1、湖上の街ワタガシ 〜大変なのじゃ!?
よろしくお願いします。
湖上に浮かぶ街ワタガシ。
街の中心にある塔を囲む城壁のような壁の内側に、僕が経営する落ち着いた雰囲気のバーがある。
昼間は、近くの学生が集まるカフェとして、賑やかな店に変わる。カフェ担当の店長がいるんだけど、今日は、ちょっと胸騒ぎがして、オーナーの僕もカウンターに立っているんだ。
カランカラン
「マスター、いつもの〜」
崩れるようにカウンター席に突っ伏す馴染みの客。彼女の様子がいつもと違うことに気づいた。完全にカウンターテーブルとお友達状態だな。
「かしこまりました」
コポコポと、彼女が好む華やかな香りのコーヒーをいれると、彼女はピクリと耳を動かした。その反応を見て、僕はクリームの甘さを調節する。
(失恋かな?)
少し甘めのクリームを浮かべた大きなマグカップを、コトッと彼女の邪魔にならない場所へ置いた。身長が3メートルを越える獣人の、彼女専用のマグカップだ。
「ありがと。ふぅ、いい匂い」
「どうぞ、ごゆっくり」
やわらかく微笑み、僕は立つ位置を少しズラした。プライドの高い彼女は、誰にも泣き顔を見られたくないはずだから。
◇◇◇
僕は、ライト。100年ちょっと前に転生してきた転生者だ。前世の名前は、光田 翔太という。
この世界に来た当初、僕は、魔道具『リュック』を使って作ったポーションの行商人をしていた。その後、前世からの念願だったバーテンダーになり、自分の店を持つことができたんだ。店ではポーションの販売もしているんだけどね。
僕には、他にも仕事がある。この星を治める女神イロハカルティア様のお世話係……もとい、女神様の側近として、この街ワタガシの街長もしている。
ここ最近は、激動だった。2年程前に、この星、イロハカルティア星を潰そうとして、神々による大規模な侵略戦争があったんだ。
その元凶である青の神ダーラと相打ちになり、僕は一時的に消滅してしまった。だけど、魔道具『リュック』に施した仕掛けによって、再び転生することができたんだ。
ただ、予定とは違って、僕は、この世界に転生してからの100年間の記憶を失った赤ん坊として生まれた。
そして、ようやく1年程前にすべての記憶が戻り、身体も大人の姿に戻ったんだ。
でも結果的には、これでよかったと思っている。
僕が忘れていた初心を思い出すことができたし、ずっと抱えていたトラウマも克服できた。今では通常時の戦闘力にも不安はない。
あとは、神々による神戦争が再び起こらないようにできれば、穏やかな日常に戻れるんだけどな。
青の神ダーラが完全復活し、再びこの星に攻め込む準備を始めたと、風の噂に聞いた。奴は、また、神戦争を起こす気だ。その前に、あの作戦を進めなければ……。
◇◇◇
カランカラン
「おう、ライト。こんな時間からおるなんて、珍しいやないけ」
「今日は、例の宇宙船の完成予定日だから、広場でお祭りをするかと思って、早めに来ました」
やって来たのは、酒の納品をしてくれているタイガさんだ。彼も、僕と同じく日本からの転生者で、女神様の側近だ。言葉遣いは悪いけど、渋くてちょいワル系のイケおじなんだよな。そして何より、僕が一番世話になっている人だ。
「それで、広場に祭りのやぐらを組んどるんやな」
「もう準備してるんですか」
「屋台もバッチリ出とるで。また、下手くそな盆踊りをやるんちゃうか」
この街は、僕の記憶を具体化する形で造られたものだ。そのため街のあちこちには、日本っぽいものがある。ただ、何かあればすぐに祭りをするのは、女神様の趣味だ。
女神イロハカルティア様は、異空間に在る城にいるときには、20代後半のハッと息を飲むほど美しい姿をしている。また、黄の星系の創造神でもあるためか、彼女の凛とした姿に憧れる神々も多いらしい。
この世界には、数多くの星がある。そして、すべての星には治める神がいるという。神の命は、星と繋がっているそうだ。
ほとんどの神々には、地上にいる者と同じく種族があるらしい。女神イロハカルティア様は妖精族だそうだ。妖精特有の可愛らしさもあり、そして子供好きで悪戯好きで……ちょっと個性的な女神様なんだ。
それと女神様は、なぜか異常な猫好きだ。地上にいるときには、変身の魔道具である猫耳のカチューシャを付け、ティアと名乗っている。女神様は、10歳くらいの子供の獣人に化けて、全力で遊びまくってるんだよね。
「ライト、ちょっと休憩していくわ〜。リュックは、どこに行ったんや?」
タイガさんは、いつもならカウンター席に座るけど、今日は、カウンター席で溶けている常連さんを気遣って、テーブル席に座った。
僕は濃いめのハイボールを作って、彼のテーブルに置いた。するとタイガさんは、水を飲むかのように一気飲みだ。
「リュックくんに用事ですか? また変なことに誘わないでくださいよ。これ以上チャラ男になったら……」
「はぁ? おまえ、いつまで子供扱いしとんねん。そもそもリュックは、魔道具から進化した魔人やで? チャラ男の方が平和でええやないけ」
「チャラ男は平和じゃないですよ。こないだ、アマゾネス国の女王様が怒って来ましたよ。それにリュックくんは、すぐに変な趣味に走る癖があるから……」
「ええやんけ。ストレスが溜まって、どっかの星をぶっ壊したら、どないすんねん」
(まぁ、それもそうだけど)
カランカラン
パン! と、乱暴に扉が開いた。
(これは、たぶん……)
「ライト! 大変じゃ! のわっ? タイガもおったのか。とにかく大変なのじゃ!!」
(やはり……)
浴衣を着た猫耳の少女が現れた。そう、猫耳カチューシャを使って獣人の少女に化けた女神イロハカルティア様だ。
「ティア様、何が大変なんですか? 勝手に広場に、やぐらを作っているそうですね」
そう指摘すると、ギクリとする猫耳の少女。
「祭りができなくなるのじゃ! 大変なのじゃっ!」
ぶんぶんと手を振り回し、謎の威嚇をする猫耳の少女……。
タイガさんは、そんな女神様のことは無視して、店員が持ってきた2杯目のハイボールに手を伸ばしている。僕が相手をするしかなさそうだな。
「ティア様、祭りができないということは、誰かに叱られたんですね?」
「は? ライトは、しょぼいのじゃ! そんなことくらいで、妾は祭りができなくなるとは言わないのじゃ」
「じゃあ、屋台の飾りが壊れたとか?」
「ちがーう! ライトは、何もわかってないのじゃ。じゃが……妾にもわからないのじゃ。と、とにかく大変なのじゃ〜っ!!」
女神様が焦っていることだけは伝わってくる。それ以外は、全くわからない。
「少し落ち着いてください。何があったんですか?」
「落ち着いていられないのじゃ! 完成したばかりの宇宙船が盗まれたのじゃっ!!」
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