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37.

「ふぅ…無事に陣が作動しましたね」

「師匠!」


エルディオ様は今日この日のために、殿下たちを聖堂に呼び落すための準備を秘密裏に進めていた。ハヅキ様に「お守りと言って渡してください」と小型転移陣と捕縛の陣を仕込んだお守りを託し、殿下と側近たち全員に渡してもらったのだそうだ。二つの異なる性質の役割を持つ陣は複雑怪奇で、緻密すぎるため複写が難しく全て手作業で用意されたのだという。ただでさえ通常の図書館業務に加えて禁書庫の探索もあったというのに、どれだけ働くのだろうか。全てが終わったらゆっくり休んでいただきたい。


「ディア様は少しお下がりください。婚約を一方的に破棄してきた殿下だけでなく、あなたを攫ったアルノルト・コルテスもいます。最大限に警戒を」

「えぇ、十分気を付けます」


殿下たちの方を見ると、こちらに気付いたアルノルトが物凄い形相で見てくる。私ではなくその目線はエルディオ様の方を向いている…ような気がする。


「俺も十分に気を付けます…ディア様を奪還されたコルテス公爵令息の恨みは深いでしょう」

「師匠、私からなるべく離れないでくださいね。カレン様から護身用にと様々な魔術具を預かっておりますので、いざという時には私が師匠をお守りします」

「いやそれ役割が逆では!?」


私だって、助けていただいたお返しがしたいのだ。

そうしてエルディオ様と小声でやり取りをしている最中にも、姉弟の話し合いは進んでいく。


◇◇◇


「ローハルト、貴方の行いは全て国王陛下夫妻とベスター公爵夫妻に報告しているわ。帰国され次第相応の沙汰があると思いなさい」

「沙汰とはどういうことでしょう、姉上。私は何一つ間違えたことはしていません!確かに皆を騒がせたことは事実ですが、それはディアレインが聖女ハヅキを虐げ害したからです。責任はあの女に!」

「あの女ですって?いつからそんな愚かな言動をするようになったのかしら。口を慎みなさい」

「ですが――」

「ローハルト殿下!私、何度も何度も言いましたけどディアさんにいじめられてなんかいません!いい加減ちゃんと人の話を聞いてください!!」

「あぁ、ハヅキではないか!よくぞ無事で…!」


ローハルト殿下の離宮から転移したハヅキ様は、そのままカレン様の庇護下に入ったためそれ以降ローハルト殿下とは顔を合わせていなかった。殿下たちは今日も朝早くから消えたハヅキ様の捜索をするため一室に集まっていたところ、この聖堂に転移させられたようだ。


「…私、殿下のこと嫌いじゃありません。どんどん私の話を聞いてくれなくなって自分に都合のいい考え方ばっかりするところは嫌でしたけど、立派な離宮を整えて不自由のないようにしてくれて、誰かに傷つけられたりしないよう守ってくれたことには感謝しています。それに、殿下は一度も私に嘘をつかなかった」


スマホを取り出したハヅキ様はこう続けた。


「この世界に来てわけわかんなくて泣きそうだったとき、一番最初に真っすぐな気持ちを向けてくれたのはローハルト殿下でした。教会の人や他の貴族の人たちは、表向きは私を歓迎するようなことばかり言うけど、内心は他国の間者かと疑われてたり、本当の聖女だとしても騙していいように扱おうとする人ばっかりで凄く怖かった。スマホがあればそういうの全部わかっちゃうから…でも、殿下だけは違いました」


誰も見たことがないような古の魔術遺産で人々の心の奥底を暴き、忠義なき者を振るい落として王宮内部の膿を削ぎ落したハヅキ様。彼女がそうしたのは、きっと自分に嘘のない真っすぐな眼差しを向けてくれた殿下への恩返しの気持ちもあったのだろう。


「だから殿下が側近の人に騙されてることも教えたし、辺境伯家の皆さんが嘘をついていないことも教えました。殿下は素直に聞き入れてくれて、自分の非を認めて謝罪してて、立派な方だなとその時は思ってたんです。なのに、どうして急に私の話を聞いてくれなくなったんですか?」

