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23.遮蔽空間に閉じ込められました。

禁書庫に居たはずがいつの間にか貴族の屋敷の寝室のような場所に移動していた私とエルディオ様は、

互いに顔を見合わせてキョトンとしてしまう。うっすらと光を帯びた不思議な部屋だ。一体ここはどこなのだろうか。外部との連絡が遮断された上に現在位置もわからないとなると、お手上げ状態だ。


「この本の魔法陣が何らかの魔術を動かしたんだとは思いますが、転移陣とは全く異なる陣なのでどこかに移動したというより魔術的な空間に隔離された状況だと推測されます」

「ハヅキ様がゲームで見た本と酷似しているとおっしゃっていましたし、何か手掛かりが記されているかもしれません。読める範囲で読んでみましょうか」


その本は深緑色の表紙に銀のインクで魔法陣が描かれており、ノルディラの王族の心得や王家に嫁ぐ女性に向けた心構えなどが記されていた。最後の方に数ページに渡って書かれている文章は、ノルディラの古語か何かで書かれているようだ。初めて見る文字なのでさっぱり読めない。


「ノルディラは元々継承争いが苛烈で、過去に何度も内乱で国が荒れています。聖女が現れた頃の継承権持ちの王族は、王になるには決定打に欠ける者ばかりだったため争いの長期化が懸念がされていて、そのため聖女の存在が国を大きく揺るがしたと記されています」

「聖女を擁した陣営が一気に有利になったわけですね」


ノルディラの聖女は、ハヅキ様と同じように未知の魔術遺産を操り、砂漠の大地が広がる国土のあちこちにオアシスや緑地を次々に生み出し、度重なる小競り合いで疲弊した民たちに光を与えたという。継承権第三位の王子と婚約し、内乱を制した王子はそのまま即位。以降国政は安定し国力をどんどん上げている。茶葉やコーヒー豆の生産が盛んで、アデリアでも輸入している。それらをもたらしたのも聖女の力のようだ。


「継承争いを発生させないためには、誰もが認める絶対的な王が君臨しその周囲が王を支えることが必要だ…というような内容ですね」

「暑さが厳しく特定の作物以外が育ちにくい気候の大国には、民衆を強く引っ張っていく力のある王がふさわしいのかもしれませんね」

「あくまでノルディラの話として捉えるなら、非常に興味深い内容でした。この後に記されている物も読めればよかったのですが…」


見慣れない文字を見ながら二人でうーんと唸っていたら、切れていたはずの通信機の一つから呼び出し音が鳴りだした。


『―――二人とも、無事ですか!?』

「ハヅキ様!」

『よかった!!怪我とかしてませんか?』

「ご心配をおかけして申し訳ありません。私も師匠も無事です!」


ハヅキ様は通信盤が切れた後すぐにカレン様と連絡を取り指示を仰ぎ、接続が切れた通信機に魔力を大量に注ぎ込みこちらとの通信を復旧してくださったという。


『その場所は魔術で構成された遮蔽空間で、ゲームのレオカディオルートに出てくるんです』

「魔術の遮蔽を破るために、更に大きな魔力をぶつけた訳ですね。聖女様の無尽蔵な魔力量のお陰で助かりました」


なんでもこの空間は、ヒロインの聖女と親しくなったレオカディオが聖女というものを詳しく調べるために二人で禁書庫に赴いたところ、不思議な魔術書の力で遮蔽空間に二人きりで閉じ込められてドキドキな時間を過ごすことになるという、恋愛要素が強いゲーム内においては重要な空間なのだそうだ。このイベントの発生がレオカディオルートに突入した合図となっているらしい。


『レオカディオは、王族の血筋でも四大公爵家でもない自分が、聖女と共に在ることが国にとってマイナスになるんじゃないかと気に病んで身を引こうとするんです。それをよしとしなかった聖女と禁書庫で口論になり、聖女の感情が高ぶって膨大な魔力が膨れ上がった結果、魔法陣が作動して閉じ込められてしまうんです』


「ハーヴェイ伯爵家は元々王家から分家しているので、薄っすらとなら王族の血も入っているのでは?」

「一応そうですけど、今の我が家は王家と密接な関りがあるわけじゃありませんからね。ゲームの兄さんは引け目を感じたのでしょう」

「そうなると、レオカディオ様が聖女様と結ばれるには様々な困難があったのですね。しかし心を通わせる前とはいえ、想い合う男女が二人きりで遮蔽空間に居るというのは、なかなか刺激的な展開が予想されるのでは…?」


私とエルディオ様が共に行動をするにあたって、二人きりになることがなるべく無いよう配慮されたように、ゲームの中の二人もそのような空間に入ったと露見したら取り沙汰されただろう。


『ゲ、ゲームは全年齢対象なんで!そこまで過剰にいかがわしいことはなかったです…!』

「ということは多少はあるんですね…兄さんが…」

「もしハヅキ様との通信が繋がらなければ、私と師匠にもそういった展開があったかもしれないのでしょうか…?」

「な、ななななななんてことを言うんですか!!!!!!!!!」


エルディオ様は真っ赤になったり真っ青になったり慌ただしく顔色を変えながら、私から距離を取った。


「俺たちはゲームの強制力から外れてるでしょう!?第一王子の元婚約者で王家の血を引く公爵令嬢に不埒な真似をしたらハーヴェイ伯爵家は断絶ですよ!!!!!」

「そんなことありません、国王陛下は思慮深いお方ですもの。王立の機関を任せているハーヴェイ伯爵家を簡単に断絶なんてさせませんよ」

「そうなると俺一人が切り捨てられるコースまっしぐらですね…いや、そんな可能性は今すぐ捨て去ってください!」

『今は私が見てるから大丈夫ですよ!エルディオさんはディアさんに不埒な真似をするような人じゃなさそうですし、そんなことになったらカレン様に酷い目に遭わされそうですもん』

「その通りです。あの御方がディアレイン様をどれほど可愛がって大事にしていることか…」


エルディオ様が見ても、カレン様が私を大事にしていることがわかると言われて胸が暖かくなった。早くここから出て無事を伝えなくてはならない。


『それにしても、未婚の男女が一室で二人きりになるだけで問題視されるなんて、貴族って大変ですね…私なんか誠ちゃんの部屋に週二のペースで入り浸ってますよ』

「それはもう、婚約者相当なのではありませんか?」

『全っ然違います!ディアさんだって、入学前はお部屋にテオくんが訪ねてくることもあったんじゃないですか?それとおんなじですよ』

「テオは弟ではありますが、お互い婚約者がいる身ですので部屋を行き来することはありませんでしたね。その代わりに屋敷の談話室や温室で語らうことが多くて、その際にはお茶の用意をしてくれるミリアや、テオ付きの侍女たちも一緒でした」

『うわー、家族でもそんな感じなんですね!』


貴族って大変!と驚くハヅキ様だったが、セイ様はハヅキ様のことを憎からず思っているのではないかと私は予想している。妹としか思われていないとハヅキ様はおっしゃってたけど、他家の子女が当たり前のように自宅に出入りするなんて、セイ様もセイ様のご家族もハヅキ様を好ましく思っている証拠ではないか、とも思う私だった。

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