36.元婚約者と対峙します
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アレッタは王都にあるビオラ商会の長女で、難関の試験を突破し平民の特待生枠を勝ち取って魔術学園に入学した優秀な二年生だ。ここで多くを学び人脈を広げて、いずれ家の力を頼らずに服飾の仕事を得て独立することが彼女の望みだった。何分彼女は義母や義妹をはじめとする家族全員に疎まれており、心から家族と慕っているのは亡き母親だけ。それ故に父に定められた男爵子息との婚約破棄は願ったり叶ったりだった。だが、ビオラ商会が貴族と繋がりを持つためだけに学園に通うことを許したはずの前妻の娘の婚約が破談になったことに継母は激怒し、家のために彼女を再利用しようと四十も歳の離れた豪農の後妻に差し出そうとしたのだ。
そうして全てを諦め絶望していた彼女の元に、思いもよらない迎えが来たのはつい先刻のこと。
「迎えに来たわ、アレッタ。私について来て」
「コーデリアさん……ここ、三階なのだけど…?浮いているの…!?」
「短時間だけ使える飛行の魔道具を貸していただいたの。あなたにやる気と叶えたい夢があるなら、こんな家はさっさと出て今日からうちの商会の子になってほしいのだけど、どう?」
「……なる!いいの!?」
「もちろんよ。なら、しっかり掴まって!」
――こうして一人、また一人と、婚約破棄された令嬢たちは王都のはずれにある修道院へ集まっていく。
◇◇◇
「素晴らしいです、コーデリア様。今この国で最も尊く美しく輝いているのは間違いなくあなたでしょう…!」
「そ、そんな、ディアレイン様にお褒めいただき大変光栄です…!」
「アレッタ様もご無事で何よりです。まずはゆっくり休まれてくださいね」
「は、はは、は、はい…!ありがとうございます!!」
見事にアレッタ様を救い出し修道院へ連れてきてくださったコーデリア様は、事前にご両親の許可を取りアレッタ様を宣言通りマイヤー商会へ引き入れた。彼女の境遇を不憫に思うだけでなく、彼女が女子寮で広めた新しい服飾小物やドレスの着こなし方などを見て、その流行を生み出す能力を高く買っていたマイヤー商会は、これまでビオラ商会の後塵を拝していた服飾部門の拡大を狙うようだ。
「ディアお嬢様が近くにいると、ご令嬢方も落ち着かないでしょう。浮かれる気持ちは抑えてユリアーナ様の元に行きますよ」
「この感動をご本人に伝えずにはいられなかったのよ…ねぇミリア、お二人の出会いから今日に至るまでの出来事を物語にして残すべきではないかしら?きっと多くの女性に驚きと感動と、将来への希望を与えられると思うの」
「その発想は悪くないですが、誰が書くんですか?まさかお嬢様が?」
「作家として生計を立てていくのも楽しそうだと思わない!?」
「そんな簡単に考えてはいけませんよ。まぁ、お元気そうなのはよいことですけれど…」
この修道院には今、ローハルト殿下派の男子学生に婚約破棄されたご令嬢方計18名が勢揃いしている。中には家族総出でやって来ている一家もいて、ここに居る全員がローハルト殿下たちの行いに腹を立てており、不服を申し立てるために集まっていた。
「ディアお義姉様、全員揃いましたのでそろそろご説明いただいてもよろしいでしょうか?」
「ありがとう、ユリアーナ」
私は拡声の魔道具を手に取り、聖堂の中央で話し始めた。
「お集まりいただきありがとうございます。ここに居る皆様は、私、ディアレイン・ベスターが婚約者の第一王子ローハルト殿下から一方的に婚約を破棄されたことをきっかけに、私と同様に婚約を破棄されてしまった方々とそのご家族だと伺っております。私が殿下との間に婚約者としての信頼関係を築けていなかったが故に、このような形で迷惑をかけ、悲しませてしまったことを、お詫び申し上げます」
あちこちから「ディアレイン様は悪くありません!」「我らが天使たるディアレイン様にこんなことを言わせる殿下なんて…!」「婚約破棄を経てなおその瞳から輝きが失われていなくてなによりですわ!」などと聞こえてくる。こうして温かく支えていただけるからこそ、私はここに立っていられるのだ。
