9、ハロイ島の草原 〜名探偵? 魔王サラドラ
「ティア様、子供達が待ってますよ?」
黒いマントをひるがえし、リュックくんは、宇宙海賊達5人を連れて湖上の街へと向かっていった。
その後ろから、テテテとついて行こうとする猫耳の少女に、僕は慌てて声をかけた。
「おぉ、そうじゃった。ぐぬぬ……リュックは、またつまらない遊びをしておるのじゃ。アジトを見つけ出して、肉球まみれにしてやらねば、妾の気がすまないのじゃっ」
(全く意味がわからない)
「ティア様、たぶんリュックくんは、正体を知られたくないはずですよ。僕も、彼が宇宙海賊ごっこをしてるなんて、知りませんでしたけど」
「ふむ、始めたのは、ひと月ほど前のことらしいが……」
(えっ? 女神様は知ってたんだ)
猫耳の少女は、小さなこぶしを振り回して、謎の威嚇……ストレス発散をしているようだ。さっきの意味不明な、肉球まみれという言葉が気になるけど、この状態の女神様には下手なことは聞けないな。
女神様はリュックくんのことをよく理解しているのに、ほんと仲が悪いよね。ライバル視しているのかもしれない。女神様よりもリュックくんの方が、対人戦は圧倒的に強いからなぁ。
◇◇◇
「あっ! ティアちゃんが戻ってきた〜」
「ティアちゃん、宇宙船は見つかったの?」
「見つけたから戻ってきたのよ、ねーっ!?」
「あれ? 宇宙船はどこ? お花で窓を飾る作戦は?」
お菓子の家から、子供達が飛び出してきた。そして、猫耳の少女を取り囲んで、ワイワイと質問攻めだ。素直な子供達の素朴な疑問って、グサリと突き刺さるよね。
猫耳の少女は、ヨロヨロと大げさによろめいている。芝居くさいけど、この小芝居で、子供達の質問が止まった。
「宇宙船は、ハロイ島で迷子になっておるのじゃ」
猫耳の少女が小声で囁くと、子供達は口を押さえている。叫びたいのを我慢しているらしい。
「ティアちゃん、どうするの? 迷子の宇宙船を探さないと……」
「でも、宇宙海賊に盗まれたんじゃないの? 大きな獣人さんが言ってたよ〜」
子供達は、猫耳の少女を真似たのか、小声で囁いている。秘密の話、だということなのかな。
お菓子の家から、メロメロな表情をしたアプルゴルド星の獣人の女性が出てきた。ふふっ、彼女は、子供達にすっかり癒されたみたいだな。
アプルゴルド星の神に仕えるという彼女は、普通の観光客に見えるけど、水の魔帝だと言っていたっけ。魔帝というのは、魔王みたいなものらしい。
彼女……えーっと、クラリス・ロールさんは、神アプルゴルド様の側近だから、魔帝と呼ばれるのかもしれない。僕は、他の星のことは勉強不足だから、全然わからないんだけど。
「ティアちゃん、女神様の城に行っていたのね? でも今は、ハロイ島付近には、宇宙船の形跡はないわよ」
「妾にもわからないのじゃ。じゃが確かに、城で見た位置情報では、ハロイ島に宇宙船の反応があったのじゃ」
ぶんぶんと腕を振り回し、謎の威嚇をする猫耳の少女に、デレッとした笑顔を向ける獣人の女性……。不機嫌そうな少女のことも、可愛く見えているのだろうか。
「おかしいわね。あっ、精霊ヲカシノ様ならわかるんじゃないの? 呼んだら来てくれるかしら」
「ヲカシノもわからないのじゃ。宇宙海賊と遊んでおったから、星の門が混み混みじゃ。今は呼んではいけないのじゃ」
そういえば、精霊ヲカシノ様は、いつの間にか姿を消していた。星の門の警備兵のサポートに行ったのかな。
「ええっ!? 宇宙海賊を捕まえているの? 私も……」
「あっ、クラちゃん、その宇宙海賊は移民手続きをしに、街に入っていきましたよ。住んでいた星を潰されたみたいです」
僕は慌てて、殺気をまとった獣人の彼女を止めた。さすが魔帝か。一瞬で変貌するんだな。
「移民なの? 小さな種族?」
「はい、僕より少し背が高い男性が5人です」
「ふぅん、そう。神戦争の犠牲者かしら。気の毒ね」
(関心が無くなったみたいだな)
彼女は、言葉とは真逆で、もうその宇宙海賊には、興味無さそうに見える。いや、あれ? 突然、彼女は目を輝かせた。その視線の先には……。
