19.
禁書庫は王立図書館の地下にあり、地下へ行くためには上級司書以上の資格が必要となっている。
館長であるハーヴェイ伯爵には予めカレン様が許可を得ており、私はエルディオ様と一緒ならいつでも出入り出来るようになっている。
「こっちの区画が他国の歴史書で、数は少ないんですが半数ぐらいが古語で書かれているので、解読に手こずると思います」
「古語ならそれなりに読めるので、時間が掛かりそうなものから着手しましょうか。師匠は他の区画の探索に移っていただいても構いませんよ?」
「さすがです、助かります。ここの蔵書量は少ないんですが、あっちの区画の魔術遺産についての本は倍くらいあるもんで…」
私たちがいる間の禁書庫は他者の立ち入りが出来ないようになっていて、密室に未婚の男女が二人きりというのはさすがに問題があるため、小型の映像付き通信機で公爵邸にいるミリアと映像を繋いでの作業となる。今日はもう少ししたらハヅキ様とも映像を繋ぐ予定だ。
「聖女様は今頃ローハルト殿下とご一緒なんでしたっけ?」
「毎週木の日は午後のお茶の時間をご一緒しているそうです。気が重いとおっしゃっていたので、戻られたら慰めて差し上げなくては…」
『殿下が一体どのようなことを話しているのかが気になりますね』
「ミリアも知っての通り、殿下って基本的に自分の事ばかりお話になるから、ハヅキ様は居心地が悪いでしょうね」
『お嬢様の聞き上手は、殿下のお相手をしていて鍛えられましたからね…』
私との婚約破棄から少し経ち、国王陛下夫妻も帰国の目途が立っていない今のうちに、殿下はハヅキ様との婚約を整えようとするだろう、というのが私たちの見解だ。陛下が戻ったころには二人の婚約を認めざるを得ない状況にしておきたいのだろう。
「カレン様曰く、婚約破棄の一件を聞いた父は怒り心頭、母はさめざめと泣き続けているようなので、そんな両親に会うのも億劫なのでしばらく帰ってこなくてもいいかな…と思いつつある自分がいます」
「いやいやいや、ご帰国いただいた方がいいでしょうどう考えても…。とはいえ長雨の影響で国境域で落石があったようなので、安全な帰路を確保するにはまだ時間が掛かりそうですね」
カレン様からの通信で一連の出来事を知った国王陛下夫妻と私の両親は、事態を深刻に受け止めて早期解決を図ろうとしているそうだ。帰国までのローハルト殿下への対応はカレン様に一任されたため、何かあっても陛下からお咎めを受けることはないので一安心だ。こうして話しながら、エルディオ様と二人で手分けして禁書庫の本を端から読み解いていく。
「ここに北方のグラサミア公国の聖女についての記述があります。大規模な冷害を聖女が豊穣の魔術遺産で救済し、その功績を認められ大公妃になり、長く国に安寧をもたらしたと」
「西方のブライト王国に現れた聖女も、同い年だった第二王子と婚姻を結んだとこちらの本には書かれています」
「こちらのマーレ公国の歴史書では、共に苦難を乗り越えた護衛騎士の侯爵家の跡継ぎと結婚し、侯爵夫人となった聖女がいると書かれてますね」
「王家じゃなくても、爵位があり国家へ忠誠を誓っている臣下と婚姻を結ばせて、国に紐付けるのが一般的なようですね。聖女を手放す気はどこの国もないのでしょう」
「ただ……アングロース帝国に伝わる神話に、気になる記述があります」
アングロース帝国は数百年前に滅んだ大国だ。その本には、異界より現れた青年が宝剣をもって災いを断ち切り、勇者の称号を得て、褒賞として第三王女を妻にと望むが婚姻の儀の当日に二人とも行方をくらまし、二度と姿を現さなかったと書かれている。
「帝国が総力を挙げて探索したにも関わらず見付けることが出来なかったのは、元居た世界に王女を連れて帰ったから…という可能性があります」
「カレン様の留学先のヴェイア王国の一部は旧アングロースの土地を含むので、勇者について詳しく書かれた歴史書を所蔵しているかもしれません」
「後程相談してみましょう。ひとまず今は記された内容の真偽は置いておいて、どんな些細な情報でも搔き集めたい段階ですからね」
真偽が定かではなくても、ただの噂話であっても、そのような噂が飛び交うに至っただけの理由が必ずあるはずなのだ。そこから真に得たい情報にたどり着けることもある。
◇◇◇
話し合っていると通信機の呼び出し音が鳴り、ハヅキ様の御姿が映し出された。疲れが色濃く顔に出ており、俄然心配になる。
「ハヅキ様、いらしてくださりありがとうございます。お疲れのようなので、どうか楽になさっていてくださいね」
『うぅ、ありがとうございます…なんであの人たちあんなに話が通じないんだろう……』
