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26.

禁書庫で見つけたノルディラの本について一通り話し終え、現状の整理とこれからについての話し合いが始まった。


「研究所の言語学教室なら、ニホンゴで書かれたものが何かあるかもしれません。禁書庫と違って、珍しい言語が使われてさえいれば雑多なメモ書きすら保管されてますから。あそこには」

「わたくしがよく出入りしていたヴェイアの王立歴史資料館には、アングロース帝国の資料も残っていたわ。懇意にしていた教授に連絡してみましょう」

「ノルディラ以外の聖女や勇者も、何か手掛かりを残しているかもしれませんね。禁書庫の探索も引き続き進めていきます!」


今までは闇雲に手掛かりを探していたので、戻る方法があるとはっきりわかった状態での探索はより一層気合が入る。また、ハヅキ様から聞いたローハルト殿下の茶会の様子もカレン様に伝えた。コルテス公爵家がハヅキ様の後ろ盾になろうとしていることを話すと、カレン様は厳しい表情になる。


「コルテス公爵がハヅキの養子縁組を歓迎しているとは思えないわ。公爵は近衛騎士団長として王家に忠義を尽くしている方で、いたずらに国を乱すようなことは好まないはずよ」

「おそらくですが、コルテス公爵夫人がハヅキ様を望まれているのではないでしょうか。あの家には女児がいないので、ハヅキ様を養子に迎え入れてコルテスから王妃を輩出したいと考えているのでは…」

「そうね。公爵夫人の来歴を考えたらその可能性が高そうだわ」


ベスターとコルテスはあまり関わり合いがなく、かの家の事情に明るくない私には公爵夫人が我が家と対立してまでハヅキ様を養子にし、コルテス家から王妃を出したい理由がよくわからない。ただ、アルノルトは入学当初から私とテオドールを快く思っていない節があり、私が学内で殿下と交流しようとするとそれとなく遠ざけられていたし、テオドールとも険悪だったようだ。殿下も私や姉姫様たちから離れた寮生活で、同学年の貴族の子弟たちとの交友をを楽しんでいたし、もう幼くないのだからずっとついている必要もないだろうと思い深追いせずにいた。


決して女子寮での生活に耽溺していたわけではない。えぇ、決して。


「あなたたちが禁書庫を探索している間、わたくしは陛下と話し合って今後の事をいくつか決めたわ」


国王陛下夫妻と私の両親が帰国できないのはゲームの強制力が働いているのではと推測したカレン様は、ハヅキ様に頼んで覚えている限りのゲームの内容を書き出してもらうことにした。するとその中に気になる記述を見付けたという。


「ハヅキ自身もまだゲームを全ては終えていないのだけど、最後のルートとされている”隠しルート”が、今の状況と少し似ているわ」


聖女と認められ、複数の攻略対象キャラから求婚され戸惑いを隠せないハヅキは、想い人のいる元の世界に帰ることを強く望むようになる。そんな中、隣国を訪問中の国王陛下夫妻の帰国が不測の事態で当初の予定より遅れることになり、その隙に聖女を狙うあらゆる勢力が動き出すという。その中には悪役令嬢ディアレイン・ベスターも含まれており、婚約者のはずのローハルト殿下が自分を蔑ろにして求婚した聖女を深く憎んでおり、聖女を排して未来の王妃の座を奪還すべく、自身に味方する令嬢たちを巻き込んでハヅキのいる離宮に乗り込むそうだ。ゲームの私、なかなか行動力がある。


「現実だと求婚者はローハルト殿下だけですが、ハヅキ様が元の世界に帰ることを望んでいる点と国王陛下夫妻が隣国から戻れなくなっている点は一致しますね」

「ハヅキはこの隠しルートに取り組んでいる最中に我が国にやってきたから、ここまでしか内容がわからないと言っていたわ。隠しルートというからには、新たな攻略対象者が出てくるでしょうね」

「あ、それってもしかしたら師匠なんじゃないでしょうか?」

「やめてください!いくら物語の中の話とはいえ、兄さんと女の子を取り合うだなんて嫌すぎる!!」

「師匠は優しくて仕事も出来て周りをよく見ていて、知り合ったばかりの私のことも親身になって考えてくださる素敵な方なので、ゲームの聖女様が惹かれてもおかしくないと思ったのですが…」

「過分な評価恐れ入ります、それ以上はどうかご勘弁を。カレン様の微笑みがどんどん深くなっていて恐怖しかない…………」


カレン様はエルディオ様に「後で色々聞かせてもらいますからね」と念を押していた。一連のやり取りの中で、何か気になることがあったのだろう。兎にも角にも、様々な可能性を考慮して今後の動きを決めねばならない。


「ディアは引き続き図書館員の扮装で身を隠しながら禁書庫を探索して頂戴。エルディオはそれに加えて、研究所の言語学教室に行ってニホンゴの記述を片っ端から探してハヅキに見せるように」

「ノルディラの聖女の手記は写してあるので、義姉さんに助力を仰ぎます」


エルディオ様が義姉さんと言うのを聞いて、ふとユリアーナに頼んでいた調査の進捗が気になった。


「カレンお義姉様、ユリアーナから何か連絡はありましたか?」

「わたくしの元には何もないわね。こちらから連絡してみましょうか」


小型の通信機を取り出そうとしたところで、ドアがノックされた。エルディオ様が外に出て対応すると、そこには困惑しきった修道院長が佇んでいた。


「お取込み中に失礼いたします。実は、この修道院に王立学園の女学生たちが大勢やってきていて…」

「まぁ、何かあったのかしら…?」

「ハッセ伯爵家のユリアーナ様というお方が、最近こちらに来られた高貴なお方に取り次いでほしいおっしゃっています。お通ししていいのかわからなかったので、今は外でお待ちいただいておりますが、いかがなさいましょう?」

「ユリアーナが?通信機には連絡がないけれど…」

「どこかから情報が漏れて、ユリアーナ嬢の名前を騙っている可能性もあります。ひとまず俺が見てくるので、カレン様とディアレイン様はこちらで待機を」


エルディオ様は足早に確認に向かい、残された私たちは顔を見合わせた。何かが起こっているに違いないと胸騒ぎがしたところでテオドールから通信が入った。


『姉上、連絡が遅くなり申し訳ありません。実はそちらに女学生数名とユリアが向かっておりまして…』

「今来訪の報せが入ったところよ。一体何があったの?」

『もう着いたのですね、全員無事だろうか…姉上、そちらにいる女学生は、みな姉上と同じように婚約破棄された者なのです』


思いもよらないテオの言葉に、私はつい聞き返した。


「婚約破棄…?」

『はい。相手の男子学生から、一方的に突き付けられたようです。内何名かは手酷く扱われたり、親に叱責され失意のまま修道院に向かったと聞いております』

「一体何故、そのようなことが?」

『どうもローハルト殿下とアルノルト・コルテスが、男子学生たちを煽ったようです。親が決めた婚約に粛々と従う人生でいいのか?私のように行動を起こせば”真実の愛”を手に入れることが出来るのだ――と』

「ローハルト…救いようのない愚弟に成り下がったようね。アルノルトの狙いは、ディアの味方をしそうな有力な貴族令嬢たちの力を削いで、尚且つハヅキの対抗馬になりそうな高貴な家柄の娘の存在を排除することかしら」


落ち着いて状況を整理するカレン様を見て、私もどうにか冷静になれた。このドアの向こうに傷ついたご令嬢たちがいると思うと居てもたってもいられなくなるが、はやる気持ちを必死に抑えてエルディオ様の戻りを待った。

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