3、ハロイ島の草原 〜消えた宇宙船
「何が消えているのですか?」
アプルゴルド星の神に仕える水の魔帝クラリス・ロールさんは、大きな目を見開いている。草原に並んで立つと、彼女の背の高さが際立つよな。
「マスター、あるはずの痕跡がないわ。ティアちゃんのいる場所付近に、確かに大きな金属が置かれていた痕跡はあるの。だけど、ほんの数メートル上空で消えているのよ!」
(金属の痕跡?)
そういえば僕は、アプルゴルド星のことをほとんど知らない。何もかもが大きいから、あの星に行けば僕達は小人だねと、息子のシャインと話していた程度だ。
「おーい! 魔王、こっちじゃ!」
手を振り、飛び跳ねる猫耳の少女……。わざとだろうか? また、大きな獣人の彼女のことを魔王と呼んでいる。
「あらあら、ティアちゃんってば、私は魔帝だと教えたのに、また言い間違えちゃってるわ。慌てているときには、覚えられないわね、うふふ、かわいい」
(かわいいのか?)
彼女は、草原を大きな足で歩いていく。一歩が大きいから、僕は、走らないとその速度についていけない。
「ここじゃ! 宇宙船は、ここにあったのじゃ」
猫耳の少女が飛び跳ねている場所から広範囲に渡って、草が倒れている。重い物が乗っていたことがわかる。
近くの草の上には、塗料のような液状の物が入った丸い容器がいくつか置かれている。さらに、大きな筆のようなものが散乱していた。
(何だろう? 子供達の忘れ物かな)
宇宙船は、この島の近くの無人島で造っていたはずだ。祭りのために草原に移動してきたのだろうか、
ここは、ハロイ島という大きな島だ。付近には小さな小島が無数にある。その小島を含めて、ハロイ諸島と呼ばれている。
ハロイ諸島は、僕がこの世界に転生してからできた新しい島だ。イロハカルティア星は、誕生から何億年経っているのかは定かではない。星の年齢は、その星を統べる神の年齢でもあるため、教えてくれないんだ。
このハロイ島は、女神様の願いが込められた島なんだ。すべての種族が仲良く暮らせる、共存の地を目指している。
宇宙からこの星へ入るための門は、この草原に作られている。友好的ではない来訪者も少なくないため、湖上の街ワタガシの近くに作られたんだ。
湖上の街ワタガシは、神族の街でもある。今では、住人も随分と増えたが、古くからある店や宿屋の多くは、女神様の転生者やその子孫が営んでいる。古くからと言っても、街の歴史はまだ100年くらいなんだけど。
女神様の転生者の寿命は長い。そして地底に住む魔族の寿命も長い。純血の人族は70年程なんだけど、魔族の血が混ざっている人族は魔族に近い寿命の人も多い。だから、この街は、まだ新しい街という認識のようだ。
「ティアちゃん、忽然と消えているわ!」
「アプルゴルド星の者の探知能力にも、引っかからぬのか。うぬぬぬ……」
猫耳の少女は、小さな手をぎゅっと握り、ワナワナと怒りに震えているように見える。
(本当に盗まれたのか?)
「あぁ、ライトさん……」
宇宙船の製造に力を貸してくれていた、他の星の人達が近寄ってきた。彼らも呆然としているようだ。
「皆さん、お疲れ様です。宇宙船は完成したんですね」
「はい、ですが、まだ動力は、空の予備クリスタルしか積んでないので、ティアちゃんが、無人島からこちらの草原に宇宙船を移動させてくれました」
彼らは、このイロハカルティア星から遠く離れた、スチーム星の住人だ。スチーム星は、竜の星と呼ばれている。星を統べる神スチーム様は、少し変わった存在なんだ。竜の巫女の願いから生まれた神だと聞いたことがある。
神スチーム様は、魔道具の知識に秀でているという。スチーム星自体も、魔道具なのだそうだ。
次元の事故でスチーム星に流れ着いた迷宮都市を、巨大すぎる宇宙船に改造してくれた縁で、その後、友好的な付き合いが続いている。
ここで宇宙船を造ってくれているのも、主にスチーム星の住人なんだ。彼らは、細長い竜の種族だけど、大人になると人化できるようだ。目には竜の特徴が残ることから、竜人と呼ばれている。
「竜人ちゃん達、なぜ宇宙船が消えたのか、状況がわかる人はいるかしら?」
大きな獣人の彼女がそう尋ねると、彼らは互いに顔を見合わせている。見てなかったのかな。それほど突然、消えたのか?