「…ハヅキには想う相手がいるのだろう?すぐ傍にいるのに気付いてくれなくてもどかしいと言っていたではないか」

「確かに言いましたけど…」

「ハヅキの傍にいるのは私だろう?」

「えぇー……殿下、本気で自分のことだと思ってたんですね…」


どうやら殿下は、ハヅキ様の言葉を自分に都合のいいように解釈していたようだ。ハヅキ様がこちらの世界に来て貴族たちの膿出しをするのに掛かった時間はおよそ一ヶ月ほどだったが、その期間傍にいただけで何故自分の事だと思い込んでしまったのだろうか。これもゲームの強制力というものなのか。


「それに、アルノルトもそのように言っていた!ハヅキ様はきっと自身を庇護してくれたローハルト殿下に懸想しているのでしょうと…」

「いいえ、私には他に好きな人がいます。その人がいる元の世界に帰りたくて、カレンデュラ様やディアさんが帰る方法を探してくれているんです」

「どういうことですか、姉上!国に安寧をもたらす聖女をみすみす手放すなど…ディアレイン、まさかお前が姉上を唆したというのか!?」


一事が万事この調子だったら、ハヅキ様もさぞうんざりしたことだろう。そしてやはりアルノルトは殿下を誘導していたようだ。それが意図的なものかどうかはまだわからないが。


「ローハルト殿下、私がハヅキ様と初めて会話を持ったのはあなたに婚約破棄をされた後です。お茶会ではアルノルト・コルテスが睨みを利かせていて、とてもハヅキ様とお話できるような状況ではございませんでした」

「嘘をつくな!アルノルトは、お前が招いたにも関わらず終始ハヅキを蔑むように見るばかりで、会話の輪に入れようとすらしなかったと言っていた!!」

「そもそもハヅキ様をお招きしたのは殿下と王妃様の意向に沿ったからなのですが…。私の言葉より側近の言葉の方を信じるとおっしゃるならそれまでです。己が信じたいことだけを信じるようなら、殿下の器はそれ以上の成長は望めないでしょう…残念です」

「なっ…」


殿下は顔を真っ赤にして私を睨みつけた。10歳の頃から、怒るとこうなるのだ。あの頃はお可愛らしいものだったけど、今はもうそんな風には思えない。


「ローハルト殿下。私は殿下とハヅキ様が真に想い合うご関係でしたら、婚約者の座を降りるのは別に構わなかったのです」

「…………は?」


あんな真似をしなくても、正直に話してくれていればよかったのにと未だに思う。もっともアルノルトによって私への不信感を植え付けられていたようなので、それも難しかったのだろうけど。


「家族同然に接してきた殿下が大切にしたい方と出会って、尚且つお相手と相思相愛で国に利益を生み出す関係であれば、私は自分の地位にしがみついたりなどいたしません。元より私たちの婚約も、より魔力保有量が多い御子が次代に必要だと判断されてのことです。仮にハヅキ様と相思相愛であればその条件は満たせますし、聖女を王族が娶るというのは国にとっても喜ばしいことです。私が異を唱えることなどございません」

「だ、だったらなぜ今、私の邪魔をするのだ!」

「それはもちろん、殿下とハヅキ様が相思相愛ではないからに決まっています」


殿下はその事実から頑なに目を背けているが、事実ったら事実なのだ。何度でも言おう。


「ハヅキ様には元の世界に大切なご家族や友人、そして想い人がおられるのです。にも拘わらず庇護してくれた殿下は自分の言うことに聞く耳を持たず、右も左もわからない世界で権力者に逆らうことなど、出来るはずもありません。そんなことをして離宮から放り出されたり、婚約せざるを得ない状況に追い込まれでもしたら取り返しがつかないからです」

「私は誓ってそんな卑怯な真似はしない!」

「あら。国王陛下ご夫妻が不在中に相手の言い分も聞かず、一方的に長年の婚約を破棄する行為は卑怯ではないと?」

「だから、それはお前が―――」


見事な堂々巡りだ。なんとしてでも私を悪としたいのかとがっかりしかけたところで、思いがけない発言が飛び出した。


「お前が、私に恋してくれないからじゃないか―――!」

本日は二回更新です。明日からまた平日は朝9時過ぎに一回更新、土日祝日は二回更新のペースで載せていく予定です。どうぞ最後までお付き合いいただけますと幸いです!

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