17話:悪魔
研究室の主目線です。
「おやおや、珍しいお客さんだね」
私は長らくダンジョンで過ごしているが、この部屋に客が来るのは初めてだ。
「くぉん?」
黒色に少し金色が混ざっているという少しかっこいい狐が不思議そうに首を傾げている。
私なんて、大きな羽と角の生えた悪魔なのに·····ずるい。
だが、今はそんなことはどうでもいい。ここに誰かやってきたというのが問題だ。ここには触られたらまずいものがたくさんある。とりあえず狐は外に戻すとして。
「この子がまた来たらまずいから、入口の場所変えないとなー」
今の入口の階層結構お気に入りだったのにな…
顔を上げて、これまでの思い出を楽しむ。といっても、1人散歩しかしてないが。
「もう来ないですよ」
「ッ!!」
油断し―――へ?
聞こえるはずのない声と、魔力の波動を感知して攻撃態勢に移るが、そこにはさっきと変わらない狐がいただけだった。
「くぉっ…じゃなかった。怖いですよ、いきなり威圧してくるのやめてください」
「慣れって怖いな」というボソッとした声も最後聞こえた。
「驚いた。君、魔法で振動を作って声を出しているんだね」
よく観察したら分かった。
「どうやっているのかは知りませんが、まぁ、魔法は魔法ですね」
黒と金の狐は、口を開かずに口の前で魔法で振動を作っているから、なんだか気味が悪い。
「そんなことより、あなたは誰なんですか? どうしてこんな場所にいるんですか?」
「1つずつ答えていこう、とりあえず前者の質問だ。私はルナ、悪魔のルナだ」
「悪魔…?」
「そうだ。魔族の中でも莫大な勢力を誇る、原初のクレシェンテ様一族の末端の悪魔だ」
「何ですか、原初って」
なんでこの狐は知らないんだと思ったが、なぜか喋れるというだけで魔物であり、魔族では無いことに気づいた。
それなら、仕方ない話してやろう。
そう思った。
ここ数年間できなかった、クレシェンテ様のことを語れる数少ない機会だ。
「原初とは、魔物から進化した魔族であり、偉大なる不滅の方々である。原初の方々は自身の子らの一族の長となる。また、原初含めた魔族のある一定以上の力を持つ者は魔王と成る。そして、クレシェンテ様はその数す―――」
「なるほど、つまり原初ってのは魔物の最終進化先ってことだな」
「最後まで言わせろよッ」
子供の頃に何度も読んだ本の内容を少し端折った部分が終わり、この語りの山場であるクレシェンテ様の話が今から、という時に遮りやがった。
「いや、すみません。俺が聞いたのは原初とは何かっということだったので」
この狐、敬語使っていかにも丁寧感出しているのに、めっちゃ雑だな。
「まぁ、いい。後者の質問のなぜ、こんなところにいるかだが、それは魔剣を人工的に作っているからだ」
「魔剣?」
「あぁ、そうだったな。君は知らないのだった。魔剣というのは、戦いのエネルギーを神が凝縮した、1人しか使えないオリジナルの武器だ。魔剣と言ってるが、別に剣じゃなくてもいい。持ち主のスキルによって槍にも弓にでもなる。そして、これが一番の特徴だが、戦いのエネルギーが発生した戦闘の内容に沿って能力がつく。これはスキルとは別物だ。ここまでで分からないところはあるか?」
「ぜんっぜん分かりませんでした」
「そうか…」
長い間だれかと話したことがなかった。そのせいか、私の説明力は落ちているようだ…
「あー、えっと、だいたい分かりましたよ? 要するに、戦闘で発生したエネルギーを神様が凝縮して作った変わった武器ということですよね?」
そんな私の落ち込み具合を心配してか、狐がフォローしてくれた。
「まぁ、そういうことだ。それを私は作ろうとしているのだ」
