7.モブA君
「年々コスプレ感が増してくるなぁ……」
鏡に映る自身を見て、恒例の溜め息を吐く。
周りの人の反応や話を聞いていると、まるで本当に自分が綺麗になったんじゃないかとつい鏡を覗いてしまうが、そこに映る自分とのギャップが凄すぎて、毎回溜め息が出るのだ。
だってこの平たい地味顔見て! どこのアニメキャラのコスプレしてるんだ! っていうこの色味と相まってさ、成長していくにつれ痛々しくなっていくのだよ。
「はぁ……。お着替えしよ」
この世界が、“貴方色に染められて”の世界ではないかと疑い始めてから、7年の月日が経った。
独自に調査した結果、マキちゃんから聞いた攻略対象者が実在する事が分かり、やはりここは、“貴方色に染められて”の美醜逆転世界だという可能性が高まったのだ。
とはいえ、自分が悪役令嬢で王子との婚約話が持ち上がるのではないかと恐れていた点では、ルドルフ君とすでに婚約していたからか、そういった話が上がる事はなかった。
つくづく、ルドルフ君と婚約して良かったと思う。
そんなこんなで12歳になった私は、ひと月後から貴族学校に通う事となる。
この世界は基本的に、16〜18歳の貴族は必ず学校に通わなくてはならない。高位の貴族であれば、12、3歳から通い出す。
学校を卒業して初めて、一人前の貴族として認められるからだ。それは王族にも適用されるルールで、もし卒業出来なければ貴族としてデビュー出来ず、嫡男、嫡女であれば家を継ぐことも出来ないばかりか、最悪家から追い出される事になる。勿論、特に大きな問題を起こさなければ、誰でも卒業出来るのだけど……。
ここで一つ、懸念がある。
それは、私の可愛い婚約者のルドルフ君だ。
もしかしたらルドルフ君は、あの乙女ゲームに出てきたブサモブA君ではないかと考えている。
何故なら、モブA君と髪や瞳、肌の色にいたるまで同じ配色で、そう思って見ると面影もなんとなくある気がしてくるのだ。性格も良識的でお節介の上、口が悪い。
乙女ゲームでは不細工と言われていた容姿だが、美醜逆転の世界であれば美形になっているはず。そう仮定すると、この考察は間違っていないだろう。
“貴方色に染められて”はヒロインが16歳になって、学校に入学と同時にスタートする。それから1年後にはモブA君は退学になっていた。
もし、ルドルフ君がA君なら、彼はヒロイン達のせいで学校を退学になる未来が待っている。
「その可能性がある限り、考慮して行動する必要がありますわね」
備えあれば憂いなし、というからね。
と、気合いを入れたにもかかわらず、ルドルフ君に会えない日々が続いている。
なぜなら、
「ユーリは男の子の居る学校には通わせません!! 絶対に!!!!」
父の壮絶な駄々……反対を受け、女子校に通う事となったからだ。
「はぁ……ルドルフ様と同じ学校に通いたかったですわ」
お茶のお誘いに来てくれたお母様に、つい愚痴をこぼしてしまう。
「憂いを帯びるお嬢様も美しいです〜」
「その吐息さえも人々を魅了しますわ〜」
「大天使様が御降臨なされた!」
「年々美しさが増しております」
「今すぐ絵師を呼んで頂戴!」
「かしこまりましたっ 奥様!!」
何やら周りが騒がしいが、いつもの事なので気にしない。気にしたら負けだ。
というか、お母様話聞いてる?
