3振目 慈愛ともてなしの国『アンティカ』
田尻は、怒り狂うゴリラの怪物「マッスリラ」を前にして、ただ自分の手元にあるそれを見つめた…。
今自分の手元にある「武器」と目の前の「敵」を見比べながら、だんだんと口元が緩んでくる…
「ぷう…ぶあっはっはっは!これは何なんだよ!神様もおふざけが過ぎたみたいだなあ!綿棒で何かできるってんだよ、おい!!」
そういいながらも、彼の顔はそのセリフとは不釣り合いな、初めてディズニーランドに来た子供のような顔をしていた。
初めてのピンチ!初めてのスリル!これだ!これなんだよ!俺が求めていたもんは!
今までが運が良すぎて生きる意味を失ってしまっていた田尻にとって、このような窮地ほど、彼の闘争心を焚きつける。
「何にやにやしてるんですか!このままじゃあ、確実に俺たち、こいつに食われちゃいますよお!」
大柄ながらも、その図体からは想像もできないようなひ弱な声で訴えてくる。
だが、依然として田尻はそういわれれば言われるほど、自分で自分を抑えられなくなっていった。
「だからいいんだろ!こんなスリル!現実世界じゃあ味わえなかった。やってやるぜ!やれなくても喜んで死んでやるぜ!こんなスゲー体験して死ねるんなら、俺は本望だあ!」
田尻は、そう叫ぶと有無を言わず自分より何倍もの体格を持つマッスリラに突進していく。
マッスリラも田尻の殺気を感じ取ったのか、雄叫びを上げて右こぶしを振るかざした。
「俺が向こうでどれだけこういう系統のRPGやってたか知らねえだろくそゴリラ!お前みてえなボス級キャラは、初手右ストレートがお決まりなんだよお!」
そして振るかざされる渾身の右ストレートを、若干ギリギリのところで体をねじって回避した。
地面に直撃したこぶしの衝撃で森の草木はさざめき、大地が音を上げて揺れる。
「ひいええええええええ!」
村人はたまらずしりもちをついてしまった。
田尻もその衝撃にはさすがに足がくすんだが、それでもマッスリラのひところ目指して走り続ける。
マッスリラは、えぐれた地面からゆっくりとこぶしを上げ、自分の手を確認するも、田尻を殺し損ねたことに気付き、さらに怒りをあらわにした。
森中に、マッスリラのドラミングが響き渡る。
「ああああああああああ!やめてくれよおおおお!鼓膜が破れちまうううう!」
村人はたまらず地面にしゃがみ込み、耳をふさいだ。
が、それでも田尻は足を止めない。いや違う。止まらないのだ。田尻の本能が、それでも立ち向かえと、彼自身を焚きつけるかのように…
「勝ち目は…ゼロじゃない!俺は、俺が勝つに、人生賭ける!」
と、どうしたことだろうか。マッスリラは辺りをきょろきょろと見始め、顔を真っ赤にして何かを探しているようだった。
体長が5mもあるマッスリラ。その大きさが逆に、田尻に味方したようだ。
先ほど怒り狂って我を忘れてしまった時に、田尻の場所を特定できなくなってしまったのだ。
「なあに探してんだ、くそゴリラ…俺はここだ…ぜ!」
と、いつの間にマッスリラの首元までよじ登っていた田尻は、マッスリラが自分に顔を向けたその一瞬をついて、目玉にあの「綿棒」を渾身の力で突き刺した。
「ううううがああああああああああああああああ!」
「どうだこの野郎!目玉、頂くぜ!ヒョロガリのヒョロガリによる綿棒攻撃のお味はどうよ!」
目玉からは血が噴き出し、田尻は返り血を浴びて立派な勇者のコスチュームは赤黒く染め上げられた。
マッスリラは、あまりの激痛に耐えかねて、その場に座り込んでしまった。
「おいおい、もう終わりかよ…まだまだ楽しめるよなあ…なあ!」
俺は返り血を浴びたことによって興奮が頂点に達していたのだった。
「ゆ…勇者の言うセリフじゃない…!」
村人はすっかり腰を抜かしてしまったようだ。
「…るせえな!てめえは黙ってろ…。てかさあ、ゴリラくん。目、痛いだろ。戦う気、失せただろ?俺にはお前を処分するだけの力はねえからさ。ここはおとなしく帰ってくれるか?」
事実そうだ。これ以上暴れられると、現時点で俺に打つ手はなく、ゲームオーバーだ。だから、俺はこいつが先ほどに攻撃に値を上げて、帰ってくれることに賭けてみることにした。
ここでも、結局賭けかよ…。
いつもなら、思い通りに行くが…今回はどうだ?
この世界は、そうそう甘くはなかった。またしても、田尻の読みは外れたのだ。
マッスリラは戦意喪失どころか、先ほど以上の雄叫びを上げ、こちらに突進してくるではないか!
