プロローグ1
本作は、少し前に日間ランキング2位・月間9位をいただきました「あるギルドメンバーの遺書」という短編 https://ncode.syosetu.com/n4695hi/
と、その短編シリーズ https://ncode.syosetu.com/s9750g/
の続きになります。
単体でも楽しめるようになっている作品ですので、お気軽にお楽しみください。
※短編シリーズ八作全作品、日間ランキングに同時掲載されました。ありがとうございます。
ガサガサと、草を分け入り進む音が響く。
深く暗い宵闇の中、四人の冒険者が森を進んでいた。闇に閉ざされた森を進む彼等は全員ボロボロで、もう何日も歩き続けているのが見て取れる。
まだかよと誰かが苛々と言った。彼等はこんな森の奥に分け入ってまで、「あるもの」を探しているのだ。
いくつもの罠や魔術を抜けて、彼等は森の本当に奥深くに辿り着いた。ギルドの一人である一人の少女がキョロキョロとあたりを見回す。
「この辺、のはずよ……魔術ではここを示してたし……」
「……あ、あった! あれじゃない!?」
少しの間探して、そこで彼等は地面に箱のような物が埋まっていることに気付く。
それに飛び付いた四人は、ほとんどひっぺがすように箱の蓋を取った。
この中に彼らの目当てのものがあるはずだーー彼女らはこれのために数々の罠を掻い潜ってきたのだ。見つけたことに安心した彼等だが、細長い箱に入っている一枚の紙を見て絶望した顔をする。
「え……どういうこと。これだけ!?」
「待てエルザ。何か手紙が入ってる」
四人の中でもっとも身長の高い男がその手紙を取り出す。
手紙は比較的新しい紙で、昔に埋め込まれたものでないことはすぐにわかった。
「『拝啓 大好きなギルドの皆へ。
皆がこの手紙を読んでいるということは、俺はもうこの世にはいないんだろう』」
そんな一言から始まった、それは遺書だった。
誰もが眉をひそめた。特に、大好きだという一点について不審に思ったのだ。
「『封筒にも書いてあった通り、これは俺の遺書だ。遺書というからにはもちろん俺はこれから死ぬわけだし、それがわかってるってことは、死を自分で選び取ったことになる。
本当なら絶対にあってはならないこと。死と常に隣り合わせの冒険者業界で、生きたくても生きられなかった奴らに対する冒涜だ。
いやそうでなくても、遺された者は悲しむ。苦しむ。そういう理由がある。だから自害は禁忌とされている。そうだよな』」
遺書にしてはどこか珍しい語り口。アルファルドが読む声を他の三人は静かに聞いている。
「『じゃあひとつ質問だ。これを読んでいるあんたに質問だ』」
朗読している男はそこで、言葉に詰まったようだった。
まるで語りかけてくるような言葉回しに、何か感じ入ったのか。
「『今、悲しいか?
苦しいか?
それとも怒りを感じたか。
悔しいと思ったか。
数年間苦楽を共にしたギルドメンバーが勝手に死を選んで、辛い気持ちになってくれたか』
『俺が代わりに答えてやろう』
『正答は「ならない」だ。違うか?違わないよな。俺はよく知っている。だって俺が死を選んだ理由はお前らなんだから。
これを読んでいるのが下宿先のリナリーだったら──事実を伝えるのは本当に申し訳ないけれど、俺はギルドメンバーにかなり過酷な扱いを受けていた。リナリーは皆を平等に扱ってくれていたから、事実を言うのはとてもじゃないが気が進まなかったよ。それは申し訳ない』」
リナリー、という名前に誰かが反応する。
銀髪の魔導師ーーエルザと呼ばれた少女だ。彼女は眉を顰め、なんであの子がと悪態をつく。
「『逆を言うとギルドメンバーは全員知っていた』
『戦士のアルファルド、俺はお前と友達だと思っていたけれど、お前にとっては別にそうでもなかったらしいな。俺がギルドの奴に囲まれてリンチされた時、お前はずっと黙って見ていた。しかも次第に加勢するようになっていった。終いにお前は、鍛錬と称して率先してやるようになったな』」
遺書を持って読んでいた男が、ほんの少し目を伏せる。彼こそアルファルド。黒い髪の戦士。
遺書に書いてあることは全て事実だ。彼は遺書の主に酷い仕打ちをしていた。
「『僧侶のミーシャ。読んでいるかミーシャ?俺は愚かだったよ。君は顔は美しかったが、それ以外には何もない空っぽの女だった。そのことに気付かず、馬鹿な俺は君に憧れを持ってしまった。
頭が空っぽなだけならまだ良い。詰めていけばいいからな。けれど心が空っぽな女はどうしようもない。お前の心は空っぽだけでなく穴だらけで、誰がどんなにお前に心を砕いても、変わることはなかったな』」