「状況も何も……。宇宙船をここに運んで、祭り用に中を見学できるようにしようと話し合いをしていたときに、突然消えたんですよ」
すると猫耳の少女が、草の上に散らかしていた筆を持ち、ぶんぶん振り回している。
(ちょ、何か飛ばしてるよ)
「妾は街の子供達と、宇宙船の飾り付けをしておったのじゃ! あっちで子供達と仕上げの花を摘み始めたら、突然消えたのじゃっ」
草の上に散らかしているのは、飾りに使った道具の残骸らしいな。塗料を使って何か描いていたのだろうか。
「もしかしたら、宇宙海賊かもしれないわね? この場所から、星の門が見えるもの」
獣人クラリスさんがそう言うと、猫耳の少女は、目をクワッと見開いた。
「な、なんじゃと? ゆ、許せないのじゃ! すぐに捕まえるのじゃっ!」
そう言うと、猫耳の少女はスッと姿を消した。
「えっ? ティアちゃん、どこに行っちゃったの? この世界から反応が消えたってことは……異空間にある女神様の城に帰ったのかしら」
(すごいサーチ能力だな)
確かに、猫耳の少女は、城に戻ったようだ。女神様の城には、プラネタリウムのような宇宙全体を見ることのできる部屋がある。
他の神々との交信も、その部屋でやっている。女神様の私室だから、神族の中でも限られた人しか入室を許されない、特殊な部屋だ。
「そうですね、女神様の城に戻ったみたいですね」
「ティアちゃんは、女神イロハカルティア様に宇宙船探しを依頼しに行ったのね。黄の星系の創造神であるイロハカルティア様なら、盗まれた宇宙船を探し出すことはできるはずですもの。ね? 竜人ちゃん」
(反応に困るな)
猫耳の少女の素性を、スチーム星の竜人達は知ってるんだよな。彼らの視線は僕に集まっている。
「クラちゃん、女神様でも広い宇宙の中から、盗まれた宇宙船を探し出すのは、さすがに厳しいと思います。宇宙船が移動中なら、まだ探せるかもしれませんけど、動力をまだ積んでないなら……」
「ハッ! 確かにその通りだわ。宇宙海賊は、いま、黄の星系にいるとは限らないものね。赤の星系ならまだしも、青の星系に移動してしまったら、困難だわ」
大きな獣人の彼女は、頭を抱えて崩れるようにペタリと座り込んだ。猫耳の少女を悲しませたくないと思ってくれているみたいだ。
(ほんと、優しいよな)
「3つの星系に属さない空間も広いですからね。でも、本当に盗まれたのかな? 宇宙海賊って初耳なんですけど、それならアジトがわかれば……」
僕がそう言うと、彼女は、パッと顔をあげた。
「アプルゴルド星の住人の金属探知能力は、黄の星系で最も優れているわよ。その私にも察知できないのよ? 犯人は宇宙海賊しか、あり得ないわ!」
(わっ、怒らせたか)
「クラちゃん、すみません。僕は、あまり他の星のことを知らなくて……」
「えっ? あ、マスター、ごめんなさい。責めるつもりで言ったんじゃないのよ。宇宙海賊はね、たっくさんいるわ。宇宙海賊同士で争っているのよ。だからアジトと言っても、たくさんあるのよね……」
(宇宙海賊か……)
僕は、何だか嫌な予感がしてきた。そういうのって、リュックくんは、絶対好きだよね。
そういえばリュックくんの顔を、最近見てないな。50年程前から数年前までは、怪盗ごっこにハマっていたけど、最近は、その噂を聞かなくなった。
(リュックくん! 今どこにいるの?)
そう問いかけると、しばらくして反応が返ってきた。
『オレ、いま忙しーから、急用以外は呼ぶんじゃねー』
(ちょ、また反抗期?)
『ガキ扱いすんなよ。うぇっ、ちょ、おまえに構ってる暇はねーんだよ』
そう言うと、リュックくんの声は途絶えた。
(怪しい。めちゃくちゃ怪しい)