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11.挿話 エルディオ・ハーヴェイ

我がハーヴェイ伯爵家は王立図書館長と王立研究所長を輩出する家門で、他の貴族たちと違って領地をもたない代わりに、先の二つを含めた国内の学術施設の管理運営を担っているため、学問に秀でた者が多い一族だ。


権力欲がなくて大人しい、主張をしない一族と思われているが、実際はただひたすらに己の知識欲を追求する利己的な人間ばかりの一族だ。貴族社会では地味な存在だが、研究さえできれば満足で、政敵を作ることもなく役割さえ果たしていれば安定して存続してゆける家門なので、この家に生まれたことに感謝している。


華のある容姿で貴族令嬢からの注目を集める長男のレオカディオと、彼の二歳下で双子のように仲良く社交的な次男のクストディオと違い、年の離れた三男の自分は地味で目立たない存在だ。お陰様で注目されることもなく、将来は王立図書館長になる長兄の元で筆頭司書として身を立てて、子爵家辺りのご令嬢と適齢期に結婚し、ほどよく子供に恵まれつつも学問に身を投じて一生を終える予定だった。


そう、あの嵐のような姫君に出会うまでは。


◇◇◇


「エルディオ・ハーヴェイ。あなたどうしてずっと試験の点数を調整していたの?」

「………………カレンデュラ第一王女殿下」


あれはまだ学園に在学中、最後の試験の結果も出て卒業を間近に控えた頃。卒業式までは自由登校となり、ほとんどの学生がこれからの準備で慌ただしく過ごしていたある日、突然声を掛けられた。咄嗟に臣下の礼を執ろうとすると、手にした扇で制される。


「学園内ではすべての生徒が平等よ、かしこまる必要はないわ」

「そういうわけには…」

「それに、あなたはわたくしの兄弟子なのだから。堂々としていらして」

「はっ?」

「わたくし、セラヴィーナ・ハーヴェイ先生に師事しているのよ。あなたの優秀さは伺っていてよ」

「黙っといてって言ったのに!!!!!」


セラヴィーナは父の妹で、王立研究所の魔術遺産研究室に勤める研究員だ。兄のクストにとっては鬼上司だが、俺にとっては貴重な知識を惜しみなく与えてくれる、幼い頃から尊敬する師匠だ。とはいえ彼女の自由奔放さには振り回されており、俺が学園に入学する頃には「研究室は好きに使っていいから~!」と兄や俺に留守を任せて研究のため大陸中を飛び回っている。


「黙っておけだなんて、勿体ないことをするのね。あなたが常に全力で試験に臨んでいれば、わたくしが常に主席でいられたかどうか怪しいわ」

「買いかぶりすぎですよ、殿下。俺はただ魔術遺産に興味があるだけの一介の学生です」

「あなたが編纂したヴェイア王国の魔術遺産史を読んだわ。先生が持ち帰った膨大な量の資料を片端から読み解いてあれだけのものをまとめるなんて、一介の学生のすることかしら」

「あれも読んだんですか!?ていうか俺が編纂したのもバレてる!!!!」


俺にとって研究は密やかで大事な趣味なので、親兄弟と一部の身内にしか知られたくないのだ。よりにもよって王位継承権第一位、眉目秀麗頭脳明晰、アデリアの宝と謳われたお方に身内の密告でバレることは予想だにしていなかった。知らないところで自分の話題が出ることを忌み嫌う俺は、学園での試験は平均点やや上くらいになるよう解答を調整し、学園生活は当たり障りない会話で凌いで学友たちには凡庸な印象を植え付けて、家族の補佐があるという名目で課外活動には一切参加せず図書館と叔母の研究室に入り浸っていたというのに。


「煩わしい学園生活をなんとかやり過ごしてやっと卒業って時期に、こんな高貴すぎる妹弟子が出来てただなんて…知りたくなかった……」

「それくらいハッキリ物を言ってくれた方がわたくしもやりやすいわ。今日はね、貴方を勧誘しに来たの」

「勧誘…?」

「あなた、わたくしの留学に付き合ってくださらない?」

「はっ?」


カレンデュラ様が卒業後にヴェイア王国に留学されるのは知っていたが、そこに自分が帯同するなんてことはまったく一切想像していなかった。


「かの国には大陸一の研究都市があって、我が国以上に魔術遺産の研究が進んでいるわ。200年前には聖女の訪れもあったとされているから、その手の文献も豊富なようね。わたくしの留学をあちらの王家も歓迎してくださっているから、王家所蔵の遺産の数々を間近で見られる貴重な機会をいただける予定よ」

