13.
「エルディオ様~!ありがとうございます!!戻ったら手を付ける予定だった返却作業がほとんど終わっててびっくりしました!」
「見習いさん、メディアちゃんだったっけ?もうホントすっごく助かっちゃった!今日は残業回避出来そう…!」
「司書の皆様のお役に立てたなら嬉しいです」
「こっちはあと少しだから、俺とメディアでやっておくよ。皆は他の仕事に移ってくれ」
中級司書の方々は理知的でお綺麗な方ばかりで、一見すると近寄りがたい雰囲気の方もいるけど、みな気さくに話しかけてくれて明るくて優しい方ばかりだった。利用者と司書の関係だと見えてこない彼女たちの素顔を垣間見ることができ、物凄い役得だ。ちょうど婚約破棄されて手に職を付けたいと思っていたところだし、このまま王立図書館の司書を目指すのもアリかもしれない。二人きりになったところで、エルディオ様にそっと切り出した。
「……師匠、今、司書の募集ってしてます?」
「万年人人手不足なんで常に募集してはいますが……第一王子殿下の元婚約者の公爵令嬢を雇うのは難しいかなと………」
「私、なんでもやりますよ?こう見えて王子妃教育を受けていますし、殿下の補佐ばかりしてきたんで、きっとこの仕事に向いていると思います!」
「その経験はもっと違うところで生かすべきなんじゃないですかね…?」
違うところと言われても、これといって思い浮かばない。そもそもつい最近まで王子妃教育に明け暮れていたため、王子妃になるために必要なこと以外の知識はあまり持ち合わせていないのだ。そんな私の見識を広げるために城下町や孤児院への視察にこまめに連れ出してくださったカレン様には感謝しかない。あの方は出会ったときから”未来の王子妃”ではなく、一人の人間として私を見てくれていた。そのことを知った時から私は孤独じゃなくなったし、ローハルト殿下との婚約も前向きに受け入れられるようになった。殿下との婚約は、私とカレン様を繋ぐ架け橋のようなものだったのだ。
「今、ほんの少しお手伝いしただけですが、司書のお仕事はやりがいを感じられます。利用者の方々の顔が見える持ち場にも行ってみたいです」
「…その気持ちは素敵だと思いますし、そんな風に言ってもらえると図書館員としては誇らしいばかりです。でも、メディアは長い間与えられていた役割から突然解放されて、生活が一変したばかりでしょう。
焦って何か一つの事に決めてしまわずに、これから時間を掛けて色々な可能性を探っていけばいいと思います。その上で司書を本気で目指したいと言ってくれるなら、その時は受け入れられるよう準備を整えましょう」
「ありがとうございます、師匠!!」
「なんだか、本当の師匠みたいなことを言ってしまったな…偉そうに申し訳ありません」
「そんな、とんでもないです。今のエルディオ様は私の上司でお義姉様をお支えする同志です。そして私は本当に師匠だと思っているのですから」
少し照れ臭そうなエルディオ様は、とても優しい顔をしていた。出会ったばかりなのにとても親身になってくれて、いい人だなと思う。この人がどうしてカレン様の補佐をするようになったのか、どんなことがあってカレン様はエルディオ様を信頼するようになったのか、いつか聞いてみたい。
◇◇◇
返却作業がひと段落したのでそろそろ禁書庫へ向かおうとしたところで、再度中級司書の方がやってきた。
「エルディオ様、これもお願いしていいですか?」
「これって急ぎですか?こちらもメディアの研修を進めたいので、その後でも…」
「師匠、私も手伝うので先にこちらのお仕事を片付けましょう!二人でやればきっとすぐですよ」
「メディアさん最高っ!!これ、図書を延滞してる学生さんのリストなの。督促状の作成をお願いしてもいいかしら?」
受け取って見たところ、結構な数の延滞者がいるようだ。王立学園の生徒ともあろう者がだらしがない。
「試験後は参考書の延滞が増えがちなんですよ。無事に試験が終わった安心感から、うっかり忘れてしまうのかな…と」
「王立学園の生徒でありながら情けないことですね…」
確かに、学園での試験範囲に関わりのありそうな題名がずらりとリストに並んでいる。未返却者は男子学生の方が多く、名門と呼ばれる家門の子息も多数いた。国家の中枢に食い込むような人材の卵たちのはずが、こんな体たらくでよいのだろうか。ローハルト殿下の周囲にどんな学生がいるのか、男子寮でどのように過ごしているのか、俄然気になってしまう。
「師匠の在学中もこんな感じだったんですか?」
「まぁ、いつの時代も学生はこんなものかと…。ここ数年の女子学生は王族が在学していた効果もあってかキチンとしている印象ですが、比べると男子学生は一段劣りますね。これはもう、寮に回収箱を持っていくべきか…」
「自分の足でここまで返しに来させた方が良いでしょう。督促状を送っても効果がない学生には、寮監を通じて注意喚起をしてもらうかまとめて複数人で来館するよう伝えてもらうとか、学園とも連携を取るやり方が出来るとなお良いかと…って、あれ、これって…」
呆れながらリストに目を通していたら、そこには”テオドール・ベスター”と、見慣れた弟の名前が記されていた。




