プロローグ2
本作は、少し前に日間ランキング2位・月間9位をいただきました「あるギルドメンバーの遺書」という短編 https://ncode.syosetu.com/n4695hi/
と、その短編シリーズ https://ncode.syosetu.com/s9750g/
の続きになります。
単体でも楽しめるようになっている作品ですので、お気軽にお楽しみください。
※短編シリーズ八作全作品、日間ランキングに同時掲載されました。ありがとうございます。
ざわ、と森の木々の葉が蠢いた。風など吹いているはずもないのに、どうしてか寒々しい嫌な空気だ。
名指しされたエルザは、不快そうに立ち上がり手紙に詰め寄る。奪おうとして、しかし、アルファルドに阻止された。
「『流石にここを誤魔化すことはできないよな。アルファルドもミーシャもオーディンも魔術の素養は無い。魔力もお前のものだから、犯人がわかるのも時間の問題だろう』」
「ちょっと! 読むのをやめなさい!」
「『今までお前を許してきた奴らも、流石に世界が終わるとなれば話は別だ。お前の味方なんて一人もいなくなる。お前は世界中のサンドバッグになる』――」
エルザの手の届かない高さで、アルファルドは何を思って語るのか。
不穏な空気が辺りを支配していた。
それは夜の森の怪しげな雰囲気のせいだけではない。サンドバッグという一言に、エルザは少なからず怖気づいたのか、奪おうとする手も弱くなる。
「『お前が助かる手段はただ一つ。魔術を唯一無効化できる解呪魔石に魔力を込めて、終焉魔術を解除することだけだ』」
「……そんなこと知ってるわ」
エルザは唇を噛んだ。
「だからわざわざここまで来たってのに……」
「『そうしなければ世界は終わるし、お前は死ぬより酷い目に遭い続ける。アルファルド達だって、同じギルドだから責任を取らされるだろうな。
なんにせよろくなことにはならな――』」
「おいおい! ちょっと待てよアルファルド! ろくなことにならないってどういうことだ!? 俺達――まだなんかされるってのか!? ただでさえ色んな奴に責められて意味わかんないってのに!」
「……俺は書いてあることを読んだだけだ」
アルファルドは、オーディンの鈍感さも無知も指摘しなかった。する必要を感じなかったから――そのまま、手紙を読み進める。
「『……だけど、これを読んでいるってことはやっぱりお前は解呪魔石を見つけられなかったんだな、エルザ』」
しんと、彼の声が空気に染みわたっていく。
「『だからわざわざ俺の遺書を探してくれたんだろ?
俺の遺書は相当分かりにくいところにあったのに、よく探し出せたな。
ギルドが結成された最初の、思い出の森。
簡単には掘り起こされないように色々魔術や罠を仕掛けたから、最短でも二週間くらいはかかったんじゃないか。罠を潜り抜けてまで必死になって、よくここまで辿り着いたな。
どうだ、ハッピーか? エルザ』」
「煩いわね……寄越しなさい!!」
今度こそ顔をしかめて、エルザはアルファルドから無理やり手紙を奪い取った。
そして魔術で光を照らして手紙を読む。その後ろから他の三人が覗き込んできて、四人で手紙に釘付けとなって読み進める。
手紙は静かな語り口だった。まるで読者の心理を見透かしているような。
『まあきっと慌てているんだろうけど安心してくれよ。解呪魔石はまだ残ってるし、場所はちゃんと書いてある。
それに、人間には魔石を破壊することなんて出来ない。隠したとしても……俺の行動範囲にも限界があるし、たくさんの人間が血眼になって探すだろうからこの世界が滅び切る前には見つかるだろう。
場所もこの遺書にちゃんと書いてあるから心配しないでくれ。世界を終わらせるなんて、そんな恐ろしいこと俺に出来るわけないじゃないか』
『けど場所を言う前に、ひとつ話に付き合ってくれないか。なに、すぐ終わるから』
「話って……」
「黙れミーシャ。今読んでるんだ」
『お前らはこの遺書を見つけるずっと前に、もちろん俺の死体も見つけてくれたと思うんだ。
自分の部屋で自分の魔銃で一発。自死を選んだことはすぐにわかっただろう。ダンジョンの外で死んじまったけど、犯人探しをする必要がなくてよかったよな?
