10、ハロイ島の草原 〜赤黒いハラハラ雪
赤いワンピースのチビっ子とは違い、僕は、別の可能性を考えていた。異空間に誰かがあんな巨大な宇宙船を隠したのなら、少なくとも女神様は気づくはずだ。
それに、あんな巨大な宇宙船を入れられる魔法袋は存在しない。魔法袋を使わずに異空間に隠し続けるには、かなりのマナを消費する。既にどこかへ移動させたとしても、きっと出入りした空間には歪みが残るはずだ。
(ということは、勝手に消えたのかな)
女神様が確認した位置情報によると、宇宙船は今もハロイ島にあるという。女神様の城から把握する位置情報は、宇宙船のエネルギー反応を察知する仕様だと思う。
やはり何かの理由で、宇宙船にエネルギーが充填されたのだと思う。じゃないと位置情報は確認できないよね。
今もハロイ島にあるということは、宇宙船は盗まれたわけではなく、エネルギーが充填されて何かの安全装置が働いたことで異空間に消えたのかな?
そう考えていると、族長さんもキリッとした表情で頷いた。ワープワームは、主人の思考を常に覗いているんだよね。
『ライトさま、それしか、かんがえられません。すこし、おまちください』
族長さんがそう言うと、すぐさま、空に大量のワープワームが現れた。そして、赤黒い雪が降っているかのように、ハラハラと舞い降りてくる。
(何か実験をしているみたいだな)
ワープワーム達は、ハラハラと落ちては上空へ移動する、という行動を繰り返している。
「わぁっ! 天使ちゃん達が踊ってるよぉ」
「すっごく綺麗〜」
子供達が歓声をあげた。確かに、緑色の草原と青い空を行き来する赤黒い雪は、綺麗だよね。
(うん? 動きが変わった)
一部で、ハラハラ雪が何かにぶつかって跳ね返されている。何度も同じ行動を繰り返す奴らを見ていると、上空に何か巨大な障害物があるように見えてきた。
『ライトさま、われわれがワープでつかわない、いくうかんに、うかぶモノがあります』
(えっ? 宇宙船?)
『はい、そうだとおもいます。いくうかんを、いどうしています。エネルギーをかんじます』
やはり宇宙船には、エネルギーが充填されているんだ。消えた位置から全く移動していないのかな。宇宙船が浮かんでいる下の草原の草は倒れていて、あちこちに子供達の道具が散らばっている。
あっ、あの宇宙船には確か、居場所は固定した状態で、異空間を移動していく装置を積んでるんだっけ。場所を固定した異空間移動は、どんなサーチにも引っかからないそうだ。
ただ、これは、まだ実験中の未完成な装置だったはずだ。誤作動を起こしたのかな? 何が起こるかわからないから、操縦士が乗るときだけ、動力を積むことにしていたはずなのに。
予備の空っぽのクリスタルは、構造上、取り外しができないそうだ。だから予備のクリスタルには、エネルギーが充填されていない。試運転を兼ねた最初の宇宙船の旅が終わるまで空っぽのままでいくと、竜人さん達が言っていた。
(なぜ、エネルギーが充填されたんだ?)
さっき跳ね返されていたハラハラ雪は、今はもう跳ね返されずに、普通に空から落ちてくる。宇宙船が別の異空間に移動したんだな。
「族長さん、すごいよ。よく見つけてくれたね。ありがとう」
『いえ。ライトさまの、おかんがえにしたがっただけです』
そう言いつつ族長さんは、フニャリと笑っている。いつもキリッとしているのに、こんな顔は珍しい。ふふっ、照れたみたいだな。
「だけど、どうすれば、宇宙船を捕まえられるのかな。やはり、リュックくんかな?」
魔道具から進化した魔人であるリュックくんは、様々な異空間を自由に行き来できる。そもそも魔道具の代表格である魔法袋は、中に入れた物は異空間にストックされているんだ。
ただ、異空間ストックには、それなりの魔力を消費するそうだ。だからリュックくんも魔人に進化する前は、そんなに多くの異空間ストックは維持できなかった。
あっ、こないだ、リュックくんが怒ってたっけ。
僕が魔道具『リュック』で作ったポーションを、『リュック』から出さないと、どんどんリュックくんの異空間ストックに溜まっていく。いい加減にポーションを売りに行けって、文句を言ってたんだよね。
もちろん、ポーション置き場の倉庫も、湖上の街ワタガシには、いくつも建ててある。他の星にポーションを売りに行くために、ずっとストックを用意してきたんだ。
ただ、ポーション置き場の倉庫には、街で普通に販売している物しか置いていない。珍しいポーションは、すべてリュックくんの異空間ストックに入っている。
貴重なポーションまで倉庫に入れてしまうと、ポーション置き場の倉庫の警備が大変になるからなんだ。
ふわふわと草原に大量に漂うワープワームを睨む赤いワンピースのチビっ子が、僕をビシッと指差した。
「ライトっ! ワーム神が見つけたって言うけど、あたしが異空間って言ったからだよっ」
(あぁ、どうしようか)
魔王サラドラさんが僕の思考を覗いていたからだろうと、ここで反論するのは愚策だよね。僕は、あいまいな笑みを浮かべておく。
(おっ、救世主!)
