27.
「ディアレイン様!お会いしとうございました!」
「こちらに身を寄せているというのは本当でしたのね!」
エルディオ様がユリアーナ本人から事情を聞き、危険性はないと判断したため私はみなさまのところへ駆けつけた。大変な状況だろうに、私のことを案じる言葉が真っ先に出て来るなんて、やはりみなさんはお優しい。そんな彼女たちが不当に傷つけられる原因を作った殿下は許し難い。
「みなさま…婚約を破棄されたと聞きました。ローハルト殿下があなた方の婚約者を煽ったようです。私のことが原因だと思います…なんと詫びたらよいのか…」
「いいえ、それは違います。ディアレイン様」
「ナナリー様?」
ナナリー様の婚約者はローハルト殿下の側近候補で、勝気な彼女にたじろいでいるような大人しいタイプの殿方だったと記憶している。
「彼がローハルト殿下に何を言われたか存じませんが、決断したのは彼自身です。婚約は家と家の結び付きだというのに両家に話を通しもせず、ただ殿下のお言葉に流されて身勝手な行動を取るような殿方なんてこっちから願い下げですわ!ディアレイン様が気に病むようなことなどございません」
その言葉を聞いて、確かにそうだなと思った。
「その通りですね…殿下の甘言に惑わされ、ナナリー様を放り出すような殿方なんてあなたにはふさわしくありませんわね」
「両親もそのように申しております。『ナナちゃんは悪くないのだから、気にしたらいけないよ!次の婚約者はもっとナナちゃんに合った人をパパとママが頑張って探すからね!』というメッセージも受け取っておりますの。私は傷ついていませんし家族仲も良好なので、そうではない皆を支えようと思ってここまでついてきたのです」
なんと頼もしいことか。まっすぐ前を見据えるナナリー様の強い瞳に焼かれてしまいそうだ。毅然としている女性はとても美しい。今すぐここに絵師を呼んで御姿を残したいが、そうもいかない事情に歯噛みする。勿体ないことこの上ない…!
「ナナリーはともかく、他のご令嬢方は大変そうなのです。ディアお義姉様」
「はっ!そうね、ユリアーナ、婚約破棄された方は全員ここに来ているの?」
「いいえ。自邸に連れ戻された子や、両家で話し合い中でこちらに来られなかった子もいるので、今のところ全部で18人の婚約破棄を確認しております」
彼女たちの家族の反応も、相手の婚約破棄の仕方も様々だったようだ。
「ディアお義姉様…数名の男子学生は婚約破棄だけに留まらず、元婚約者とは異なる女学生に婚約を申し入れているようなのです。現に私もコルギ男爵家のライルから求婚の手紙を受け取りました」
「……なんですって?」
【愛しのユリアーナ
ビオラ商会のアレッタとの婚約は、あちらが男爵家との繋がりを欲して金で手に入れたものだ。断り切れず仕方なく受け入れたが、心はずっとユリアーナ嬢の方を向いていた。僕も君も枷から解き放たれた今、真実の愛を手に入れてもいいと思わないかい?
真に君だけを想う男 ライルより】
「………と、記されております。不当な行いの証拠として役立つと思い、なんとか破り捨てずここまで持ってきましたの」
そもそもユリアーナはテオドールと婚約中だというのに、コルギ男爵子息は何を言っているのだろうか。アレッタ様との婚約を一方的に破棄したその足でユリアーナに手紙を届けたというのだから、怒り心頭だ。
「ディアレイン様、アレッタはご両親に強く叱責され屋敷に連れ戻されてしまいました。このまま学園はやめさせられて、他の貴族と縁づくための道具にされるでしょう。あの家はそういうやり方をするのです」
そう声を掛けてきたのは、アレッタ様と同じく大商会のご息女コーデリア・マイヤー様だ。家同士の仲は険悪なようだが、学園での彼女たちはよきライバルとお互いを認め合い切磋琢磨していた。
「そうなる前に、あの家からアレッタを我が商会に引き抜こうと思うのです。あの子は服飾に関心があって、ディアレイン様の婚姻の際の衣裳に携わるのが夢だと申しておりました。あの子のご家族があの子を不当に扱うのなら、代わりに私が大事にしてもよいと思うのです。それに、優秀な人材をどこかの貴族の愛妾にして飼い殺しにさせるだなんて、大きな損失ですもの」
コーデリア様もナナリー様のように、強い意志を感じる瞳で私に宣言した。ナナリー様と二人並んで王立美術館に展示されていても何ら不思議じゃない、神々しいまでに気高く美しい御姿だ。
「よく言ったわ、コーデリア・マイヤー。それならば、わたくしが貴方の後ろ盾になりましょう」
「……カレンデュラ第一王女殿下!?何故こちらに!?」
「あぁ、楽にしていて構わなくてよ。驚かせてしまってごめんなさいね」
遅れてやってきたカレン様に気付いた皆様が慌てて礼を執ろうとするが、カレン様が制止した。
「ディアをこの修道院に保護したのはわたくしよ。他のご令嬢も同じように、ひとまずわたくしの庇護下に入りなさい。悪いようにはしませんからね」
カレン様の登場に、ご令嬢方の涙も怒りも一時的に引っ込んだようだ。女神の威光の前にはひれ伏すしかないのよね、わかるわ。
「国王陛下ご夫妻が戻り次第、ローハルトには此度の騒動の責任を取らせます。その際にあなた方の元婚約者たちにも、ゆっくりお話を聞かせてもらうとしましょう」
「今日はもう遅いですし、ひとまずこちらに滞在してもらうのがよろしいでしょう。念のため結界の魔法陣を強化しておきますか?」
「そうね、エルディオ。そちらは任せます。ディアはハヅキに連絡して、ローハルトから何か連絡がなかったか聞いてみてちょうだい」
「わかりました!」
ここにはカレン様もエルディオ様もいてくれる。私は気持ちを切り替えて、ハヅキ様に連絡すべく部屋に戻った。




