10.醜い獣
ユーリ視点
ルドルフ君との遠距離恋愛が始まり、なかなか会えないもどかしさの中で、私達は数少ない長期休暇に愛を育んでいる。
育んでいるよね?
……私はそのつもりなんだけどね。
「ルドルフ様のご様子がおかしいわ」
乙女ゲームの始まりを間近に控えた15歳の秋、長期休暇で王都の邸に帰ってきた私は、昨日久々に会ったルドルフ君の様子に不安を感じていた。
ルドルフ君は相変わらず、いや、増々カッコ良くなっており、それはもう惚れ惚れするような少年に成長していた。
着痩せするのか普段は華奢に見える体型が、実は細マッチョだという事実に気付いたのは14歳の頃。
今は更に逞しくなっていて、ついつい魅入ってしまったのは仕方ない事だろう。
「それがダメだったのかしら……」
はぁ……。
さっきから溜め息しか出てこない。
「はぅん!! お嬢様ったらますますお美しくなられてっ」
「最近では色気も出てまいりましたわね!」
「蛹から蝶になろうとしている、その危うい色気がたまりませんわっ」
どこに色気があるのか。そんなものがあれば今悩んではいないのだ。
「わたくし、飽きられてしまったのかしら……」
もしかしたら、他の女性に惹かれているとか……?
何だか余所余所しかったし、その可能性もあるのかも…………。
だって鏡に映る私は、何の特徴もないこんなにも地味な女だ。
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ルドルフ視点
ユーリが綺麗すぎて、直視出来ない。
久々に会ったユーリは、その美貌に磨きがかかっていて増々近寄り難くなっていた。それに加え、あの危うい色気は何なんだ!?
あんなのもう、目を逸らすしかないじゃないか!
それがいけなかった。
顔が直視出来ないから目線を下げたら、桜の花弁のような唇が僕の目を釘付けにしたんだ。
花弁のように繊細で柔い、その唇に触れたい。
ユーリと……キスがしたい。
そんな不埒な事を考えてしまった自分に戦慄した。
あの綺麗なユーリを、僕のような醜い人間が、想像でも汚したらダメなんだっ
なのに、なのに僕は…………っ
ごめんっ ごめんなユーリ。こんなに醜いのに、思考まで醜くなって……僕はなんて酷い人間なんだろう。
これじゃあ、ユーリに合わせる顔がない。
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ユーリ視点
明日会って、きちんと話をしよう。
もし他に、好きな人が出来たなら…………っ 悲しいけど、婚約は無かった事にしなきゃいけない。
こういう事は、早く話し合わない、と………………
「ふ……っ ぅ、いやだぁ……っ 別れたくないよぉ……」
その夜、私は一人布団の中で泣き明かしたのだ。
翌日、腫れた目が引く頃、ルドルフ君に会いにスレイン公爵家へと出掛けた。
顔馴染みになっている門番の方にいつものように挨拶し、邸へと入る。
もしかしたらもう、こんな風に来る事もなくなるのかもしれないと思いながら。
ルドルフ君は、いつものように玄関まで迎えに来てくれていて、けれどやっぱりどこか余所余所しくて……目も合わせてくれなくなっていた。
それでも手を差し出してエスコートしてくれる、優しい紳士で、それがとても悲しくなった。
「ルドルフ様、お話がありますの」
私の真剣な声に、ルドルフ君の肩がビクリと揺れた。
やっぱり、他に好きな人が出来たの───……
いつもお茶をするテラスには、すでにお菓子や軽食が並べられてあり、席に着けばメイドの人達がお茶を淹れてくれる。
使用人達が離れていくまで、私達はずっと無言だった。
「ユー……「ルドルフ様」」
何かを言いかけたルドルフ君の言葉を遮ったのは、彼から切り出してほしくなかった、私のささやかな抵抗だったからかもしれない。
「ルドルフ様、わたくしのご質問に、正直に答えて下さいませ」
ルドルフ君は私を見て、決心したようにコクリと頷いた。
「昨日から、ルドルフ様のご様子が……余所余所しくなったように感じておりますの」
「そ、それは……っ」
「もしかして、他に…………っ お好きな方が居られますの?」
膝に置いていた自分の手を、ドレスごとぎゅっと握り、返答を待つ。
息がしづらくて、心臓はバクバクと鳴り、涙がまた溢れてしまいそうなのを我慢する。
「そんな人居るわけないだろ!!? どうしてそんな……っ 僕にはユーリだけなのに! ユーリだけが好きなのにッッ」
泣きそうなルドルフ君の声に、ヒュッと息を吸い込み顔を上げると、
「ごめん……っ ごめんなユーリ……」
私の足元によろよろと膝をつき、謝罪するルドルフ君の姿があった。
「る、ルドルフ様!?」
支えようと腕に触れれば、ルドルフ君は「ダメなんだ」と呟いた。
「なにが、だめなのですか?」
彼の前に膝をつき、そっと頬に手を当てる。
「僕は……外見だってこんなに酷いのに、思考も醜い獣のようになってしまったんだ───」