だけど、お前らとしてはまだ犯人がいた方がよかった筈だ』
ミーシャがあはは、と気まずく笑った。罪悪感をあまり感じない声と表情。
『ギルドメンバーから自殺者が出たら、そのギルドの評価は地に堕ちる。しかもメンバーが原因とわかったらギルドは社会的に終わったも同然だ。
俺の身体を調べれば、お前らに刻み付けられた無数の傷や火傷が出てくるし、そういう意味でも見つかるわけにはいかないだろう。
どっちにせよ、俺の死体は見つかったらかなりまずい。
だからお前らはある時期から俺をダンジョン内で何度も殺そうとしてきたんだよな。ダンジョン内で死んでくれればそのままダンジョンに呑み込まれて消えるから。
お前らはそうして何人もの心ある人を殺してきた。
だから俺が自死してもそうするだろうと俺は思った』
四人は一様に黙った。手紙を読むための沈黙とは違う、気まずい静けさだった。
手紙の主の言う通りだったからだ。四人は、手紙の主の死体を、ダンジョンの壁に吞み込ませて消した。けれどそれが今の状況となんの関係があるのかわからない。
今の状況は、そう……周囲の冒険者にひどく詰められ、エルザの言葉のままに慌てて森に魔石を探しに来ただけだ。死体などなんの関係があるのかと、全員がそう思った。
『でも俺はお前らに最後の賭けをしたんだ』
「賭け……?」
手紙は続く。
『つまり、俺の死体をどうするかという賭けだ。
俺の自殺を公表するか隠蔽するか。
公表して俺の死体を調べ全てを明るみにするか、火山口かモンスターに放り込んで秘密裏に処分するか。二択にひとつだ』
「何言ってるの? 死んだあとなのに賭けるなんて――」
『死んだ後なのに賭けるなんておかしいって?
まあ俺もそう思うよ。でも、いいじゃないか最後に一度くらい。希望を持たせてくれよ。
ああもちろん、俺は信じているよ。お前達が、俺の思う正しい選択をしてくれていることをな。俺はずっとお前らを信じていた。その度に裏切られることになったけど』
皮肉めいた口調はそのまま。だが紙に記された言葉は、容赦なく読み手の心を抉る。――少なくともアルファルドは目を逸らした。
『……なあ、この遺書を書きながら、お前達と最初に出会った時のことを思い返していたんだ。
最初はみんな優しかった。理想的なメンバーだった。きっと何かがかけ違ってこうなっただけで、本当はみんな悪い奴らなんかじゃないって、俺はずっとずうっと思ってたんだよ。
アルファルド。お前は実直な努力家で、切磋琢磨しあえる唯一無二のライバルだった。
ミーシャ。お前は少し抜けていたけどそこが魅力的で、いつも笑顔を絶やさないムードメーカーだった。
オーディン。お前は女好きのお調子者だったけど、場を明るくしてくれるいい悪友だった。
エルザ。お前はいつも皆に優しかったな。誰にでも慕われて、能力があって、そんなお前と幼馴染だったことがとても誇らしかったよ。
俺達はほんのちょっとだけウマが合わなかっただけで、例えばどちらかが物言わぬ存在になれば、生来の優しさを取り戻してくれるってバカみたいに願ってた。
俺の自死は皆のためでもあったのさ。本当だよ』
「嘘つき」
と、エルザははっきりと言った。
「何が私達のためよ……あんたのせいで私はこんなっ……」
しかし手紙は続く。
『俺はこうなっちまった。けど皆はまた違った道があると思う。後悔しろとはいわない、でもせめて反省はしてほしい。誰かを自死に追いやったことについて何か思うことがあるなら、それを公表してほしい。
例えそれで責任を負うことになっても、いつか必ず良い方向に向かうから。優しかった頃のお前らなら、罪を償うことが出来ると思っているから。
これは俺の最後の願いだ。お前らが俺の願いを聞いてくれるとは思えないけど、お前らにもそれぞれ大切な人がいるんだろうし、その人達の為にも聞き届けてほしい。
聞き届けてくれると思ってる』
「……なによこれ? 本当にただの手紙じゃない」
エルザは苛々したように口を尖らせる。当てが外れたという顔で。
「ここまで来てこんなもの見せられるなんて時間の無駄だったわね。……オーディン、近くをもっと探しなさい。多分魔石がどこかに埋まってるはずよ。アルファルドは……アル? 何してるの」
四人のうちアルファルドだけが、未だに手紙に釘付けになっていた。
そして、静かに口を開く。
「『……今、俺は自分の胃に「あるもの」を呑み込んだ』」
不意にまた読み上げ始めたアルファルドを、全員が振り返る。
声の様子がおかしい。何か震えているような。恐怖とも絶望ともつかない感情。
「あるもの、って――」
「『終焉魔術の解呪魔石だ』」
しん、と気圧が一段下がる。十二月の冬らしい寒さが彼等全員の肌を撫でた。
エルザの顔から血の気が引く。胃に飲み込んだ――ミーシャとオーディンすら理解した。その言葉の意味を。
遺書の主が最期に宣告した言葉の意味を――
「『世界を救う唯一の鍵が、俺の死体と一緒に消えていないといいけれど』」
誰かが息を呑む音と共に、人類の終焉は開始する。
四人のギルドメンバーの終焉と共に。
そして一方でまた、別の物語が始まる――
お読みいただきありがとうございます。
面白かったと思っていただけたら、画面下部の☆☆☆☆☆を星で評価いただけると作者がとても喜びます。
あと、今後作品を作っていく上での大きなモチベーションにもなります!
また、ブクマしても良いぞ、という方がいらっしゃいましたら是非いただけると幸いです。
これからも作品づくり頑張ってまいります。
よろしくお願い致します。
※三話投稿しました