「一連の騒動は、異界より聖女ハヅキ・アリサカ様が降臨され、窮地を救われたローハルト殿下がハヅキ様に恋慕の情を抱き、殿下の側近の一人であるアルノルト・コルテス公爵子息がその想いを後押ししたことから端を発しています。しかしこの想いは一方的なものであり、ハヅキ様はなすすべもなく離宮に囚われていたも同然なのです」
ここで皆がざわめきだした。私が聖女様を虐げた事実などないとわかっていたが、ローハルト殿下と聖女様は恋仲だと思っていたのだろう。でなければいくら学生ばかりの場とはいえ、あんなに堂々と人前で彼女が王妃の座にふさわしいなどと言わないだろう…と。
「どういうわけか、ローハルト殿下はご自分がハヅキ様と相思相愛の仲だと思い込んでおります。しかしハヅキ様は元の世界に想い合う殿方が居て、一刻も早く元の世界に戻ることを望んでいるのです。私は、王家に仇なす忠義なき貴族たちを一掃し、騒乱を未然に防いでくださったハヅキ様を無事に元の世界にお戻ししたい。その上でローハルト殿下には、ご自分の言動で振り回し傷つけた人々に誠意をもって謝罪し、目の前の現実に向き合っていただきたいのです」
ここで私の意見に賛同するかのように拍手の音が少しずつ起こり、最終的には大喝采となった。私の考えが支持されていると確信を持て、一つ肩の荷が下りた。
「殿下がご自分の非を認め謝罪することで、あなた方の名誉も幾分か回復するでしょう。その上で改めて、元のお相手と再度婚約を結ぶのか、違う道を選ぶのか、今一度ご自身が進みたい道を
考えてみてください。皆様方のご家族が、皆様の事を愛し支えてくれることを願います。もしそれが成せないような困難な状況に置かれている方は、思い悩む前に私に話してください。私一人では難しいこともございますが、我々には我が国が誇る聖女様と女神様がついているのです!」
そのタイミングで、扉の向こうからカレン様とハヅキ様が現れる。修道院に滞在していたご令嬢以外はカレン様の帰国を知らなかった上、一部の貴族にしか御姿を見せないまま離宮に滞在していた伝承上の存在である聖女様の訪れに、一同はどよめいた。
「女神だなんておおげさね、ディア。わたくしはこの国の未来を憂える一人の王女にすぎないわ」
「え、えっと、初めまして。そしてお騒がせしてごめんなさい…!ていうかディアさん、私が元の世界に好きな人いるってわざわざ言う必要あったかな!?」
神々しい見た目とは裏腹に、私と皆様に慈愛に満ちた優しい表情を見せてくださるカレン様。大勢がいる場に立つことに慣れていないのか、カレン様の後ろに隠れながら慎ましくご挨拶されるハヅキ様。さりげなくこちらに私信をくださるなんて、私たちが物凄く親しいことを周囲に見せつけているように感じられて思わず頬が緩む。そう、ディアさんと愛称で呼んでもらえる立場なんですよ、私。
「わたくしは此度の騒動を、未だ帰国されていない国王陛下夫妻に代わり収めるため、アデリアへ戻って来たわ。さも王太子かのように振る舞い、側近の言動の裏も見抜けず、多くの臣下たちを混乱に陥れた
ローハルトにこれ以上好き勝手はさせません。わたくしに同意する者は、これから起こる出来事をどうか見守り、わたくしを支えて頂戴」
カレン様が手に持った杖で聖堂の床を一突きすると、隠されていた魔法陣が浮かび上がる。大人数を一度に移動させることが可能な大規模な転移陣で、強い光と共に20名ほどが一気に転移してきた。
「ゲホッ…おい、何だこれは?なにが起こったんだ!?」
「久しいわね、ローハルト」
「な………カレンデュラ姉上が何故アデリアに!?」
現れたのはローハルト殿下とその側近たち。アルノルト・コルテスを除く全員が、婚約を一方的に破棄した者だ。
「一連の出来事は耳にしていてよ。わたくし、貴方たちの申し開きを聞きたくてここに呼び寄せたの」
「ぐっ…こんな一方的な呼び出しに応じる気はありません!お前たち、ここから出るぞ!!」
「で、殿下!何故だか全く動けません…!!」
「足元が陣に縫い留められているようで、ここから出ることは困難かと…!」
用意した仕掛けがちゃんと機能したことで、カレン様は満足げだ。ローハルト殿下たちをここから逃がさず、全ての事に決着をつけるおつもりなのだろう。
「さて、ローハルト。何から話しましょうか?」




