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PLAYLIST―ミルクラテは少し甘い―  作者: 昊青歩心万
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猫と少女を拾った


 これは学校からの帰り道だった。

 小さな橋の下、『拾ってください』と書かれた段ボールに入った一匹の小さな黒猫。その黒猫を三人の若者達が石を投げつけ虐めていた。


 学生服を着崩した、所謂いわゆる 不良と呼ばれる三人組の若者達。その一人が「おらァッ!!」と勢いよく投げた石が、一匹の小さな黒猫の身体に命中する。


「お、当たった! 当たった!!」

「じゃあ、次俺な! 喰らえッ!! 俺様のスーパー豪速球!!」

「なんだよそれ、下手くそ! ドケッ! 俺が手本を見せてやるよ!」


 投げた石が当たり喜んでいる小柄で茶髪の不良、大きく振りかぶって投げた石が盛大に外れた細身のピアスを多数付けた不良、威張り散らした大柄で太った不良。


「よっしゃッ! ベッドショット!!」

「次はぜってぇー当ててやる……! オラヨッ!!」


 大柄で太った不良の投げた石が、小さな黒猫の顔に命中した。小さな黒猫は「にゃッ……!」と悲鳴のような鳴き声をあげて蹲る。

 そんな彼ら三人の非道な行為を、許し難い光景を目の当たりにして、彼――宇治薫は見て見ぬふりなど出来やしなかった。


「やめろよ虐めるの。可哀想じゃないか」


 ――パシッ。黒猫へ勢いよく投げられた石を右手で受け止める。


「あ? 何だお前」

「ケケケケッ。なんだコイツ。聞いたか? 可哀想じゃないかだってさ。舐めてっと痛い目見るよォ〜?」

「おいおい……。誰だか知らねーけどよォ、いきなり出てきて何だお前? なに説教垂れてんだァ?」


 黒猫との間に割って入り、突然現れた宇治薫に三人組の不良は苛立ちを浮かべた。


「オラァ!」


 響く鈍い音、転がる身体からだ、汚れた衣服。対象は小さな黒猫から宇治薫へと代わり、ただ無抵抗に宇治薫は三人組の不良達から殴られていた。


「どうした! なんか言えよ! 正義漢ぶって出てきた割にはその程度かよ!!」


 蹴飛ばされ転がった身体。直ぐ近く、手の届く先には小さな黒猫がいる。酷く怯え、小刻みに身体を震わせて。


「ごめんな。でももう、大丈夫だから」


 宇治薫はそっと手を差し伸ばし、小さな黒猫の頭を優しく撫でた。


「テメェ……無視してんじゃねぇぞ……!」


 すかしたように、まるで自分達を気にも留めずにいる、その態度。苛立ちを募らせた大柄の太った不良は宇治薫の胸元を掴み上げた。見るに宇治薫の顔には赤い腫れや、血の滴る切り傷が出来ていたが、それでも「オラッ! オラッ! オラァヨッ!」と必要以上に、大柄の太った不良は顔を殴り続けた。


「おい、太志ふとし……。もうよせって……」

「こんな変なやつ、もう放っておこうぜ……」


 流石に一緒いた小柄で茶髪の不良も、細身でピアスを多数付けた不良も、その光景にやり過ぎたと言わんばかりに不安な表情を浮かべた。

 そして「ハァ……ハァ……」と息を切らして大柄の太った不良が疲労を見せ始めた頃――――……


「もう、気は済んだか?」


 宇治薫は平然とそう言葉を発する。


「カッチーン。頭きた。てめェ、マジぶっ殺す……!」


 その一言がより一層 大柄で太った不良の感情を逆撫でさせてしまった。拳を強く握り、大きく振りかぶる腕。そして、一切の躊躇いなく振りかざ……そうとした時――――……


「|Hey, fucking guys《よぉ、クソ野郎共》. |It looks very fun《とっても楽しそうじゃねーか》」


 どこからともなく、その声がかかった。

 穏やかで明るく優しげな声色に少しの静寂が訪れる。

 そして、「あ?」と青筋を浮かべて大柄で太った不良が振り返った その先には、見知らぬ少女の姿があった。


「 What| is that game called《それは何て言う遊びなんだ》? | Please count me in《私も仲間に入れろよ》」


「……誰?」と宇治薫の口から言葉が漏れ出た。

 小さな橋の上、その手すりに腰をかけて見下ろす少女の姿。肩まで伸びた桜色の髪はさらさら靡き、まるで春風に舞う桜の花びらのよう。身に纏うはセーラー服でも、話す言語が、日本人には見えない整った顔立ちが、異国の人間を醸し出していた。