「わざわざ神様が作っていることを人、あぁ、悪魔が作れるんですか? 神様が作っているということはそれほど難しいということなんですよね?」
「神が作れるなら私たちでも作れても別に不思議では無いだろう。それに、やる前からできないと諦めるのは私が納得できない」
中々根性論だと私も思うが、この言葉に嘘偽りはない。本心からの言葉だ。
「すごいですね、そこまで言い切れるなんて」
狐は褒めているつもりなのか分からないが、私にとってはすごいという言葉が入っている時点で褒め言葉だった。
私の周りは、悪魔特有の性格なのか、クールというか冷徹という感じのやつしかおらず、この話をすると馬鹿じゃないのかと言われていた。
なのに、この狐はすごいと言ってくれた。これだけでもう私はこの狐のことを気に入ってしまった。
「君の名前はなんていうんだ? あ、う―――」
「テンヤ」
あ、うそだと言おうとしたが、先に答えられてしまった。本来魔物は例外を除き名前を持たないはずだ。だから、名前が無いと思って発言を取り消そうとしたのに、言われてしまった。
「そ、そうか、テンヤか」
知能がこれだけあれば名前もあっておかしくは無いと無理やり納得して、次の話へと持っていく。
「テンヤはこのダンジョンから出たくないか?」
「いえ、このダンジョンを制覇しようとしているので」
「え、このダンジョンを? ここ最低でも100階層はあるぞ」
「あ、やっぱり止めときます。このダンジョンから出たいです」
「あぁ、そうだよな。それでだな、ダンジョンを出させてあげる代わりに私の願いを聞いて欲しいんだ」
「死ぬようなことならしませんよ?」
「別に死ぬ事ではない。魔剣を私のところに持ってきて見せて欲しいんだ」
「手に入ればいいですけど、魔剣ってどうやって神様に作ってもらうんですか?」
当たり前の疑問だ。
「1番簡単なのは、冒険者になって、ある程度の実力を証明したら優勝賞品で魔剣を作ってもらえる闘技場に出る資格が手に入る。この後は優勝するだけだ」
「待ってください、1番最初から俺詰んでますよ。魔物が冒険者になれるとは思えないですよ」
そういえば、そうだな。
あー、どうしよう。お、あれがあるな。
「その事はもちろん考えている。この2つを使えばいいんだ!」
「えらい、長く考えてた気が―――まぁ、いいや。それはなんですか?」
「人化薬と仮面だ。人化薬で人族の姿になれたら良かったんだが、なぜか魔物が二足歩行になるだけの薬だ。四足歩行にもなれるがな。そして、人化薬でできなかったことの補填として出てくるのがこの仮面だ。仮面は、どこからどう見ても人族に見える優れものだ」
「めっちゃ高性能…」
「ふっふっふ、驚いたか。これが天才ルナの実力だ」
「はい、驚きました」
どこか、あっさりした反応のテンヤが人化薬を飲み、のっぺりとした白い仮面をつけた。
仮面は段々と黒の狐の仮面となり、体も徐々に人族の体に―――
「ちょっと隠してくれないか…?」
初めて見た男の裸体から目を背けて、研究室の端っこにあった、この前散歩で拾った服を後ろのテンヤに放り投げる。
「え? あぁ、すみません」
テンヤはいそいそと着替える。
「もういいですよ」
恐る恐るテンヤの方を向く。
しかし、テンヤはきちんと着替えており、東の方の確か、袴というグレーのものを着て、上に黒の羽織という、あまり戦闘に向かない格好をしていた。
ま、渡したのは私だけど。
なんか気まずかったので、素早くテンヤを外に出す準備をする。転移魔法だ。
私が1番得意な魔法だ。
「よし、行ってらっしゃい。頑張ってな」
テンヤが何か言っていたけど、聞かなかったことにしよう。
それにしても、テンヤ変なところでアホだな。
今ここ3階層に繋がってるから、私とあんな約束しなくてもダンジョンから出れたのに。