100、バナバナ星 〜振り回されるライト
「ライト、俺らがアマゾネスの嬢ちゃん達を連れて帰るわ。あとは、頼むで」
ドラゴン族のマリーさんと話していると、タイガさんとジャックさんが、テントから出てきた。リュックくんの姿はない。
女神様は、まだ宇宙船に描いた絵に釘付けだ。
あっ、いつの間にか黒い女神も、女神様の近くに移動している。咲いたばかりの赤ん坊の花をまるで洗脳するかのように、女神様は、肉球の絵のかわいさについて解説しているようだ。
「えっ? タイガさん、僕達は今日、宇宙海賊の町に行商に行く約束がありますよね?」
「別に、俺やジャックがおらんでもええやろ。心配せんでも、赤と緑の店員は、置いていくで」
(ちょ、僕がひとりで女神様の世話をするの?)
「ライトさん、ドラゴン族のマリーさんがここに留まるなら、誰かが宇宙船に乗らないと、非常時の対応ができないっすよ」
ジャックさんの主張はもっともだ。宇宙船のスピードはわからないけど、マリーさんが来た時間から逆算すると、イロハカルティア星まで少なくとも数時間はかかるだろう。
「確かに、宇宙空間で、攻撃を受ける可能性はありますよね」
「そうなんすよ。来るときも、宇宙海賊につきまとわれたみたいっすよ。マリーさんが蹴散らしたらしいっすけど」
(やはり強いな、マリーさんは)
「帰りは、たくさんの子供を乗せとるから、余計に狙われるやろ。宇宙空間とは言うても、だいたいの航路は決まっとるらしい。宇宙海賊が通り道で、待ち伏せしとるかもしれんからな」
タイガさんは、そこまで予測してるんだ。巨大な宇宙船は、めちゃくちゃ目立つもんな。
「待ち伏せされている可能性があるなら、すぐに帰るのはマズくないですか? あー、でも、少しでも早く帰らせてあげる方がいいのかな」
「まぁ、宇宙船の中は、豪華客船も顔負けらしいから、宇宙船の中で休ませてもええやろけどな。いまリュックが、バリアを張って子供達を宇宙船に移動させとるけど……あぁ? 何やっとんねん」
タイガさんが、宇宙船に視線を移した瞬間、眉間にシワを寄せている。僕も振り返ってみると……。
(はい? 何してんの?)
女神様は両手を振り回して、リュックくんを威嚇しているようだ。リュックくんは宇宙海賊の衣装ではなく、いつもの服に戻ってる。
「ライト、何とかして来いや。俺は、テントを片付けとくから。ジャックも行ってこい」
「タイガさん……」
(まぁ、いつものことだね)
女神様は、特にタイガさんには、めちゃくちゃワガママを言うから、こうなるんだよね。僕にもワガママ放題だけど、ジャックさんに対してはそうでもない。
「はぁ、仕方ないっすね……」
僕は、苦笑いを浮かべるジャックさんと一緒に、宇宙船の方へと歩いていった。
「ダメだと言ったらダメじゃっ!」
(何がダメなんだ?)
女神様は、宇宙船にぺっとりとくっついている。
「おまえなー、そこをどけよ。搭乗口が開かねーだろーが。アマゾネスの子供達をいつまでもテントに閉じ込めておく気か?」
「宇宙船に乗り込んだら、すぐに帰ってしまうではないか。まだ、妾は底に猫の足跡を描いておらぬ」
(はい? 何を言ってんの?)
「こんな高温多湿な星で、まともに絵が描けるのか? それに、絵を描くためには宇宙船のバリアを切る必要があるだろーが。宇宙船にどんな影響があるか考えてみろよ」
「この辺に結界バリアを張るから、高温多湿は関係ないのじゃ。黒い女神も、底に猫の足跡がある方がかわいいと言うておるぞ」
(絶対に、言ってないよね)
黒い女神は、キョトンとしている。彼女はたぶん、まだ上手く言葉を使えない。僕が近寄っていくと、黒い女神は満面の笑みを浮かべて、僕に駆け寄ってきた。
「まーまっ!」
そして、その勢いのままダイブだ。今度は頭突きをくらわないように、上手く抱きとめることができた。
「何のケンカですか?」
僕が女神様に話しかけた隙に、肩によじのぼる黒い女神。僕は樹木じゃないんだけどな。重力魔法をゆるく使って、重さを軽減する。
「おぉ、ライトも言うてやるのじゃ! リュックが、わけのわからぬワガママを言うておるのじゃ」
(いや、ワガママは女神様の方だよね)
「宇宙船の底に落書きをすると聞こえましたが、そんなことより、子供達を早く休ませてあげる方がいいのではないですか」
「落書きとは何じゃ! ライトも、肉球のかわいさがわかっておらぬのか。どこかで頭を打ったのじゃな!」
(また、これかよ)
「ティア様、いい加減にしてください。さすがに怒りますよ?」
僕が低い声でそう言うと、女神様はビクッと飛び跳ねた。芝居臭さはない。本当に驚いたのだろうか。
「まーまっ、おこっちゃダメっ。あのこ、ないちゃうよ」
完全に肩車状態の黒い女神が、僕の頭をペチペチと叩く。これも女神様の洗脳の成果かと疑ったが、女神様は目を見開いて僕の頭上を眺めている。
「驚いたのじゃ。ちびっこい子が妾を助けてくれたのじゃ」
(どうなってんの?)
