35.
「ディア!あぁ、無事でよかった…!」
王城のカレン様の私室へ転移し、カレン様の侍女オルガ(褐色肌のエキゾチック系美女でなんでも出来る万能侍女だ)が淹れてくれたお茶を飲みながら待っていたら、物凄い勢いで駆けつけてくださった。
「カレンお義姉様、お騒がせして申し訳ございません。大ピンチの場面でエルディオ様が間に合ってくださったので、心身ともに傷一つありません!」
「連れ去られるのを未然に防げたらそれが一番だったけれど、元気に戻ってきてくれたならそれでいいわ…本当によかった」
「俺が不甲斐ないばかりにコルテス公爵子息の侵入を許しました。カレン様、申し訳ありません」
「まだ15歳とは言え正規の騎士訓練を受けている相手ですからね。ディアが無事に戻った今、あまり気に病まないように。エルディオ、あなたも無事でよかったわ。」
「……お気遣い痛み入ります」
◇◇◇
私とコルテス公爵子息のやり取りをカレン様にも説明する。時々エルディオ様に補足してもらいながら一通り話し終えると、カレン様は深くため息をついた。
「アルノルト・コルテスが研究所にいたのは、ローハルトの命で聖女の能力と異界から来た人間についての調査をしに来ていたみたいよ」
「レオ兄さんから、図書館にも同様の目的でローハルト殿下の側近がやって来たと連絡がありました。が、どうもその彼は婚約破棄した相手の父親から追われていたみたいで、受付で司書に調査依頼をしようとしたところで捕まって、そのまま図書館から引きずり出されていったそうです」
誰かわからないけど、ご令嬢の父君はいい仕事をしてくれたものだ。有難い。そしてコルテス公爵子息は殿下からの命を放り出して私に求婚していたということになるので、やはり彼はローハルト殿下に忠誠を誓ってはいないのだろう。
「側近たちを調査に出している間に、ローハルトはハヅキに強引に迫ったそうよ」
「なんてことを…!」
側近が少ない状況で急にハヅキ様の元を訪れたのは、それが目的だったのだろう。私の中でのローハルト殿下の評価が地底深くまで下がった。
「ローハルトがハヅキに触れようとした瞬間に、彼女が持つ魔術遺産から声がしたそうよ。「葉月に触るな」…とね」
「まぁ、セイ様ですね!」
「えぇ。ローハルトがその声に怯んだ隙に、ハヅキは転移で私の私室に逃れてきたの。お陰でわたくしもセイタロウに会えたわ。感じのいい好青年で、ハヅキを心から案じているのが伝わって来たわ」
そこで一通り双方の状況を話し合っている最中に、エルディオ様からの緊急連絡が入った。ハヅキ様が動揺するといけないのでその場をオルガに任せ離れたところで連絡を受けたカレン様は、すぐに男子寮の寮監に連絡を取り、アルノルト・コルテスの足取りを調べた。休日の外出は必ず行き先を寮監に告げることになっているので、虚偽の申告をしている可能性も考慮しつつその確認を取ったところ、王立研究所で所用を済ませたのちに、母の生家のシファー侯爵家の王都屋敷に滞在中の祖母に会いに行くと外出届に記されていた。カレン様はすぐにそちらにオルガを向かわせ、邸内にアルノルトが居ることを確認しすぐさまエルディオ様に伝えたという。
「ディア様の制服に施した魔法陣の刺繍には失せ者探しの効果があって、探されている対象者がそれを望んでいることが条件ですが、一度だけならどこに居ても必ず連れ戻すことが出来るんです。ただ、開発したばかりで精度に若干の不安があったので、確実に辿り着けるよう場所を特定させてから起動したかっので、時間が掛かってしまいました」
「私が何もされずに戻ってこれたのは、カレン様とオルガとエルディオ様のおかげですね。改めて、ありがとうございます」
「ディアレインお嬢様はローハルト殿下と婚約を解消なさっても、我が主にとって他の妹君と同様の存在です。御身がご無事で何よりです」
オルガが優しく微笑みかけてくれる。カレン様の忠臣にもそう認識されていることがとても嬉しいし、冷静であまり表情を動かさない彼女の微笑みは破壊力が凄い。眼福だ。私は本当に、周りの人に恵まれていると思ったところでローハルト殿下とアルノルト・コルテスのことが頭をよぎり、複雑な気持ちになった。
「今日からハヅキは、正式にわたくしの庇護下に置くわ。今は別室で休んでいるので、この隙にローハルトが手配した離宮から彼女の荷物を引き上げます。この後わたくしの帰国を明らかにし、明日にでもローハルトとコルテス公爵子息を呼び出して話し合いましょう」
「しかしカレン様、肝心なハヅキ様を元の世界にお戻しする方法がまだ…」
「ふふ、ディアとエルディオのお手柄よ。言語学教室から持ち帰った写本の中に記されていたわ」
「「そうなんですか!?」」
どうやらエルディオ様も初耳だったようだ。
「写本の中に、絵が沢山の厚めの本があったでしょう。あの本にはノルディラの聖女が登場するゲームの内容が描かれていたの」
あの本はハヅキ様の世界でゲームのコミカライズと呼ばれているもので、ヒロインの聖女メイコとノルディラの第三王子アレクシスが恋仲になる、アレクシスルートが描かれていた。物語の終盤でメイコが元の世界に戻る方法を知るが、向こうの世界に協力者が居なければ戻れないことと、その時にはもうアレクシスと相思相愛になっていたことから、あちらには戻らずノルディラで生きていくと決意するシーンが記されていたそうだ。
「セイタロウとムツキに繋がった今、ハヅキは帰還の条件を満たしたわ。ムツキ曰く隠しルートではハヅキに求婚した攻略対象者が軒並み家族に叱責される場面があるようなので、その通りになるならば国王陛下夫妻も直に帰国が叶うでしょう」
「カレンお義姉様、どこまでもお供します。当初の目的の通り、ローハルト殿下には相応しい報いを受けていただきましょう!」
「もちろんアルノルト・コルテスにもね。ディアを連れ去った罪は重いわよ」
カレン様はニッコリと微笑んだ。明日は大変な一日になりそうなので、この微笑みを反芻しながら夜はしっかり寝よう。
◇◇◇
「ところでエルディオ、いつからディアと呼ぶほど親しくなったのかしら?」
「……今それ追求します?」
「すべてが終わった後でも構わなくてよ。洗いざらい喋ってもらいますからね」
活動報告にも書きましたが、ストックが尽きてしまったので明日からしばらく更新をお休みします。一週間~10日くらいを目途に再開して、そこからは更新ペースを戻して最後まで休みなく投稿予定です。




