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38.

殿下の予想外の発言に驚いて固まっていたら、私たちのやり取りを後ろで見守っていたカレン様がスッと前に出る。


「ローハルト。要するにあなたは、ディアと恋人同士になりたかったの?それが叶いそうにないからハヅキに鞍替えしたというの?」

「…ディアレインは、完璧な女性です。美しく聡明で、いつだって冷静で穏やかで私を支えてくれました。でも、いつまで経っても私を異性だと認識してくれません」

「あの、ローハルト殿下は、私の事がそういった意味でお好きなのですか…?」

「今はもう違う!もういい!!お前の事なんか全っ然好きじゃないんだからな!!!」


殿下の顔がますます赤くなっていく。ここまで真っ赤になったのは、12歳の頃ヴィオレッタ殿下のいたずらで就寝中にフリルとレースがあしらわれた可愛らしいネグリジェに着せ替えられた時以来じゃなかろうか。


「まるで子供の癇癪のようだけど、あなたの動機はわかったわ。そうやっていつまでも幼子のような駄々をこねているなら、やはり貴方にこの国は任せられないわね」

「姉上、それでは私と王位を争うとおっしゃっているのですか!?」

「争うほどのことかしら?忘れているようだけど、継承権第一位はわたくしなのよ。王妹を母に持つ公爵令嬢との婚約を破棄し後ろ盾を失い、聖女を娶ることも叶わないあなたが、私と争って勝てるとでも思っているのかしら」


カレン様の挑発に更に怒るかと思ったが、意外とローハルト殿下は落ち着いてこう返す。


「父上…国王陛下が、姉上を王太子に据えることはないでしょう。そのおつもりがあるなら、ヴェイア王国に留学に行かせたりせず王太子教育を施しているはずです。ハヅキだって、仮に今は私と恋仲ではないにせよ、年月を掛ければ振り向いてくれることでしょう。それに、元の国に戻れない以上庇護者は必要です!未だ留学途中の姉上の元にいるより私の用意した離宮で過ごし、学園で我が国について学び卒業後に改めてハヅキの気持ちを問えば、きっと――」

「ローハルト、いい加減になさい!!!!」


白熱していく殿下を一喝したのは、遅れてやってきた第三王女ヴィオレッタ殿下だ。婚約者であるリンドール辺境伯家の嫡男を伴っているので、彼を迎えていて出遅れたのだろう。


「カレン姉様も、黙って聞いていないでちゃんと反論なさってください!」

「ごめんなさいね、ヴィオ。王妃殿下ったらローハルトに何も教えていなかったのだと驚いていたのよ」

「こうなってくるとお母様の教育方針が裏目に出ました気がしますわ…わたくしも、唯一の弟が可愛いからって甘やかしすぎたのだと反省しています」

「ヴィオお姉様まで、一体何を言っているのです…?」


自分を置き去りにして話し続ける姉たちを困惑の目で見つめるローハルト殿下に、ヴィオレッタ殿下が現実を突きつけた。


「カレンお姉様は王太子教育など、とうに全て終えられています。更なる研鑽を積むため、そして我が国にふさわしい婿を国外から探すためにお姉様は留学を望んだのです」

「終わっているって…そんな!一体いつ!?」

「在学中にはほぼ終えていたけれど、修了したのは卒業時ね。でなければ留学している場合ではないでしょう?言っておきますけど、ローゼマリーもヴィオレッタもある程度の王太子教育は受けていますからね。末のリコリスも、もう少し大きくなれば教育が施されるでしょう」

「そんなの聞いたことありません!」

「お母様が、あなたのやる気を挫かないよう明言していなかったのよ。あなたの性格上、自分だけがその重責を担っているのだと思った方が身になるでしょうからとね…」


王家の女性方は、唯一の男児であるローハルト殿下に些か甘い面がある。その分私は甘やかさずに殿下に接し、正しく教え導くよう言い聞かされていたため、殿下からすれば私の愛情はあまり感じられなかったのかもしれない。


「諦めてそろそろ現実を見なさい。ローハルトは継承権第三位の一王子に過ぎない身分で次期国王が内定しているかのような振る舞いをし、建国当時からの名門公爵家の息女で国王陛下の姪でもあるディアレインに不当な行いをし貴族令嬢としては取り返しがつかない汚点を付け、あまつさえ危機を救っていただいた聖女様の御心を捻じ曲げ苦しめたのよ。己の過ちを認め謝罪なさい!」


いつだって自分に甘く、恋人の家を追いつめようとした時でさえ優しく諭してくれた一番年の近い姉からの叱責に、ローハルト殿下の顔色が悪くなる。


「ここにお集まりいただいたご令嬢方は、殿下の影響を受けた側近たちに婚約を破棄されました。ご自身の言動にどれだけの人数が振り回され涙したのか、わかっていただきたいのです」