僕はとりあえず、肩車状態の黒い女神を捕まえ、地面に降ろした。
「黒い女神さん、重いから肩に乗らないで……」
(げっ……)
地面に降ろした赤ん坊は、この世の終わりのような顔をして僕を見つめている。その目には、みるみるうちに涙がたまってきた。
「ままが、おこった」
(僕は、ママじゃないんだけどな)
だけど、そんなことを言うと、黒い女神は大泣きしそうだ。
「黒い女神さんには、怒ってないですよ。僕は、樹木じゃないから、肩によじのぼられると重くてしんどいのです」
「えっ……ままとはちがう……だれ?」
(やっと気づいたか)
「僕は、ライトです。この星には行商に来ました」
「ええっ……でも、ままのにおい」
「僕は、動物だからか、匂いがついてしまったのかもしれませんね」
そう説明すると、うなだれる赤ん坊。黒い女神はあまり知能は高くないのに、この新たに咲いたばかりの花は、僕の話が理解できているようだ。個体差が激しいのかな。
「ライトが泣かせたのじゃぞ。こんなにちびっこい子をいじめるとは、酷すぎるのじゃ」
このときとばかり僕に駆け寄り、責める女神様。
(はぁ、ったく)
あぁ、だけど、これは女神様の作戦の一部かもしれないな。わざと叱られるように振る舞うことで、黒い女神は、まさかこのワガママ少女が女神イロハカルティア様だとは思わないだろう。それに……。
「偵察がいますね」
僕が小声でそう言うと、女神様は軽く頷いた。この場所を、どこからかサーチしている気配がする。だから、こんな馬鹿騒ぎをしているのだろうか。
リュックくんは……この隙に宇宙船の搭乗口に移動していた。そして子供達は、順に宇宙船の中へと搭乗口の階段を上がっていく。女神様は、その隙を作るために、わざわざ僕に駆け寄ってケンカを売ってきたのかな。
「ままは、やっぱり、ままっ!」
(はい? 忘れちゃったか?)
黒い女神は、僕の足にぎゅーっと抱きついてきた。
「黒い女神さん、僕はライトですよ?」
「ライトままっ」
(へ? 何?)
黒い女神は、満面の笑みだ。僕が戸惑っていると、赤ん坊の姿は変わり始めた。次の花と交代する時間かな。
僕の足に抱きついていた手は離れ、黒い女神はスラリとした騎士風の女性に姿を変えた。地面に届きそうなほど長い黒髪が風になびく。
「おぉ、ガーディアンか。やっと起きたのじゃな」
(ガーディアン?)
「あぁ、ティアか。途中で眠ってしまってすまぬ。ひとつひとつの花には寿命があるのだ。私の代わりができるモノがいないときは、あまり起きていられないのだ」
「ふむ、その口ぶりでは、ガーディアンの能力を持つつぼみが生まれたか?」
「数多くのつぼみが、一気に増えた。死花もエネルギーを回復している。余剰のつぼみがこれほど多くなったのは、初めてのことだ。ティアの友が使ったという聖魔法の威力か」
(ティアの友って……)
「ほれ、そいつが、聖魔法を使ったライトじゃ」
女神様に指差された僕を、ジッと見つめるガーディアンの役割を持つ黒い女神。そういえば昨夜、女神様は、このガーディアンと話したいのだと言っていたよな。
「……ママ?」
(はい?)
「黒い女神さん、僕はライトという行商人です。さっきの貴女にも、ママと呼ばれていましたが……」
「あぁ、失礼した。なるほど……だが、ママには違いない。うん? ライトママと呼ぶのか? 長いから、ママでいいだろう?」
黒い女神は、他の花と相談をしているのか、意味不明なことを言っている。このガーディアンの役割の黒い女神も、知能は高くはないということかな。
「ライト! 妾は良いことを思いついたのじゃ! ガーディアンが起きたから、完璧なのじゃ!」
突然、意味不明なことを言い出す女神様……。
タイガさんもリュックくんも、子供達を誘導するフリをして、宇宙船に避難してしまったようだ。そばにいたはずのジャックさんまで、マリーさんや城兵達と共に、宇宙船へ乗り込んでいく。
(ちょ、勘弁してよ)