「ヴェイアの遺産を…!?」

「興味深いでしょう?あなたのような人がついてきてくれたら、わたくしも心強いのだけど」


物凄く魅力的な話だが、いかんせん卒業後は王立図書館の正式な司書になるため実務経験を積まねばならない。両親と叔母は留学に賛成しそうだが、正式な司書資格を得るためには三年以上の実務経験が必須となるため、留学するとなると資格の取得が遅れることになる。それに俺は、なるべく目立たず人間関係に波風を立てずに己の学問を追求することを人生の目標としているため、いくら魅力的なお誘いでも第一王女に帯同することは避けたい。カレンデュラ様は未だ婚約者もおらず恋人がいるという噂も聞かないため、万が一そのような噂が立ちでもしたら平穏な生活とはおさらばだ。


正直にそう伝えると、面白がるようにこうおっしゃった。


「あら、あなたがわたくしの恋のお相手になってくれるというの?」

「謹んでお断り申し上げます!!!!自分は司書資格を得たのちに子爵家辺りのお嬢さんと見合い結婚でもして、平穏な生活を送る予定なんで!!!!」

「ふふ、残念。振られてしまったわ」

「その冗談絶対に他の場所で言わないでくださいね?」

「二人だけの秘密ということ?案外情熱的ね」

「負けるな俺…手玉に取られるな俺…!」

「わたくし、あなたがすっかり気に入ったわ。留学への帯同は諦めるけど、兄弟子として仲良くしてちょうだいね」


これ以上話しているとどんどん不利になることを悟った俺は、己の運命を呪いつつ渋々頷いた。後で叔母にはキツく釘を刺しておこう。


なおその後、俺が修理したものの起動できるだけの魔力がなくて研究室に眠っていた映像付き通信機を起動させたカレンデュラ様は、留学中もことあるごとに俺を呼び出し色々と命じるのだった。司書見習いの仕事の傍ら、ヴェイアの古文書の解析から弟妹の恋模様の調査報告までなんでもやらされた俺は、いつしか離れた場所で仕えるカレン様の従者のような存在になっていた。


◇◇◇


月日は流れ、留学から戻られたカレン様は頭を抱えていた。本来ならばもう数年留学期間を延長してヴェイアに留まりあちらの王族と正式な婚約を結ぶ算段であったが、妹姫が隣国に嫁ぐことになった上、建国以来初となる聖女がアデリアに降臨し情勢が変化したため、秘密裏に一度帰国することになったのだ。


「まさかローゼマリーがファーレンに嫁ぐことになるだなんて、予想外だわ。よほどあちらの王子は我が妹にご執心なようね」

「あそこは完全に両想いですから、仕方ないでしょう。こちらにとってもいい話ですよ」

「もちろんそうだけど、あの子はベスター以外の公爵家に嫁ぐ予定だったから…こうなるとわたくしは国内に留まるべきかしら」

「ヴィオレッタ第三王女殿下がリンドール辺境伯家に降嫁することになるでしょうから、難しいところですね」

「ローハルトが次期国王となり、筆頭公爵家のディアを王妃に迎えるのは既定路線だから、あの子たちの治世のプラスになるよう動きたいわね」

「既定路線…ですかねぇ…」

「……ローハルトには困ったものね」


とんだ失態を犯しかけた第一王子のローハルト殿下は、貴族たちの求心力を失いつつあるところを聖女に救われた。そのことが今後の彼の人生にどう影響するだろうか。


「エルディオ。あなたはわたくしがどこに嫁いでも、ずっと味方でいてくれる?」

「味方というか、便利な駒でしょう?そして俺に拒否権なんてないじゃないですか」

「心外ね。あなたがもうわたくしに関わりたくないと言うなら、いつでも解放してあげるつもりはあるのよ」

「……そんなこと言いませんから、いつまでも便利に使っていただいて結構ですよ」

「ふふ…あなたはそう言ってくれると思った」

「なんたって俺は兄弟子ですからね…兄は妹を導くものと相場が決まっているんですよ」


どこに居ても国と民の事を一番に想い、いつだって人々の暮らしをより良くすることを考えているこの方には、出来る限り自身が望む未来を掴んで欲しいと思っている。それが難しいことだとわかっているからこそ、尚更だ。


「そういえば、先日お見合いした子爵家のご令嬢とはうまくいっているの?」

「いや、全然ダメでした。思いの外野心的なお嬢さんだったので、俺じゃ物足りないだろうと思って早々にお断りしました」

「その手の言い訳も、これで4人目だったかしら」

「ぐ…………」

「エルディオ、案外理想が高いのではなくて?こうなったら妥協せず、いつまでもわたくしの駒でいることを許容してくれるお相手を見つけてほしいものね」

「ハードルが上がった!!!!!」


結婚相手にはこのお方との関係を説明しなくてはならないのかと思うと、婚期が遠のいたような気がした。

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