毎週木の日の午後のお茶は、婚約者だった頃は私がその時間を共に過ごしていた。ローハルト殿下とその側近候補たちが勢ぞろいで、自分たちの話ばかりする上に女性の話をあまり聞かない気質の者が多い。ハヅキ様が現れてからは状況が慌ただしくなったためお茶の時間そのものが無くなり、そのまま婚約破棄に至ったため彼らとはご無沙汰だが、相変わらずのようだ。
『ハヅキ様の御力に討たれた悪しき公爵令嬢は神にその身を捧げ、陛下が不在の今、アデリアの柱たるローハルト殿下とハヅキ様をお支えするのが我々の喜びですとかなんとか…』
「私の婚約破棄ってハヅキ様の御力と関係ありましたっけ?随分話に尾ひれがついているのですね」
「あと、ローハルト殿下が柱って言っていますけど、殿下より継承順位が上のヴィオレッタ第三王女殿下がいますよね?」
『あの人たちの中では、ヴィオレッタ様は既に辺境伯家への降嫁が決まっている身の上だからノーカンみたいです』
「不敬にもほどがあるな…」
『何度「王位継承権第一位のカレン様、帰ってきてますよ」と言いたくなったことか…ぐっと堪えました…』
今日の茶会では彼らの決意表明と、ハヅキ様の今後についての説明がなされたらしい。ハヅキ様は殿下と婚約したら王城で暮らすことになり、寮には入らず王子妃教育を受ける傍らで学園に通い、殿下の卒業と同時に立太子の儀と二人の婚姻の儀が執り行われる…というのが彼らの思い描く筋書きのようだ。
「ローハルト殿下が王太子になることが前提で話が進んでいますが、筆頭公爵家のご令嬢との婚約を破棄しておいて、簡単にはいかないでしょう」
ローハルト殿下は自分が国王になる未来を疑っていないようだが、そもそもアデリア王国には長子相続の法があるので、継承権第一位はカレン様だ。
「ここ何代かは男性の国王ばかりで、王女殿下が継承権第一位であっても女王にならないことが続いたので、男系優先だと思い違いをしているのかもしれません」
「私が大きな魔力を持って生まれたので、王家は私の後に生まれた男児と婚約させることを決めました。その結果殿下は生まれながらにベスター公爵家という有力な後ろ盾を得たので、そのことを王になるための下準備と受け取ったのかも…」
実際アデリアの次代の王は、何事もなければローハルト殿下だっただろう。カレン様もそれを見越してヴェイア王国へ留学したのだろうし、ヴェイア王族のどなたかに嫁ぐことを望まれていたはずだ。
「でも、ローゼマリー様が国外に嫁がれた上にそちらの王太子妃の地位を得られたので、カレン様が国外に嫁がなくても外交面の不安はありません」
「ローゼマリー様の嫁ぎ先のファーレン王国はヴェイアとも縁が深く、アデリアより国土の広い大国で力を持っていますからね」
「ヴィオレッタ様が辺境伯夫人になるなら、カレン様にはコルテス公爵家かディーク公爵家への降嫁の話が持ち上がると予想されます」
アデリアの四大公爵家は、東のベスター・西のコルテス・南のグラッツェン・北のディークの四家から成る。現王妃がグラッツェンの出で王妹がベスター公爵夫人なので、残りの二家はバランスを取るために王族の降嫁を望んでいるはずだ。
『それが、アルノルトさんが「ハヅキ様は我がコルテス公爵家と養子縁組をして後ろ盾を得た方が良い」って言いだして…』
「そうきましたか。コルテスはベスターを追い落として、次代の王妃の後ろ盾の地位を代わりに得ようとしているんですね」
『ゲームのローハルトルートでのアルノルトは、二人の成婚の立役者として特別な騎士爵を得るんです。ちなみにアルノルトルートでは、聖女と結ばれたことで次男だったアルノルトが次代のコルテス公爵になります』
そちらのルートでは、聖女を擁する筆頭公爵家になったコルテス家は悪役令嬢を輩出し家格を落としたベスター公爵領の一部を飛び地として得て領地を拡大し、長く権勢を誇ったという。
「私って、アルノルト様のルートでも悪役令嬢になるんですね」
「あのルートには悪役令嬢が何人かいて、アルノルトに想いを寄せる侯爵令嬢に味方したディアさんが主導を取って、数名のご令嬢と結託して聖女を幽閉するんです。その罪で殿下との婚約を破棄されて、最終的に国外追放か修道院行きに…と示唆されるところでディアさんの話は終わっています」
よってたかって聖女を害したり、何よりご令嬢方が悪事に手を染めるのを主導するなんてあり得ないことだ。皆さんを巻き込むだなんて、ゲームの私はなんなんだ。
「となるとこの事態は、コルテス家が裏で手を回しているのでしょうか」
「それもまだ一つの可能性程度にとどめておきましょう。誰がどんな思惑を持っていようと、俺たちの目的は聖女様を元の世界へ無事お返しすることですから」
確かにエルディオ様の言う通りだ。私たちは引き続き禁書庫の探索を進めることにした。




