14.
テオへ
図書館の本を延滞するだなんて、公爵家の嫡男ともあろう者が何をしているのでしょう。
早急に返却し、司書の皆様にお詫びをなさい。
あなたをよく知る年上の者より
◇◇◇
王立図書館での勤務二日目。公爵邸の自室に転移陣を使って職場にたどり着いた私の目の前には、号泣する弟という扱いに困る存在が鎮座していた。これから禁書庫に探索に出向く予定だったのを変更して、急遽弟と向き合うことになってしまった。
「テオ…あなた、授業はどうしたの?」
「姉上のお言葉を受け取り、矢も楯もたまらず馳せ参じました!寮監にも「姉からのメッセージを受け取ったので会いに行く」と伝えてあります!」
「記名しなかったのだけど、私からだとすぐにわかったのね」
「女性らしい柔らかさと王家に連なる者の高貴さが滲み出た姉上の美麗な字を、僕がわからないとでも!?あれは姉上から僕に宛てた「心細いから会いに来て欲しい」というメッセージに他なりません。しかと受け取りました!!」
物凄くズレた受け取り方をされているが、そこに書いてある内容以上の意味など一つも込めた覚えはない。あわよくば私だと気付いてくれて秘密裏に連絡をもらえないかと思わなくはなかったが、こんな堂々とやってくるとは予想だにしていなかった。隣のエルディオ様が「ちょっとズレてるところはお姉さん譲りなのかな」と呟いているが、私と弟は全く似ていないのでそれは誤解だと強く主張したい。
「テオの言っていることはわかったけど、私は今や聖女に害を成し第一王子殿下に捨てられた存在なのよ?寮監に目をつけられたりでもしたら…」
「寮監は快く送り出してくれました。「ディアレイン様は今頃心細くていらっしゃるはずなので弟の君が力になってあげなさい」と。ローハルト殿下たちにも僕の不在は誤魔化してくれるそうです!」
学園内では私の悪評が広まっているのかと思いきや、嬉しい誤算だ。寮監はその立場からどんな高貴な相手でも在学生は皆等しく一学生として扱うため、相手が殿下であってもテオドールのつかの間の不在を隠すくらいは難しくないのだろう。
「それより姉上、そちらの方は…?」
「あ、紹介するわね。こちらはエルディオ・ハーヴェイ様。王立図書館にお勤めされているの」
「えぇと、ご紹介に預かりました、ハーヴェイ伯爵家三男のエルディオと申します」
「何故姉上が伯爵家の三男と行動を共に……もしや傷心の姉上の心の支えに………?」
物凄く険しい顔でエルディオ様を凝視しているけど、初対面なのに遠慮がなさすぎではないか。エルディオ様も困惑しているように見える。
「師匠、身内の者が大変失礼いたしました。よく言って聞かせますので、ご容赦願います」
「いや、俺は別に構わないんですが…どう見ても誤解されているようなので、事情を説明した方がいいかもしれません」
カレン様からは事前に「ディアが信用できる相手になら我々の計画を話して構わない」と許可を得ていたので、テオドールを信用して話すことにした。エルディオ様はカレン様の補佐をしている腹心のようなお方だと告げると「カレンデュラ殿下の命でお二人は行動を共にしているのですね!それならよかったです!!」と納得したようだった。やはりカレン様の存在は心強いのだろう。
「それにしても、やはりローハルト殿下はハヅキ様に片想いされているのですか…姉上という婚約者がありながら、許しがたいことだ」
「テオは殿下と親しくしていたのではなかったの?男子寮でどのように過ごしているのか私には伝わってこないから、詳しく教えて欲しいわ」
テオドール曰く、ハヅキ様の助力を得て危機を脱したローハルト殿下は己の非を認め、辺境伯家にも誠意をもって謝罪し無事和解したという。立場を笠に着ることなく真摯に謝罪する姿は凛々しく、これからは臣下の声を聴くよき王を目指して邁進したいとの言葉に偽りはないと信じられる、立派な御姿だったそうだ。お陰でヴィオレッタ第三王女殿下と辺境伯家の嫡男の婚姻にも支障はなさそうだと聞いて安心した。