「ユーリちゃん、わたくしはユーリちゃんとルドルフ君が別の学校に通う事は、二人にとってそう悪い事でもないと思うの」
優雅にお茶を飲んでいたお母様が、優しい声音でそう言って微笑む。
「え、どうしてですの?」
「ユーリちゃんもルドルフ君も、とっても仲良しよね」
「はい」
「それは勿論良い事だけど、お互いしか見えていない今の関係がずっと続いてしまうと、将来きっと良くない事になってしまうの」
なるほど。お母様は私達にもっと外に目を向けてほしいと思っているのだろう。
確かにルドルフ君は、卵から孵ったひよこが初めて見た親鶏であるかのように、私に懐いている。そして私も、そんなルドルフ君が可愛くてたまらない。
お互い貴族なので、お茶会など子供同士の交流の場に参加はするが、親しい友人はいないのが現状だ。これでは依存関係に見えて、危ういと思われるのも無理はない。
お母様はそんな私達を心配して、お父様の駄々を看過したのだろう。
「……わかりました。わたくし、ルドルフ様とより良き夫婦になれるよう頑張ります!!」
「なんて素直で純粋なのっ うちの娘、もしかして精霊王様なのかしら」
「お嬢様が尊い……」
「やはり大天使様!」
「は、鼻血が……っ」
だけど、別の学校に通いながらどうやってルドルフ君を守れば良いのだろう……。
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「━━━……もう1本!!」
「タァ!!」
「動きが鈍くなってますよ!」
スレイン公爵家の裏庭には、お抱えの騎士達が、剣や武術を訓練する為の場所がある。
その場所で今、訓練を行っているのは、我が愛しの婚約者様であるルドルフ君だ。
勇者パーティーの戦士の血筋であるスレイン公爵家は、幼い頃から武術全般を徹底的に叩き込むらしく、ルドルフ君も例にもれず訓練しているわけだ。
今日は剣術の訓練のようで、刃を潰した剣を持って斬りかかっていく姿はなかなか様になっている。
可愛くて、綺麗で、その上凛々しいとか、どこのヒーローですか!!
「そこまで!」
先生の掛け声に剣を降ろすと礼をし、こちらを振り返ると、途端に笑顔になり駆けてくる。
「ユーリ!」
飼い主の姿を見つけた小型犬のようだ。可愛すぎる。
「ルドルフ様、お久しぶりですわ」
「っなかなか会えなくて、さ、寂しかったんだからな!」
クッソ可愛い!!!
「わたくしも寂しかったです」
「ユーリ……っ 僕の事、まだ好きでいてくれてるか?」
「もちろんですわ! ずっと大好きです」
「ほ、僕もユーリが大好きだ!」
そう言って抱きついてくるルドルフ君は、どんな美少女も裸足で逃げ出す超美少女顔で微笑んだ。
成長して増々美しさに磨きがかかっとる!!
「学校が別々ですし、お互い習い事が増えて忙しいですから、前より行き来が出来なくなってしまいましたわ。ですが、わたくし達が相思相愛なのは変わりませんわね」
そう言えば、ルドルフ君は目元を赤く染めて頷く。
鼻血が出そうになるのを我慢し、久々に手を繋いで庭を歩く。ルドルフ君は嬉しそうに頷いて、テラスへと案内してくれたのだ。
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── 女子校のある一幕 ──
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとう存じますわ。ここに皆様をお呼びしたのは他でもございません。かの、クラウス公爵家のご令嬢、ユーリ様についてお話し合いをしたく、この場を設けました」
「はいっ わたくし、ユーリ様ほどお美しいお方を見た事がございません!」
「そうですね。あの美貌でもって、子供から大人に変わろうとする時期の、あの危うさがなんとも儚げで……」
この場に居た誰もが、クラウス公爵令嬢の姿を思い浮かべ、ほぅっと熱っぽい息を吐く。
「皆様、クラウス公爵令嬢は本校始まって以来の美貌と、頭脳を持つ才色兼備なお方。まさに我が校の光です。しかし、光があればまた、影も出来るもの」
皆がゴクリと喉を鳴らし、代表に注目する。
「ですから、わたくしはここに宣言致します!」
代表が立ち上がり、その口ではっきりと仰ったのだ。
「ユーリ・クラウス公爵令嬢の、親衛隊を発足致しますわ!!!」