「それ、は――――」

「ローハルト殿下、落ち着いてください。惑わされぬよう」


少し離れた場所で事態を見守っていたアルノルトが負けじと前に出てくる。これだけの状況で何を言い出すのか、緊張感が増す。


「カレンデュラ殿下が王太子教育を修了していたとて、ローハルト殿下の優位性に変わりはありません。学園を卒業済みにも関わらず婚約者も決まっておらず、救国の聖女を放逐するなどと、いくら継承権第一位をお持ちだからといってカレンデュラ殿下の行動はアデリアの王座のつくには些か疑問が残ります」

「アルノルト…そうだな、お前の言う通りだ」


なるほど、こうやってローハルト殿下がすんなり受け入れそうなことを並べ立てて聞かせてここまで来たというわけか。殿下の性格をよく理解していると感心さえしてしまう。


「ベスター公爵令嬢が聖女様と懇意にしているというのなら、我がコルテス公爵家と養子縁組をした聖女様の教育係として彼女をつければよいでしょう。元より気持ちが伴っていればお二人の仲を裂くような真似はしないと言うなら、行動で示させればよいのです。元の世界に帰る手段も現状なく、アデリアに留まるしかない聖女様にはローハルト殿下の献身が必要です。ですから、殿下はそのままでよいのです」


私をハヅキ様付きにさせようとするとは、地味に私のツボをわかっているようだ。とはいえハヅキ様に他に想い人がいることは都合よく考えないようにしているし、殿下を丸め込もうとする気満々なのが見え透いている。


「コルテス公爵令息、あなたは…」

「おや、アルノルトと呼んでくださるとお約束したではありませんか。ディアレイン様」

「!」


まさかの切り返しに、不覚にも言葉に詰まってしまう。ここで私と親し気にふるまうとは。私がコルテス公爵令息に短時間だが連れ去られて二人きりになっていたことは、この場にいる人間ではカレン様とエルディオ様しか知らないことだ。ここで暴露されてしまっては些か不都合だ。


「アルノルト、どういうことだ?何故ディアがそなたを名前で呼ぶのだ?」

「殿下の与り知らぬところで、少々交流がございまして。僕が愛称で呼ぶことは許していただけませんでしたが…」


そこで一度言葉を切って、私のすぐ後ろで控えてくださっているエルディオ様を見てこう続けた。


「あちらの彼にはディアと呼ぶことを許しているようです。ほんの少し前まで殿下の婚約者だったご令嬢が、いとも簡単に異性に気を許すものだと驚いたのですよ」


物凄く悪意と含みのある言い方に顔を顰める。よく通る声で、決して大声ではないのに彼の発言は聖堂中に響き渡るようだ。ここで私が不用意な発言をしてエルディオ様の御立場が悪くなることは避けたい。内心焦る私にローハルト殿下が畳みかけてくる。


「異性には興味がないような顔をして、裏では色目を使っていたのか!見損なったぞ。やはりお前は我が妃には相応しくない!!!」


その言葉には、さすがに胸がスッと冷えた。私のこれまではなんだったのだろう。殿下のために頑張ったわけではないけど、殿下の婚約者にならなければ、しなくてもよかった努力は積み重ねてきた。様々な思いでぐるぐると眩暈がして気持ち悪くなってきたところで、誰かがそっと私の背中を支えてくれた。


「大丈夫ですよ、ディア様。俺もカレン様も、ここにいるご令嬢たちもあなたがそんな人だとは思っていません。何も心配しなくていいので、真っすぐ前を向けますか?」

「……師匠」


エルディオ様と目が合うと眩暈も気持ち悪さも収まった。心無い言葉に傷つき、危うく大事なことを忘れてしまうところだった。私は5歳のあの日、カレン様と言葉を交わしたときから二度と孤独にはならないし、世界で一番の理解者を手に入れたのだ。それだけではない。共に女子寮で過ごし多くの時間を共有したご令嬢方が心配そうにこちらを見つめている。彼女たちの親愛に応えるためにも、ここで俯いてはいけない。更に周囲を見ると、ヴィオレッタ殿下は今にもローハルト殿下に掴みかかりそうな勢いだが、リンドール辺境伯子息が必死になって宥めている。もう義妹ではないしヴィオレッタ殿下はローハルト殿下を溺愛しているのに、この局面で私を信じて味方になってくれるという事実に、さっきまで冷えていた胸に温かさが戻ってくる。そして、何よりも今一番心強いのは、傍で支えてくれるエルディオ様の存在だ。共にカレン様をお支えする者同士、ここで不甲斐ない姿を見せたくないと思う。


「俺の立場や存在が露見することについては、何も気にしないでください。ちゃんと覚悟を決めてここに立っているので」

「まぁ、そうだったのですね。教えてくださりありがとうございます」

「兄弟子は妹弟子を守るものだし、師匠は弟子を教え導く者なんですよ。俺には荷が重いと一生言い続けるんでしょうけど、それでも引き受けると心は決まったので」


私が大好きなエルディオ様の優しい微笑みを向けられて、もう何も恐れることはないと強く感じた。アルノルト・コルテスにやられた分をしっかりお返ししよう。

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