「うっひょー! 外国人!? それともハーフ!? 超絶可愛いじゃん!!」

「英語か? なんて言ってっか分かんねー……」


 小柄で茶髪の不良と細身でピアスを多数付けた不良の二人の反応に少女は自身の言葉が理解されていない事を悟ると


Oh, shit(あぁ、クソッ)……. It has| to be in Japanese《日本語じゃねーと》……」


 そう少女は小声で発した。


「でも……所々汚い言葉使ってる気がするのは気のせいか……?」

「気のせいだろ。俺たち馬鹿なんだし分かるわけねーじゃん」


 よくない表現の英単語が聞こえた気がしたと、細身のピアスを多数付けた不良は語るが、横にいた小柄で茶髪の不良が首を傾げて否定する。

 すると、――スタッと身軽に少女は橋の上から飛び降りた。


「ねぇ、その遊び 私も一緒にまぜてよ」


 そして徐に歩み近づくと、今度は日本語で言葉を発してきた。


「日本語喋れんじゃん! つか、なに!? 俺達と一緒に遊びたいの!?」

「なんだ、やっぱ気のせいか! めちゃくちゃ良い子そうじゃん!」


 少女の言葉に二人の不良は嬉しそうに食いつくが、大柄で太った不良は 「なんなんだよ……今度は……」と 怪訝な表情を浮かべている。


「太志、そんな奴ほっといてこの子と遊ぼうぜ!」

「そーだよ太志、野郎より可愛い子ちゃんだろ!」


 二人の不良に説得され「チッ……」と舌打ちをすると、大柄で太った不良は掴んでいた胸ぐらから手を離し、宇治薫を放り捨てた。


「そうだな。こんな奴虐めててもつまんねーし」


 そうして、少女の言葉を聞き入れ三人組の不良は一緒に遊ぶことにした。


「ほんと!? 良かった、ありがとう!」


 その嬉しそうな少女の様子に三人組の不良は(笑った顔、ちょー可愛い〜!)と顔を赤くしだらしない笑みを浮かべる。

 そんな浮かれた気分で、大柄の太った不良が徐に少女へ近づいた時だった――――。


「それじゃあ、なにしてあそ――――……!?」


 ――――ドンッ!!

 強力な右ストレートが、無慈悲に顔面にめり込む。

 それは言葉を言い終わる間もなく、起きた事柄に理解できる間もなく、 一瞬にして大柄の太った不良は地面に背中から倒れ込んだ。


Yeahhhh(よっしゃぁあ――ッ)!! |Oh Fuck yeah《やってやったぜ――ッ》!! I killed |the fat-ass with one《豚野郎を一撃で仕留めてやったッ》 !!!」


 その場に響くのは少女の歓喜溢れる声。

 少女を除く、誰もが膠着し、誰もがその状況を理解できずいた。ただゴクリと唾を飲み、沈黙の中で地面に倒れて意識を失う、大柄で太った不良に視線を向けるだけ。


「……は? なんなんだよこれ……? おい、太志……!?」

「おい!? おまっ!? いきなり何して……!!?」


 そして沈黙が解け膠着が緩んだ時、驚愕と動揺を浮かべて語った二人の不良の言葉に、少女は首を傾げてほくそ笑む。


「 |What the fuck《は、何言ってんだ》!? |Are you nuts《気でも狂ったのか、お前》?

 こう言う遊びでしょ? アナタ達さっきまであの子殴ってたんじゃん?」


 つい今まで殴られていた宇治薫のことを指し、少女はそう言うと、徐々に二人の不良へ歩み始める。


「間違ってないよね? 私。ねぇ? そうだよね? 」

「いや……その……」


 近づいてくる少女に恐怖で体が固まり、顔が引き攣った。そして、とうとう目の前へと来た時、少女は「うふふっ!」と笑って拳を構えるのだ。


「私は名前ほど甘くはないよ」

「あ……は……? え……!?」


 ――ドンッ! 次に少女の強力な右ストレートを喰らったのは細身でピアスを多数付けた不良。「ぐへっ!」と顔を歪ませながら吹き飛び、地面に転がった。


Gotcha(しゃッ)!! Thi|s is the second kill《これで2キル目だ》!!」


 またも一撃でしたことに少女は嬉しそうに喜んだ。


「ちょ……なんだよこれ……意味わかんねーよ……!?」


 そろりそろりと、恐怖を浮かべながら後退りをする小柄で茶髪の不良。


I mean(なぁ)!! |Did you see that《今のみたかよ》!? |He said, Guhe!!《ぐへっ、だってさ》 !」


 少女は地面に転がる、細見のピアスを多数つけた不良を指差しながら無邪気に笑い、宇治薫に英語で語りかけた。そして「Okay(さて), |next is the last one《次でラストだ》!」と発すると最後に残る小柄で茶髪の不良へと歩み寄る。