アプルゴルド星の魔帝クラリス・ロールさんが、恍惚とした笑みを浮かべながら、ソーッと近寄ってきた。誰かを怖がらせないようにという配慮だろうか。
「名探偵サラドラちゃん! 凄いわぁ。こんなに可愛いのに、すっごく優れた探偵さんなのね〜。素敵だわ〜。あぁ、可愛いわぁ。なんて尊いお嬢様なのかしら」
目をキラキラと輝かせた大きな獣人の女性が、赤いワンピースのチビっ子に握手を求めるように手を出した。魔王サラドラさんは、ふふんと鼻を鳴らして、大きな手に、ちっこい手を置いた。
(まるで、お手だな)
チビっっ子の頭の上の花は、ピコピコと激しく揺れている。魔王サラドラさんは、嬉しくてたまらないみたいだね。
「当然よっ! あたしは、名探偵サラドラちゃんなんだからねっ。あーはっはっは、わぁーっはっはっは」
魔王サラドラさんは、女神様の方を見て、勝ち誇ったように大笑いだ。うん、妖精族の人達って、皆こんな感じなんだよな。
だけど、女神様は怒る様子はない。不機嫌そうな顔はしているけど、妖精達の態度には寛容なんだよね。
地底の魔族の国では、たくさんの種類の魔族が暮らしている。種族ごとの長を、魔王と呼ぶんだ。
魔王サラドラさんは、最古の魔王だと言われている。妖精族は、ずーっと生き続ける寿命のない種族と、自己転生を繰り返す種族があるそうだ。彼女は、どちらのタイプかわからないけど、ずっとサラマンドラの魔王であることには変わりない。
「名探偵サラドラさん、どうやら、宇宙船にエネルギーが充填されたことで、何かの装置が誤作動したみたいです。なぜ、エネルギーが充填されたのか、全くわからないんですけど」
僕がそう話すと、赤いワンピースのチビっ子は、キラキラとした笑顔をこちらに向けた。
(うん? 彼女にはわかるのかな)
「ライトっ! それは、新たな謎ねっ! きっと、エネルギーを充填した犯人が、この星にいるわっ!」
僕をビシッと指差し、いつもの決めポーズの魔王サラドラさんだが、当たり前のことを言っているよね。空っぽの予備クリスタルに、自然にエネルギーが充填されるわけはない。
「サラドラって、賢いな」
「赤いワンピースのときだけ、賢いらしいよ」
子供達がヒソヒソと話している声は、もちろん魔王サラドラさんの耳に届いているようだ。
「そこの子供達っ! あたしの助手にしてあげてもいいわっ! 宇宙船にエネルギーを充填させて、宇宙船を迷子にした犯人を捜すよっ」
赤いワンピースのチビっ子が、子供達をビシッと指差した。女神様に似たそのノリに、子供達は、ワッと歓声をあげた。
(このままじゃマズイな)
魔王サラドラさんには、危なくて子供達を預けられない。
「ティア様も、子供達と……うん?」
猫耳の少女は、なぜか居心地悪そうにしていて、僕と目を合わせようとしない。
「あー、ライトさん、ここに居ただか。捜しただよ」
クマちゃんマークのベアトスさんの声が聞こえると、女神様がギクッとしたように見えた。うん?
水曜木曜金曜はお休み。
次回は、9月17日(土)に更新予定です。
たぶん台風シーズンが終わるまで、週4更新ペースになります。よろしくお願いします。




