21.
楽しい恋バナもそこそこに、私とエルディオ様は引き続き禁書庫の探索に精を出した。
魔術遺産は国によって発現する特性に偏りがあるとされていて、アデリア王国では人々の生活を便利にするためのものを中心に所有している。聖堂が所持していた映像付き通信機もそうだし、今では大陸中に広く普及している転移陣も、元々はアデリアで発見された魔術遺産を転用したものだ。この国は遺産の持つ能力や研究成果を国外にも公開し、他国からの留学生を積極的に受け入れているため、周辺諸国と概ね良好な関係を築くことが出来ている。武力に特化した魔術遺産を持たない分、そうやって国力を保持する方針を取っているのだ。この状態を維持し続けるため、研究施設や図書館といった学術機関への資金投入を惜しまないのがこの国のいいところだ。
「突出した武力や、大掛かりな天候操作や人心の掌握が出来たりするような派手な魔術遺産はこの国にはありませんが、だからこそ技術の転用に力を入れて他国にない強みを得ることが出来ました。そのことが今日までの国の発展に繋がっています。お陰で我がハーヴェイ伯爵家は好きなだけ好きなことをして生きていられるので、王家には感謝しかありません」
「師匠の専門は魔術遺産の技術転用でしたよね。何故その道を志したのでしょうか?」
「ごく単純に、自分の生活が少しでも便利に快適になったら嬉しいし楽しいなって子供の頃に思ったんですよ。叔母の研究室に行けばその手の研究材料には事欠かなかったので、子供が玩具で遊ぶのの延長線上で、いつのまにか目覚めた形です」
「自分が楽しいと思えることで大勢の人の暮らしが豊かになるなんて、素晴らしいことだと思います。だからこそカレン様も師匠を見出されたのでしょうね」
「そういう意味ではディアレイン様も同じじゃないですか」
「私が?何が同じなのでしょう?」
思いがけないエルディオ様の言葉にキョトンとしてしまう。まるで心当たりがない。
「先程の聖女様へのお言葉もそうですが、王家の姫君や学園のご令嬢方にとってあなたはかけがえのない存在なのでしょう。あなたが日頃から彼女たちと親しくしていて、心を砕いていたからだとわかります」
『そうですよ!ディアさんが差し出してくれた好意が嬉しくて、辛いことがあっても明日は頑張れそうだなとか、次はディアさんに好意を返したいなとか、そう思ってる人はたくさんいるんじゃないかなって私も思いました!』
「私はただ、女性の皆様がどなたもお可愛らしくて、お近付きになりたくて接しているだけですよ?皆様も心優しい方ばかりなので、どちらかというと私が幸せにしてもらって得をしているんです」
「それこそ素敵なことですよ。好意に好意を返されて、次はもっと仲良く親しくなって色々な話をしたいってお互い思っているんでしょう」
『ローハルト殿下が、ディアが女子寮を掌握して女学生を意のままにしていたせいで男子と違って自分の言うことを聞いてくれないって零していましたけど、それこそ女生徒がみんなディアさんのことを好きだって証拠ですよ』
「ふふ…ハヅキ様もエルディオ様も、ありがとうございます。そんな風に思ってくださる二人も、とってもお優しくて嬉しいです」
私が女性とばかり親しくするのは、殿下以外の男性と親しくしてはいけないと刷り込まれていたのが切っ掛けだけど、今はもうそれだけじゃない。王子妃教育に明け暮れる私に手を差し伸べてくれたカレンデュラお義姉様、本当の姉妹のように接してくれたローゼマリー様とヴィオレッタ様、次代のベスター公爵家を支えてくれる頼もしいユリアーナ、神秘的な魅力を持ちながらも気さくに私をディアと呼んでくださるハヅキ様。そして同じ学び舎のご令嬢方。いつだって私を支えて寄り添ってくれた彼女たちに報いたいと思っているし、彼女たちの意向を無視し軽んじるようなことをするローハルト殿下には、人の上に立つ者としてちゃんと彼女たちに目を向けてほしい。
『あ、その本…』
「ハヅキ様?」
『ゲームで見たことがあるような…なんだか見覚えがある気がして……』
「あら、もしそうだとしたら、重要なことが記されているかもしれませんね」
「ディアレイン様、見せていただいても?」
その本はアデリアからは遠く離れた南方の大国ノルディラの言語で書かれており、奥付を確認すると今から10年ほど前に発行されたものだった。
「この本、書かれた時期がノルディラに聖女が現れた頃ですね。何か関係があるかもしれません」
「おおよそは読めそうですが、一部の専門用語は意味が掴みかねるな…義姉さんに協力を仰ぐか…」
エルディオ様が図書館の職員用の音声端末でお兄様に連絡を取るため一度本を手放したので、私が再度手に取ってみた。革のようなしっかりした素材のカバーが掛けられており、外すと本体表紙には銀の箔押しで精巧な魔法陣が描かれていた。
『あ…!ディアさん、その本を離してください!!!!』
「え?」
何気なく魔法陣に触れていたら、指先に熱を帯び陣が光り出した。
「ディアレイン様!?こちらへ!」
ハヅキ様の声に、少し離れた場所でお兄様に連絡を取っていたエルディオ様がこちらの様子に気付いて駆け寄ってくる。私もハヅキ様の言葉を聴いて咄嗟に本を離したが、手が離れる寸前に魔法陣がカッと眩い光を放ち、思わず目を閉じる。
『お嬢さ――――――』
公爵邸と繋いでいた通信機がブツッと音を立てて動きを止め、ミリアの私を呼ぶ声が聞こえなくなる。今まで感じたことがないような底知れない恐怖に包まれるけど、エルディオ様が私の手をしっかり握ってくれているのがわかり少し落ち着いた。大丈夫、一人ではない。
◇◇◇
「ぐっ…凄い光だったな……ディアレイン様、ご無事ですか……?」
「えぇ…少し目が霞みますが、一時的なものかと。他は何ともありません。不用意に魔法陣に触れてしまい申し訳ありません……そして、ここはどこでしょうか?」
禁書庫に居たはずが、気付くと私とエルディオ様の二人は、貴族の寝室ような部屋に移動していた。手が込んでいる調度品に、天蓋付きの広々としたベッドは部屋の中央に鎮座している。
「通信機が二つとも切れている上に、起動すらしません」
「それは、困ったことになりましたね…」