「はぁ?」と怒りをあらわにしたのは僧侶の格好をした金髪の美少女だ。可憐な天使のような容貌をしているが、目つきはどこか意地悪そうだ。
「『勇者のオーディン。俺がミーシャに憧れを持ったことで傷付けてしまったようで悪かった。お前はミーシャにベタ惚れだったからな。
だがオーディン安心しろ。お前はミーシャによくお似合いの男だよ。
今なら言えるよ。君達はお似合いのカップルだ。ミーシャが空っぽの女なら、お前はハリボテの男だ。威勢だけよくて、そのくせなにもできない、ミーシャの男になるべき男だったよ。
仲人をやってやれなかったのが悔やまれるくらいに。
まあ、もう俺は死んでるんだけどね』」
金髪の美少女に侍るように寄り添っていた青年は、理解できないという風に瞬く。終始皮肉に満ちた手紙の内容が、その裏に込められた感情が伝わっていないようだった。
「『でもね、今名前を挙げた奴らなんかどうだっていいんだ。アルファルドもミーシャもオーディンも、全員頭に中身が詰まってない臆病者だったから、嫌がらせもお粗末なものだ。
死ぬ理由になんかならないのさ。水をぶっかけられたり食事を適度に抜かれる程度で死ぬわけがないだろ』
『エルザ。
そう、お前だよ。
魔導師エルザ。見ているか?』」
最後に銀髪の少女がきっと視線を上げた。
整った容貌のうえに意思が強そうな瞳だ。魔導師の格好ーー実力があることを嫌でも感じさせる雰囲気だった。しかし目つきは、金髪の少女以上に怪しく意地悪そうだった。
「『ミーシャは頭空っぽな女だったがその分操りやすかっただろう。オーディンはミーシャにベタ惚れだし、アルファルドは少し苦労しただろうけど俺への劣等感をうまく刺激してやれば楽勝だったはずだ。
お前は悪知恵の働く狡猾な女だった。実行犯は全部他の三人で、お前は可愛いギルドのマスコットを演じればよかった。
お前は自分可愛さに手を下さない奴だったからな。
エルザ、お前はこの遺書を読んでどんな顔をしている?
嘲笑っているだろうか。馬鹿にしているだろうか?それともまた被害者面か?』」
「なにを……」
「『当ててやろうか。恐怖に震えているんだ』」
アルファルドの声を介して、その遺書は何かを伝えようとしてくる。
「『俺の遺書に恐怖しているんじゃない。俺が死んだ事実でもないな。お前はそんな純真無垢な女じゃない。どうせオーディン辺りに責任転嫁して新天地でやり直そうとか考えてたんだろう』」
「……俺に責任転嫁? おいなんのことだ」
青年はようやく理解したようにエルザを睨む。しかしエルザはそれを綺麗に無視した。
「『だからお前が怯えているのは、俺が』」
男はここで今度こそ本当に言葉に詰まった。その先を読むのを躊躇うかのように。
「どうしたのよ。早く読みなさいよ」
「あ、ああーー」
俺が、の続きは。
「『自分の命と引き換えに発動した終焉魔術だ。そうだろう』」
終焉魔術、という響きに金髪の美少女と青年が目を剥く。
「終焉魔術……!? どういうことよ!? そんなことが起こってるなんてーー」
「おいエルザ、こっち見ろ! お前俺たちになに隠してたんだ!?」
「終焉魔術って確か、人類をみんな殺すやつよね!? どうしてそんなもの……」
気色ばむ二人のことすらエルザは見ていなかった。ただ、アルファルドの読む遺書にのみ傾注している。
「『終焉魔術についてはよく語り合ったよな、エルザ。お前は魔術の構築理論は高いレベルにあって、いつも舌を巻いたもんだ。
終焉魔術は文字通り終焉をもたらす禁忌の魔術。だが、お前は昔から終焉魔術に並ならぬ興味を持っていた』」
「……」
「『だからお前は俺の忠告を無視して終焉魔術を作ったし、脅しの材料としてそれをいつでも発動できるようにしていた。流石に世界を人質にされると手出しができないから、俺は従わざるを得なかった。
ああ。終焉魔術を発動させたのはもちろん俺だよ。
もう死ぬのに世界のことなんか考えても仕方ないしな』」
「……馬鹿なことを……!」
「『今、世界がどうなり始めているかは知らない。だが確かなことは、その終焉魔術を作ったのも魔力を込めたのも』」
ここでアルファルドはエルザをはっきりと見据えた。
「『間違いなくお前だということだ。エルザ』」
お読みいただきありがとうございます。
面白かったと思っていただけたら、画面下部の☆☆☆☆☆を星で評価いただけると作者がとても喜びます。
あと、今後作品を作っていく上での大きなモチベーションにもなります!
また、ブクマしても良いぞ、という方がいらっしゃいましたら是非いただけると幸いです。
これからも作品づくり頑張ってまいります。
よろしくお願い致します。
※7/13に二話を投稿しました