「んふふっ♪ |One Shot One kill《一撃必殺》♪ |One Shot One kill《一撃必殺》♪ |One Shot One kill《一撃必殺》♪」


 軽やかに鼻歌を奏でながら一歩一歩と近づく少女の光景に「ハハハッ……なにその鼻歌……?」とツッコむべき箇所を見失いながら宇治薫は困惑していた。


「|Are you ready《覚悟はいいかよ》? Hey,| You fucking asshole《そこのゲス野郎》」


 にんまりと笑い少女は拳を握りしめる。

 しかし、少女がその握った拳を放つ機会はやってこなかった。


「す、す……すみませんでした――――!!!!」


 少女のあまりの怖さに、倒れる仲間を見捨てて小柄で茶髪の不良は一目散に背中を見せてこの場から逃げていった。


Holy shit(は、嘘だろ)!? |What a boreんだよつまんねぇな!!」


 その光景に少女は不満を漏らすと「Maybe it was| just my imagination《オーラを感じたのは》 |that I felt the aura《気のせいだったのか》……?」と小声で語り、宇治薫の方へ振り返える。


「ほら立てる?」


 少女は地面に尻をつく宇治薫の元へ歩むと、手を差し伸ばす。


「あ……ありがとう……」

Huh(へぇ), |Quite an actor《とんだ俳優だな》」

「……え、なんて?」


 少女の、その手をとって立ち上がると宇治薫は不思議そうに首を傾げた。


「なんでもないよ。それよりここ、切れちゃってるね」

「……これくらい平気さ」


 左頬を指し顔を覗き込むように見てくる少女に宇治薫は少し戸惑いを浮かべる。

 そして、少女は「そっか」と微笑むと、徐に段ボールの中の小さな黒猫へと歩み寄った。


「……あれ。なんだよかった。ピンピンしてるじゃん。お前も意外としぶといんだね」

「ニャ〜」


 段ボールの中の黒猫は思いの外、と言うより目立った傷が全く見られなかった。問題なく元気な姿に、少女は安堵を浮かべ黒猫の頭を撫でる。


⌘ ⌘ ⌘


小さな黒猫の入った段ボールには『拾ってください』と書かれている。


「その子どうするの?」

「家に連れて行くよ。このままじゃコイツには行くところもないし、食べ物もないから」

「ふーん、そっか」


 まだまだ小さな子猫。そんな黒猫を放っておけない宇治薫は、段ボールごと拾い上げて家に連れ帰ることにした。


「じゃあ俺はこれで。悪かったな、助けてもらっちゃって」


 そう言って宇治薫が、この場から立ち去ろうとした時、少女は「ちょっとまって」と声をかけて制止させる。


「なに?」

「行くところもない、このままじゃ食べ物もない。

 それ、その子だけじゃないよ」

「どうゆーこと?」


 少女のその言葉に宇治薫は首を傾げた。


「わからない? 」


 一体何を言ってるんだろうか。


「私」


 宇治薫の頭の中は(え、なにこれ? なぞかけ? クイズ?)と更に困惑していた。


「私よ」

「……ワカラナイ」


 二度言われても分からないものはワカラナイ。


「何で分からないの? そのままの意味だよ」


 宇治薫の反応に、少女は段々と呆れた表情を浮かべていく。

 だが、それでも――――……


「ワカラナイヨ」


 何を言ってるのかさっぱり意味がわからない。


「「………………」」


 両者に沈黙が生まれ、(もしかして、俺……? 今、何か試されてる……?)と宇治薫は少女の反応を伺いながら出方を伺っていた。

 すると――――……


「……私……もう、お腹が――――……」


 ――バタンッ。唐突に少女は膝から崩れるように前屈みに倒れた落ちた。そして、どうやら意識を失ってしまったようだ。

 宇治薫は腕に抱える段ボールの小さな黒猫に、困惑の滲んだ瞳を向ける。


「にゃ〜」


 小さな黒猫の無垢な瞳と視線が重なり、その鳴き声は何か言っている気さえした。

 宇治薫は上を見上げて、空に向かって言葉を吐く。


「へい、神様……。俺は今、何か試練を与えられているのでしょうか?

 どうか拾っていいなら、拾ってくださいと書いてください……。人間の女の子にも……」


 そうして――――一匹の黒猫と一人の少女を宇治薫拾った。

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