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12.王立図書館で勤務します

エルディオ様と行動を共にすることになった私は、まず最初に王立図書館の制服をお借りした。

紺色の簡素なドレスに深紅のエプロンを付けて、腰まである銀髪を後ろで一本の三つ編みにしてひとまとめにし、ゆとりのあるベレー帽を被る。その上で、カレン様からお借りした魔術具の眼鏡を掛けて瞳の色を水色から薄紫に変化させて変装完了だ。


「ディアレイン様とお呼びするわけにもいかないので、偽名を名乗っておきましょうか」

「でしたらメディアとお呼びください。お忍びの時に使う偽名でなじみがあるので、きちんと反応できるかと思います」

「承知しました。では、貴方はその格好の時はカレン様の紹介で孤児院からやってきた職場体験中のメディアさんという設定にしましょう」

「あら、その設定ですとさん付けは不自然では?どうぞメディアとお呼びください、師匠」

「ぐ……図らずも師匠呼びが不自然じゃない関係性になってしまった…」

「あくまで調査の一環とはいえ、この制服を身にまとうからには与えられた仕事を全うしたいのです。どうかご指導のほどよろしくお願いします!」

「わかりました……高貴な女性って少し強引なところがあるんだなぁ……」


王立図書館、王立研究所、王立学園は同じ敷地内に建てられており、研究所員が学園の講義を受け持っていたり学生が図書館を利用したりとそれぞれの建物を行き来する人数が多いため、見付からないよう細心の注意を払う必要がある。念には念を入れたいのだ。


「禁書庫には持ち出し禁止の書物しかないので、探索の際は籠ることになります。他国の歴史や魔術遺産について記録された書物が多く所蔵されているので、聖女様が元の世界に戻る手掛かりがあるかもしれません」

「我々が隠密行動をするのに役立つ道具や知識も見つかるかもしれないですし、頑張って探しますね」

「カレン様も来たがっていましたが、いかんせん変装したところで目立つんですよね、あの人」

「にじみ出る威厳がどうしても隠せないのですね…どんなに地味な装いでも人を惹きつけるだなんて、さすがお義姉様と言わざるを得ないです…」


カレン様は過去に何度かお忍びで街に下りたそうだが、半刻も立たないうちに王女だとバレてとんぼ返りを繰り返したので、以来お忍びはやめて堂々と視察することになさったのだそうだ。


「アデリアの王族はここ何代も善政を敷いていて他国との大きな争いもありません。国民の信頼も厚く、親しみを持たれているのであの方の視察を心待ちにしている民は多いようです」

「私も何度かご一緒させていただきましたが、暖かい人ばかりで楽しかった記憶しかありません」

「現状を維持するためにも、ローハルト殿下の行いを諫める必要があるとカレン様は強く主張していました」

「その通りですね」


◇◇◇


臨時職員の身分証代わりになる通行証を受け取り、禁書庫へ向かうため執務室を出たら背の高い男性に呼び止められる。


「エル、いつ戻って来たんだい?返却作業が溜まってるから時間があるならお願いしたいのだけど…おや、そちらのお嬢さんは?」

「あ、兄さん。ちょうどよかった。この子はカレンデュラ王女殿下から預かった見習いです。今日からしばらく俺について回ることになってるんで、よろしくお願いします」

「ということは修道院か孤児院の子かな?初めまして、レオカディオ・ハーヴェイといいます。エルディオの兄で、この筆頭司書を務めているので、何かわからないことがあれば気軽に話しかけてもらって構わないよ」

「メディアと言います。カレンデュラ王女殿下のご紹介で、こちらに参りました。ご配慮くださりありがとうございます」


カレン様は王都の孤児院と修道院の職業支援に力を入れており、見所がありそうな孤児や不本意な理由で修道女になった者に就業先の斡旋をしている。その一環として図書館や研究所で研修をさせて、そこの職員に認められればそのまま働くことが出来る制度を整えたのだそうだ。成人と共に孤児院を出なければならない孤児たちや、還俗したところで頼れる家もなく生計を立てる手段もない修道女には渡りに船で、チャンスを掴むべく真面目に学ぶ者が増えたそうだ。私がこうやって急に勤め始めても怪しまれないのはこの制度のお陰だ。


「返却作業はこちらでやっておくよ。兄さんは忙しいでしょう」

「助かるよ、ありがとう。あと一刻もすれば中級司書たちが第三書架の点検から戻る予定だから、そしたら交代していいからね」


王立図書館は上から順に館長、筆頭司書、上級司書、中級司書、見習いと階級が分かれているが、エルディオ様はただの見習いではなくいずれ筆頭司書になるための見習い期間なので、立ち位置は上級司書と同じくらいなのだという。しかし、一般書架は貴族以外のアデリアすべての民にも開放されており、尚且つこの荘厳な建物を一目見ようと国内外からやってくる観光客の案内もする必要があり大変に多忙なため、階級に関わりなく手が空いている職員はなんでもやるそうだ。レオカディオ様は司書たちに仕事を割り振ったり、新しく所蔵する資料の選定をしたり、時にはお父上であるハーヴェイ伯爵こと館長の代理としての役割も担うなど他の職員では手を出せない領域の仕事があるため、彼の手が空かないときはエルディオ様が兄君の意を汲んで動くのだという。


「返却業務は早く手を付けてしまわないとどんどん溜まっていくので、先にそちらを済ませても構わないでしょうか?」

「もちろんです。見習いですが、私も頑張ります。一人より二人で取り掛かった方がきっと早く終わるでしょう」

「本音を言うと、物凄く助かります…。学生たちの利用が多い時期だから、貸し出しと返却作業だけでも結構な作業量なんですよ」


それから中級司書の方々が戻られるまで、返却本の配架に時間を費やした。背表紙に記載されている分類番号を見ながら書架別に割り振って、元あった書棚にひたすら戻していく。単純作業は嫌いじゃないし、このようにやるべきことがハッキリしている作業は得意な方だったため、初めてにしては上手くやれたと思う。今までまるで興味を持たなかった分野の本の題名や装丁を沢山見るのは楽しくて、興味を惹かれるものがいくつもあったので題名を控えさせてもらった。いつか借りに来れたらいいと思う。


「働くのって楽しいんですね、初めて知りました」

「孤児院や修道院から研修に来た人たちもそう言うことが多いんですよ。メディアさんも楽しんで仕事してくれているようで、安心しました」

「お義姉様の頼みから始まった労働ではありますけど、引き受けた以上は粉骨砕身の思いで働きますから!」

「うーん、公爵令嬢のイメージがどんどん崩れていくな…」


こうして私たちの共同作業は、順調な滑り出しを見せた。

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