それから騒動の後処理を行うためハヅキ様と共に過ごすことが増えた殿下は、彼女を正式に自身の庇護下に置き、頻繁に離宮へ会いに行くようになり、その頃からおかしなことを口走るようになったという。
「ハヅキが泣いている姿を見た、ディアレインが何かしたに違いない。もう母上に何を言われても茶会には出席させない、ハヅキは離宮から出さず私が守り抜く…と」
「そこでどうして私に結び付いたのか、さっぱりだわ…」
「最初は周囲の者たちも聞き流しておりました。聖女への憧れのような想いが募っているのだろうと、微笑ましく思っていたぐらいです。それが日が経つにつれて徐々にローハルト殿下の言葉に賛同する者が増えていき、姉上を婚約者の立場から降ろして聖女を引き立てようという流れになった際にそれはおかしいと殿下を諫めたところ、ベスター公爵家は王家に叛意ありとまで疑われそのまま遠ざけられてしまいました」
仮に私がハヅキ様を虐げていたとしても、それだけで公爵家が王家に叛意ありと思われるのはおかしいと思う。私もテオも在学中で日頃それほど姉弟間のやり取りはなく、寮生活のため両親とも離れているのだ。私が婚約破棄された夜会にテオは不在だったのだが、それも殿下から行動を制限されていたせいだという。
「テオドールは身内だから姉の愚行を見て見ぬふりをしている、そのような者を傍に置いておけないと部屋の移動を命じられ、男子寮の貴族区域から追い出された上に、外出できないよう殿下の手の者から見張られています。今日は何とか監視の目をかいくぐって、寮監を味方につけてきたのでしばらくはバレないと思います」
「だから本を返しに来れなかったのね。だらしない行いに理由があって少し安心したわ」
「アルノルトにはせめて図書館への外出を認めてほしいと訴えたのですが、外部の人間との接触は認められないと…。夜会であいつが姉上を不当に扱ったと聞いております。率先して殿下の聖女様への想いを後押ししているので、俺たちが邪魔なのでしょう」
「アルノルト・コルテスは随分殿下に信頼されているのね。コルテス公爵家とはあまり交流がないから彼の事はよく知らないけど、我が公爵家と王家の結びつきをよく思っていないのかしら」
私がそう言うと、険しい表情でテオドールは続けた。
「それは現時点ではわかりませんが、ローハルト殿下はアルノルトをはじめとする周囲の人間に惑わされすぎです!ハヅキ様は確かに殿下の窮地を救ってくださったし、神秘的なお姿に類稀なる能力をお持ちで
僕も見惚れてしまうような素敵なお方です。しかし、長年尽くしてきた姉上の功績を全てなかったことにして、ありもしない罪で婚約破棄を命じるなど、あまりにも傲慢ではないですか!!辺境伯家と和解したばかりだというのに、殿下の軽率な行いはあれから何も学んでいないようで、まことに遺憾です…!」
勢い込んだテオドールは私の手を取って、さらに続ける。
「心痛、お察しいたします。姉上に瑕疵がないことを明らかにした上で、改めて公爵家からも婚約破棄を申し入れましょう。姉上はもう結婚なんてしないで、ずっと我が家にいてください!!」
「こうなった以上碌な縁談は来ないでしょうし、結婚せずに済むなら有難いわ。でも、ずっと公爵家にはいられないわよ。貴方はいずれユリアーナと結婚して次期公爵になるのよ?その家に私が居続けたらおかしいじゃない」
「そんな…」
「―――そんなことおっしゃらないで!ディアお義姉様!!!」
「ユリアーナ!?あなたまでどうしたの!」
大きな声に振り返ると、そこにはテオドールの婚約者のユリアーナ・ハッセ伯爵令嬢が息を切らして立っていた。




