第三話 俺専用リョーコ(終局・三)
アラヤはくるりと後方に身を翻し、迫る二体目のフレンチキッス属への迎撃姿勢を取る。
「ヒャッハァ!」
「笑い方も攻めも単調!」
奴の槍の突きを、アラヤはギリギリまで引き付けてから余裕の動きでかわした。
さっきは視覚の異常に気を取られた所為で攻撃を受けたが、元々アラヤは眼で視なくても、相手の精神や魔力の波長に意識を向けておく事で或る程度動きが読めるのである。
そのまま左腕を伸ばして奴の喉元を掴み、後頭部を地面へと叩き付ける。
「ヒギャアア!!」
アラヤは奴の悲鳴を聞きながら自分の眼を右手で覆い、かつリョーコに向けてこう告げる。
「おいリョーコ、さっき声を掛けてくれた事の礼代わりに予め聞いておく!」
「はへっ!? な、なんでしょうかー!!」
リョーコは突然声を掛けられた事よりも、名前を呼んで貰えた事の悦びにテンションがおかしくなって声が上ずっていた。
「今からそこそこ酷い絵面を見せるが、お前ここまで俺の傍に居続けてるって事は、そういうのも見る覚悟が有るからだと思って良いんだよな!!」
アラヤのその言葉に宿っている、語気の強さが尋常じゃなかった。
言っている内容はリョーコの精神を慮るものなのに――。
だがそれはアラヤの心に在る、自分のギラつきは他の人間には受け入れられないのだろうという自信の無さを、しかし恥じずに曝け出しているからこその強さなのだ。
「も、勿論ですーーー!!」
リョーコはアラヤのそんな気持ちを知りはしないが……。
しかしそんな事よりも今彼が見せている真剣に対し、精一杯答える事が大事だと理屈抜きにそう思った。
「――分かった!!」
アラヤは眼を覆っていた右手を離し、痙攣しているフレンチキッス属を今度は頭上へと放り投げた。
――サクス、俺に魔技を掛けて足止めをしたつもりだろうが、逆により明確にお前の位置が掴めたぞ。
先にリョーコにもそうしたように、アラヤはその眼に受けたサクスの魔力を感じ取っていたのだ。
こうなったならもう短期でカタを付ける、その為に必要なのは――!
アラヤはテラー・シェードの力を右脚に集中させて、頭から真っ逆さまに落ちてくるフレンチキッス属の魔力にも感応し、距離を割り出し――
「ハッ!」
――奴の顔面へと、豪快な回し蹴りを叩き込む!
「ハギャアアアア!!」
その衝撃の瞬間、リョーコは何やらメリッという生々しい音を聞き陰惨な気持ちになったのだが、それでも彼女はしっかりと眼を開いてアラヤがやっている事を見届けるのである。
フレンチキッス属は鼻から血を噴き出させながら、再び遥か上空へと打ち上げられる。
この時奴は直感的にこう思う。
自分がこれから、何かえげつない事をされるのだと。
アラヤは見えない眼で奴を追うのはとうに止め、左腕だけを奴に向けて、その赤い爪で印章を描く。
その時たまたま彼が顔を向けていた方向にリョーコが居たのは、その彼女にとってはちょっとしたご褒美だった。
――はうあっ、ア、アラヤ様と目が合ってるぅー!
アラヤは今は眼が見えていないのだから、別に視線が通じ合っている訳では無いが……それはリョーコにとっては全く気にならない事である。
視えない所為で何処か虚ろで、儚げな眼。
なのにその眼の奥には凄まじいまでにギラつく光が、耐える事無く放たれている……それがリョーコには分かるのだ。
――戦意が、激しくなる程に、その内に秘められた甘美さも増していく……尊い……。あ、有難う御座いますぅっ!!
誰に言うでも無く、ただこの状況に対してリョーコは心の中で礼を言う。
そして彼女は、彼の口から特別な意味持つこの言葉を聞く。
「舞い散れ血潮、ブラッド・バースト!!」
――生『ブラッド・バースト』来たーーー!!
レライエ戦の動画で見てその熱さに狂喜の叫びを上げた、あの魔技の名前……直に聞いてみればまた、趣きが違って聞こえる。
彼がその魔技を発現させた……ならばとリョーコははっとして、急いで上空を見上げるのだ。
「――バファッ!!」
そこではフレンチキッス属が叫びにもなり切れない奇声を上げながら、鼻から炎を凄まじいまでに噴き出させていた。
「う、うわぁっ……!!」
――アレ、絶対鼻の粘膜とか燃えてるよぉー……。エグいぃ、でも、そんな容赦の無さも素敵ぃ……!!
そこまで徹底して想えるリョーコなら、アラヤが簡単に手放すという事は無いだろう。
――第三話 完――