「お困りのようねっ、チビ猫ちゃんっ」
僕の背後に、赤いワンピースを着た小さな少女が現れた。赤い髪の頭には、なぜか花が咲いている。まるで探知機かのように、ピコピコと動くんだよね。
「のわっ!? なぜ、アホのサラドラが居るのじゃ」
「何を言っているのっ! この赤いワンピースを着ているあたしは、名探偵サラドラちゃんよっ! ライトが助けてって言ってきたのよっ」
(そんなこと言ってない)
目の前に、ワープワームが数体現れた。キリッとしているから、族長さんとその側近かな。
『サラドラには、ハロイしょとうの、たちいりきょかがでたと、つたえました』
ワープワームが現れたことで、赤いワンピースのチビっ子は少し慌てたのか、手をパタパタと振り回している。
(うん、似てるよね)
「わわわ、なぜ、ワーム神まで来ちゃうわけっ? ライトは、あたしを呼んだんでしょっ」
『かんしやくが、ひつようだからだ』
「ムキーっ! 何を偉そうなこと言っちゃってるのっ。ちょっと神の力を持つからって、ちょっとあり得ないバリアを張れるからって、ちょっといろんな魔王がビビってるからって……ケホケホ……」
(女神様にそっくりだよね)
赤いワンピースを着たチビっ子は、地底の魔族の国に住むサラマンドラの魔王サラドラさんだ。女神様と同じく、妖精族だそうだ。妖精族の人達って、皆こんな感じなんだよな。子供っぽいというか、元気でハチャメチャというか……。
サラマンドラは、炎を纏う小さなトカゲのような姿をしている。戦闘時以外は小さな人の姿で生活しているようだ。人の姿になると、僕の腰のあたりまでしかない小さな身体だけど、かなり戦闘力は高い。
特に魔王サラドラさんは、見た目とは違って、かなりの戦闘狂だ。短気だし、すぐに周りを火の海にしてしまう。だから地上に来るのは僕の許可を得たときだけ、という制限をかけている。
「まぁぁぁ! なんて可愛いのかしら」
赤いワンピースのチビっ子にメロメロになっている獣人の女性……。初めて見たのかもしれないな。
「ふふん、名探偵サラドラちゃんに助けてほしいんでしょっ、ライトっ」
ビシッと僕を指差し、ふんぞり返るチビっ子……。可愛いと言われて、ご満悦だな。
「名探偵サラドラさん、完成したばかりの宇宙船が忽然と消えて、迷子になったんですよ。ティア様は、宇宙海賊に、消えた宇宙船を探すようにと依頼したんですけど……」
「ふふん、宇宙海賊? 何よ、それっ。他の星の子が、消えた宇宙船の謎を解けるわけないわっ。あたしを呼んだのは正解よっ、ライトっ」
赤いワンピースのチビっ子の頭の上の花が、ピコピコと激しく動いている。でも、見つからないみたいだな。彼女は、腰に手を当てた仁王立ちポーズのままで固まっている。
しかし、謎すぎるよな。魔王サラドラさんもサーチ能力は高い。それなのに見つけられないなんて……。
まだ、エネルギーを積んでないのに、宇宙船が浮かんだということは、やはり誰かが引っ張り上げたのかな。
空っぽのクリスタルに、エネルギーが充填されていたなら、宇宙船が浮かんだ理由も消えた理由もわかるんだけどな。
宇宙船には、あらゆるリスクを想定して、考えられる防御装置がすべて備わっている。スチーム星の竜人さん達の技術に、クマちゃんマークのベアトスさんの工房の技術を合わせたんだから、これ以上ない仕上がりになっているはずだ。
まだエネルギーを積んでいないのは、宇宙船の性能が高すぎるから、事故を防ぐためだと思う。この観光宇宙船は、無人でも目的地にたどり着けるし、敵と遭遇したら異空間へ隠れることもできる。
(うん? 異空間?)
僕がそう考えた瞬間、いくつもの視線が突き刺さった。族長さんは当然だけど、女神様も魔王サラドラさんも、僕の思考を覗いていたみたいだな。
「異空間に出入りできる宇宙海賊が犯人ねっ!」
赤いワンピースのチビっ子は、ビシッと僕を指差した。
ちょ、それって、宇宙海賊をしている一部の神か、リュックくんが犯人ってこと? 観光宇宙船なんて、盗む価値ないよね。