだ未熟故許されることもあるでしょう。だけど、ここにいるご令嬢方に消えない傷を作ったこと、立場を笠に着て他人の人生を歪めようとしたことは、深く自省し相手からの沙汰を待ちなさい。まずローハルトは、ハヅキとディアからきちんと話を聞き現実を受け入れなさい」
「姉上…」
カレン様に促されて、私とハヅキ様は共にローハルト殿下と話し合うことになった。




