22話:賭け事は初めて
「はい、これがお兄さんの分ね」
闘技場の中にある、競馬で言えば馬券に当たるチケットを買うための列に並んでいると、少年はやけにずっしりとしたものを手渡してきた。
「これはなんだ?」
予想が外れることを願いながら聞いた。
「金貨だよ」
悪い予想は当たってしまった。俺は確かにお金は欲しいが、どうにもこんな簡単に貰ってしまうと、裏があるのかと疑ってしまう。
ちなみに貰った金貨は、信頼の金貨の少年曰く"表"の絵とは少し違い、剣を持った人ではなく、気味の悪いタコの絵だった。
「俺の分てことは俺も賭けるのか?」
「そりゃそうだよ、闘技場に来るのは賭けるか戦うかの2種類の人しかいないんだよ。」
運営の人もいるだろうと思ったが、言わぬが吉だろう。
「そうか、じゃあありがたく賭けさせてもらうよ」
「うん、そうして」
俺と少年は、順番が来たので空いている受付の所へと行く。
「おはようございます、今日はどうなされますか?」
営業スマイルで受付のお姉さんが聞いてくる。一応言うと、おはようございますの時間ではない、今は昼時だ。
「14番が勝つのに金貨50枚賭けるよ」
少年がどこからともなく、金貨の袋を出し、受付のカウンターにドサッと置く。
「じゃあ俺は63番が勝つのに金貨1枚」
少年が金貨50枚賭ける、と言ったことにびっくりしたが、俺も少年が言ったことに倣って言う。
俺が賭けた63番は14番の対戦相手だ。
「·····かしこまりました、こちらがチケットです。無くさないよう気をつけてください」
受付の人は一瞬驚いた顔をする。
そりゃそうだ、この世界の金貨の価値がどの程度か知らないけど、さっき食べたシチューとパン1セットで銅貨1枚だった。なのに、合わせて金貨51枚を人によればまだ子供と言える年の2人が出したら驚くに決まっている。
だけど、受付の人は流石プロということで、すぐにチケットに14番 金貨50枚、63番 金貨1枚、とそれぞれ書いた。
そして、その書いた文字はスーと消えていく。少年曰くこれも魔神具で、消えた文字はこれまた魔神具で照らすと見えるらしい。
「VIPルームをお使いになりますか?」
「うん、そうするよ」
「かしこまりました、VIPルームの部屋番号は4番です。VIPルームまでの行き方は分かりますか?」
番号を言うと共にカードを渡してきた。
「何回も来たことあるから大丈夫」
グエイさんとは違い、正真正銘の常連さんのようだ。
「了解いたしました、闘技場を存分に楽しんでください」
受付の人が綺麗なお辞儀をする。
俺たちの後ろにも賭けをするために列に並んでいる人が沢山いるので、すぐにどいてVIPルームを目指そうとするが、めっちゃ見られる。受付の人の対応が明らかに他とは違ったからだろう。
少年が早足になったので俺も早足で着いていく。
階段を上ること10分程、やっと着いた。
そこは、先程までの質素な階段とは違い、芸術を何も知らない庶民の俺でもすごいと思えるような調度品でその階全体が飾られている。シャンデリア、赤い絨毯、高そうな壺、絵画。絵画には金貨と同じタコの絵が描かれていた。
しかし、VIPルームがある階が12階というのはどうかと思う。VIPルームって割にはあまり良心的では無い量の階段を登らなければならなかった。
闘技場の形通り、緩やかな弧を描く廊下をしばらく歩くと、4番と書かれたプレートを見つけた。
「ここだね」
そう言いながら少年は、カードをドアの取っ手の上にある、鍵穴の代わりとでも言いたそうな黒い箱にタッチする。
すると、黒い箱はピピッと電子音のような音を出す。恐らくこれでドアが開いたのだろう。
これも魔神具というものなのだろうか。
俺は魔神具は便利だと思う反面、気味の悪いものだとも思う。
なんというか発展具合があべこべなのだ。街中は俺の思ってた通りの中世ヨーロッパと言える街並みなのだが、このカードのように所々現代に匹敵する技術がある。
元の世界の発展の仕方を知ってるせいで、この世界の発展の仕方に違和感を感じてるだけかもしれない。
「おぉ!」
少年が扉を開けると、思考は隅に追いやられ、口からは自然と感嘆の声が上がる。
扉を開け、俺に襲いかかって来たのは、熱気と歓声だった。
この部屋は闘技場の中心部、フィールド側の壁は全てガラスだ。なのに、これだけ熱気が伝わり、歓声が聞こえる。それだけで闘技場の盛り上がりの凄さが分かる。
「お兄さん何か飲む?」
少年は小さいロッカーを開けながら聞いてきた。どうやらそこに飲み物があるようだ。
「野菜ジュースとかあるか?」
この世界の果物がどんなものか知らないため、ボロのでなさそうな野菜ジュースにした。
「あるよ、うーん、それなら僕も野菜ジュースにしよ!」
野菜ジュースをロッカーから取り出し、片方を俺に渡す。俺たちはガラスの壁に近い椅子に座って観戦することにした。今フィールドでは闘技場の歴史を男が話している。
「ぷはー!」
少年が美味しそうに飲む。だが、俺には少し物足りなかった。
「氷とかないのか?」
美味しいのは美味しいのだが、ぬるい。なんで、ロッカーに入れておいたのか小一時間程聞いてみたい。
「ないよー、上の階のVIPルームには冷蔵庫あるけど」
「なんでこの階のVIPルームには氷も冷蔵庫もないんだよ」
「それはね、ここが金貨50枚以上を賭けたら使えるビスタルーム、通称成金部屋だからだよ」
お金を払えば使えるから成金部屋てことか·····
それでも氷は用意してくれよ·····
「分かったみたいだね、この階は商人とか裕福な平民が使えるんだ」
「平民てことは、上の階は貴族とか王様が使ってるてことだな」
「大正解〜」
それなら仕方ないな、お偉いさん優先になるのはどの世界でも一緒だ。うざいけどな。
「「「うぉぉおおおおおッッ!!」」」
いつの間にか歴史語りは終わり、武器を持った2人がフィールドに上がる。すると、闘技場が歓声の渦に巻かれた。
「お、始まったな」
対戦する2人は同じような装備をしており、軽装で片手剣をどちらも構える。構えまで似ている。違うところはステータスぐらいで、俺が賭けた63番が全体的に勝っている。
だから、63番が勝ったとしてもそこまで儲けがないだろうと思っていたがオッズは1.6で結構高かった。ちなみに14番は6.6だ。もし、14番が勝てば少年は金貨330枚を得ることになる。
「もし―――」
「ねぇ、化け狐さん」
闘技場の歓声が響く中、少年の声が、やけに明瞭に俺の耳へと入る。
「なんで僕を殺さないの?」
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