2、湖上の街ワタガシ 〜ライトの配下ワープワーム
「完成したばかりの宇宙船が盗まれたの?」
カウンター席で突っ伏していた女性客が、ムクリと顔をあげた。3メートルを超える獣人の彼女は、椅子に座っていても結構な高さだ。
猫耳カチューシャで獣人の少女に化けた女神イロハカルティア様は、なぜか、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。獣人の彼女と、視線を合わせたいのだろうか。
しかし、宇宙船が盗まれるなんてことがあるのかな。あんなに大きな物をどこに隠すんだ? 数万人が乗れる特別仕様だから、小さな町くらいの大きさがあるのに。
「おわっ? なぜこんな所に、他の星の魔王が居るのじゃ?」
(えっ? 魔王?)
僕は、獣人の彼女を、他の星から来た観光客だと思っていた。この街では、長期滞在する旅行客も少なくないし、そのまま街に住みついてしまう人もいる。
「ティアちゃん、私は魔王じゃなくて魔帝よ? 黄の神アプルゴルド様の臣下よ」
(神の側近なんだ)
「ふむ、星によって呼び方がバラバラだから、わからなくなるのじゃ。アプルゴルド星の者なら、盗まれた宇宙船を探せるかの? 早く見つけないと、祭りができないのじゃ」
ぶんぶんと手を振り回す猫耳の少女……。僕には、謎の威嚇のように見えるけど、少女の正体を知らない人や深い関わりがない人には、とても可愛く見えるらしい。
(彼女も、か)
「あーん、ティアちゃんが悲しむ顔は見たくないわ。宇宙船が最後に目撃された場所に、私を案内してちょうだい」
彼女は猫耳の少女に、デレデレとした笑みを向けて立ち上がった。アプルゴルド星の住人の特徴だな。魔帝であっても、女神様の謎の威嚇にメロメロになるらしい。
「星の門のある草原じゃっ!」
猫耳の少女はそう叫ぶと、ぴゅーっと勢いよく店から飛び出して行った。草原まで走っていくつもりかな。
「あっ、ティアちゃんってば、よほど慌ててるのね。マスターのワープワームを使えばいいのに」
「ティア様は、すぐに駆け出してしまうんですよね」
「女神様の猫ちゃんだもんね。慌てたら走っちゃうのねぇ。はぁぁ、かわいいわ」
アプルゴルド星では、何もかもが大きいそうだ。その反動なのか、小さな種族にとても興味があるらしい。僕を見ても可愛いと言うほどだ。
タイガさんは、アプルゴルド星の話になると、いつも巨人の星だと言っている。僕は、そのアニメをあまり知らないから、反応に困るんだよな。巨人の意味が違うよね?
イロハカルティア星に観光に来る大きな獣人の半数程度は、このアプルゴルド星の住人だ。距離も近いからか、たくさんの旅行客が訪れている。その大半は猫耳の少女のことを、女神様が飼っている猫だと思っているようだ。
「お客様、草原へご案内しましょうか?」
僕がそう申し出ると、彼女は僕を手で制した。猫耳の少女の居場所をサーチしているみたいだな。
僕にもワープワームから、街の中を爆走する猫耳の少女の映像が送られてくる。
ワープワームというのは、弱い火の魔物だ。本来の姿は、30センチくらいの緑虫のような魔物なんだけど、従う主人の姿に擬態するから、死ぬまで本来の姿は見せない。
この魔物は、一族ごとに主人が異なる。従うことで主人の能力の一部を得るため、使える能力は一族ごとに大きな差があるんだ。
僕が従えている一族は、邪神の力をいくつか吸収したから、ワープワームの中では最も知能が高い。族長は、人の言葉を話すこともできるんだ。
名前の通り、ワープワームはワープ能力の高い魔物だ。主人を乗せて、あちこちにワープすることができる。
そして諜報活動に優れた魔物でもある。奴らは、見たものを映像として主人に送ることができる。高いワープ能力を使って様々な場所に潜入するから、ワープワームを従えることで、敵との力関係が大きく変化することもあるんだ。
「まだ、ティアちゃんは草原に着いてないわね。先回りすると拗ねちゃうから、もう少し後でお願いするわ。マスターも一緒に行くよね? あっ、タイガさんは?」
テーブル席で、3杯目のハイボールを飲むタイガさんに視線を向けると、彼は手で大きなバツを作っていた。
「タイガさんは、まだ配達中だと思いますよ。あの、お客様は、ティア様とは親しいのですか」
「あぁ、マスターには名乗ったことがなかったわね。私は、水の魔帝クラリス・ロール。クラちゃんでいいわ。ティアちゃんは、この街では有名でしょう? 子供達のリーダーよね。たまに目の保養をさせてもらっているわ〜」
(へ? 目の保養?)
