~前幕~
私はキャラクターデザイナーとしてここ数年で成功を納められた者だ。自分で成功を納めたなんて言うのも何かおかしいかもしれない。でも元々は趣味でしていた事だ。今はそれで自分の生活を営んでいる。
もっとも、その成功の裏でリアルな私がいる。私は元々テーマパークの従業員として長らく働き、その上司と職場恋愛ののちに結婚をした。間もなく男の子を授かったが、そのタイミングで夫の不倫がわかり呆気なくも離婚。
息子の養育を巡って裁判も起こしたが、元夫の方が勝ってしまい、私は負けてしまった。私は仕事に精をだす余りに育児を放棄していたと言われたのだ。また子供の面倒をいつの間にか愛人である女がみていたという事実までわかり、私は底の底まで沈まされた……。
そんな中でも私は自分の趣味で創作活動をしていた。私のオリジナルで作ったミルミィというキャラクターはのちに大きくその名が飛躍するベンチャー企業の公募に当選、ミルミィを題材にした漫画やアニメ、遂にはコンセプトショップも展開するようになった。
私のこの稀有なプライベートは週刊誌には格好の的となる。特には大原という女記者が中心となって、面白おかしく私の事をベラベラと記事に書き連ねていた。当初は無視してしまえばいいと思っていたが、あまりに事実無根な事まで書いてあったので、私は一度訴訟を起こした事もある。そのときはある程度の示談金を貰って一旦は収まったが……
何はともあれ、元夫の金田と週刊誌記者の大原との諍いがある程度落ち着いた。そんな時のことである。私のデスクに突然謎のノートPCが届いたのは。
事はノートPCが届いた翌日に発展する。金田から電話があったのだ。息子の或斗が行方不明になったと。そこで真っ先に元妻である私が疑われた。警察まで私の事務所に押し入って私は甚だ憤慨した。或斗とは月に1回会う事ができるという制約の中で私は文句も言わず金田との争いに決着をつけたのに……
「では心あたりはないのですね?」
「あるワケないでしょ! 息子と会ったのは先月末です!」
「その先月末からなのですよ」
「え?」
「或斗君が行方不明になったのは」
「そんな……私は車で彼の家まで送りとどけて……」
「彼があなたの車から自宅前で降りたのはビデオで確認しております」
「だったら尚更私を疑うのは違うじゃない!」
「そこから“消えた”のですよ。申し訳ないが彼の最後の姿を目にしたのは佐藤理奈さん、貴女だ」
近藤というガタイのいい壮年の刑事は穏やかな顔をしながらも嫌味を垂らすかのように私を追及し続けた。
「あの、こっちにも可笑しなことは起きています」
嫌な雰囲気が事務所中に漂う中でアシスタントの萌子が例の謎のPCについて話しだした。刑事たちは思いのほか、その話題に関心を寄せる。
「ふむ……機種としてはだいぶ陳腐なモノですね」
「おお、伊達、お前詳しいのか?」
「いや、詳しいってワケじゃないですけど、動きがちょっと鈍い。何かの目的で作られたものなのでしょうね。このファイルは?」
「それがパスワード設定されていて、開けられないのです」
「このシールにある番号を入れればいいじゃないか?」
「お~やってみましょうか」
伊達と言う若い刑事が「2011122421」とパスワードを打つ。するとファイルが開いた。開かれたのは動画ファイル……いやビデオ通話の画面だった。
黄土色の壁がぼんやりと映る。それ以外は何もない。
「でかしたぞ! 伊達!」
「いやいや……でもこれはどこでしょう? 何でこんなことを?」
「来週のクリスマスに何かするつもりなのかもしれませんね……」
「だとしたら、この画面に映っている場所の特定を急ぐか」
「そして佐藤さん、貴女は先程から黙っているが、本当に何か心あたりがないと言いきるのかね?」
「何もないですよ……本当に……」
このなかで私はもう色々疲れていた。
この翌日、今度はテーマパーク「ディスリーランド」運営職員の金田麟次郎が行方不明となる。仕事を終えて車に向かおうとしたところで“消えた”らしい。警察はいよいよ事件性のある一件として私達をマークし始めた。
さらにその翌々日、今度は週刊新海の記者である大原茂代子が行方不明となる。彼女も職場を出てから急に消えていたと言われている。
私は自身の事務所と自宅を兼ねている一軒家にいる。このコロナ禍でも私達は私達の仕事を滞りなくやってきたが、皮肉にも警察の監視入りでの謹慎をお願いされるハメになった。
「リナッチ・ワークス……従業員は佐藤理奈さんと佐々木萌子さんの2名ですか」
「臨時のアシスタントが来ることもあります。専門学校の学生さんとか」
「へぇ~そういうことをしていたりもするの?」
「こういうご時世だから最近はおとなしくしていますけどね……」
「萌子、相手は刑事さんよ、会社の事をベラベラ話さないの」
「はい、すいません……」
「厳しい上司だね(笑)」
「いや、結構優しいのですよ(笑)」
私は少し舌打ちをしてみせた。この伊達という刑事と萌子はここ数日でやたら馴れ馴れしく会話を交わしている。
そしてクリスマス・イヴがやってきた――