「クラちゃん、とお呼びすればいいのですね。かしこまりました。僕は……」
「マスターのことは知ってるわよ。女神様の側近最強のライトさんでしょ。半分アンデッドなのよね? 見た目は、かわいい人間の坊やだけど」
(坊やって……)
確かに、20代前半の姿で成長は止まってしまっているけど、性別不明だと言われることもあるけど、僕には妻も子供もいるんだ。
「女神様の側近は、誰が最強とは言えないですよ。対峙する相手によって、得手不得手がありますから。僕の場合は、相手がアンデッドや呪術系なら得意ですけどね」
「ふふっ、女神イロハカルティア様の配下は、ほとんどの人は光属性だから呪詛には弱いわよね。闇属性は、ライトさんと闇竜のアダンさんくらいかしら?」
(答えられない質問だな)
「うーむ、最近は僕はずっとこの街に居るから、女神様の城の様子は知らないんですよね。他にもいるんじゃないかな?」
女神様は、闇属性の転生者を増やしている。確かに僕が転生してきたときは、僕が初の闇属性の側近になる力を秘めた転生者だったけど。
そして女神様は、転生させた人すべてを自分の家族だと言っている。女神様の転生者を神族と呼ぶのは、そのためだ。女神様の家族だから、かな。
「マスター、そろそろティアちゃんが、街から草原に出るわよ」
「じゃあ、ワープワームを呼びますね」
僕が、店を店員さん達に任せて外に出ると、呼ぶまでもなく、ワープワーム達は広場をふわふわと漂っていた。
「はぁぁ、天使ちゃん達がいっぱい来てるわぁ」
(またメロメロだ)
僕が従えているワープワームは、他のワープワームとは明らかに違う姿をしている。僕が半分アンデッドだからか、足がないんだよね。
テニスボールに似た白いゴム玉のような顔の下は、赤黒い綿菓子のような体がついているんだ。
初めて見たときは、僕は気持ち悪いと思った。ヘラヘラと笑う生首が飛び回っているように見えたんだよな。しかも、その顔は主人に擬態するため、少し僕に似ている。性別は逆転させているから、そっくりではないんだけど。
ワープワームは、火の息を吐く魔物だが、ある時から、僕の能力の一部である白魔法を覚えたんだ。
治癒の息を吐くようになってからは、天使ちゃんと呼ばれている。奴らは褒められるのが好きらしく、おだてられると調子に乗って、あちこちで治癒の息を吐いている。だから、そんなあだ名がついたのだと思う。
「では、草原へ移動しますね。クラちゃん、足元に集まっているワープワームのクッションに乗ってください」
そう促したが、彼女は戸惑いの表情を浮かべている。
「私が乗っても大丈夫かしら? かわいい天使ちゃんを踏んじゃうなんて、可哀想なんだけど……」
「ワープワームは、乗ってもらわないと運べませんから。ティア様は、もう草原じゃないですか?」
僕がそう言うと、やっと覚悟を決めたらしく、彼女は、ワープワームのクッションに乗ってくれた。
僕も足元に集まっていたクッションに乗ると、僕達は僅かに浮かび、次の瞬間、目に映る景色が変わった。
ワープ速度に驚いたのか彼女は呆然としている。おかしいな、この距離なら普通のワープワームでも変わらないはずだ。ワープワーム初体験なのだろうか。
「嘘っ、何? 消えているじゃない!!」
彼女の視線の先には、ぴょんぴょんと飛び跳ねる猫耳の少女がいた。