「終わりだ…もう、あいつに食われるのがオチだ…」
村人は完全に生気を失い、呆然と立ち尽くした…
しかし、田尻はむしろ、今までに一度もしたことがないような満面の笑みを浮かべた。
「あ!参った!俺の負け!さいっっっこうに楽しかったぜえ!ありがとな、神様!最後にいいもんくれてよ!」
田尻は、突進してくるマッスリラを受け入れるかのように大きく腕を広げた……
「雑魚相手にいつまで戦うつもりだ…このアンラッキー勇者が…」
漆黒の夜空に豪快な斬撃の音が鳴り響く...
と、いつの間にか先ほどまで突進してきていたはずのマッスリラは、俺の目の前で真っ二つになって倒れていた…。
「た…助かったああ……」
筋肉質の村人は、しばらくその場から動かなかった。それは田尻も同じだった。
「…何が…起きたんだ…?」
「ヨッシーーーーーーー!!!!貴様ああああああああああ!」
後ろから、マッスリラに負けないぐらいの音量の叫び声が聞こえてきた。
と、後ろを振り向くと、そこには黒くて長い髪をポニーテールにして纏め、体には少し露出の多い鎧をまとい、いかにも戦乙女といった風貌の女性がいた。
どういう訳か、こちらに向かって歩いてくる。
かわいらしい顔立ちをしているが、今は何に対しての怒りか、顔がしわくちゃなのでそれも台無しになってしまっている。
「ヨッシー…?お前が?」
田尻は一応村人に確認してみた。
「違います!俺はダグラスっつーもんで…」
「…てえことは…?」
田尻の本名は吉雄。普通に考えれば、それが自分のことでありることは理解できた。
と、彼女は彼の目の前まで歩み寄ってきて、いきなり彼の頬を勢いよく打った。
「…………っつ!」
森中に、スナップの利いた音が響き渡る…。
「はえ?」
「……!貴様、このダンジョンは貴様一人で行くからと、堂々と一人で出発しておいて、何だこのざまは!今何時だと思ってる!夜の7時だぞ?貴様がギルドを出てから、早6時間は経過しておるわ!何をしていた?思ったより苦戦していたのか?それとも、道がわからず、困っていたのか…まさか!私たちに黙って違う女と…」
「…お前、さっきから一人で話てっけど、何か、メッチャ心配してくれてんのな。」
「……!うるさい!うぬぼれるなこのダメ勇者!」
再び夜の森に、気持ちがいいほど盛大なビンタの音が木霊する。
「…ってえな!何なんだよお前!」
「心配して何が悪いのだ!この戦士『ルージュ』!貴様のパーティーの一員として、愛しの...いいや違う!大切なリーダーが6時間も留守にしていて、黙って待ってろとでもいうのか?」
田尻は驚いた。こっちの世界の田尻はすでに、パーティーメンバーをそろえているらしい。状況を理解した田尻は、そのテイで話を進めることにした。
「ああ!なるほどな!迷惑かけて悪かった…」
「ああ、助かったあ!この獣を切ってくれたのはあなたですね!」
と、ヨシオとルージュの間に、村人のダグラスが割って入ってきた。
「え…ま、まあそうだが…」
「あなた方二人とも、私のために戦ってくれて、本当にありがとうございます。お礼をしたいので、今夜は私の村にいらっしゃいませんか?村人一同、手厚く迎え入れさせていただきますので……。」
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「こんなのでいいのかねえ…俺。」
「先ほどから独り言が過ぎるぞ…。食べないのか?せっかく村の人たちが歓迎してくれているというのに…」
ここはダグラスの暮らす「ネーバ村」。ヨシオとルージュは、村の大事な一員を救ったとのことで、酒場にて手厚くもてなされていた。
ヨシオは、現実世界の「ビール」に相当する飲み物「ジョリー」を片手に、何やら居心地が悪そうにしていた。
「いや、その、俺はあのゴリラの目玉を潰したってだけで、倒したのはお前だし…。それにこっちは金稼ぎでモンスター倒してるだけだろ?こんなにもてなされていいもんなのかあと思ってさ。」
それを聞いたルージュは、ヨシオの額に優しくデコピンをした。ヨシオは少しドキッとしたが、彼女の顔の赤らみが酒からくるものであると理解して、一気に平常心に戻る。
「なあにバカなことを言っているのだ。ここは慈愛ともてなしの国『アンティカ』だぞ?私たちが暮らす街だって、そのほかの街だって、同じことがあったらみんな同じ対応をしただろう。お前のように、目の前のものに必死にあらがっている奴の大切さをみんな分かっているのさ。」
ヨシオはジョッキを手に取り「ジョリー」を嗜む。ほんのりほろ苦いが、村の人の温かさが詰まっているような気がした…。
「ところでさ…。」
「おお、どうした?質問とは珍しいな。」
「俺って、いつもどういう戦い方してるんだっけ?」
その言葉を聞いてルージュは目を丸くしたが、何故かだんだんと口元を緩め始めた。
「ははあん。さては貴様もだいぶ酔ってきたなあ。自分の事を他人に話させるなど…。」
「はあ?」
「大方、私を試しているのだろう…私を見くびってもらっては困るな…。貴様の事に関しては、朝の起床時間から、食の好み、下着の色まで熟知している…。」
「お前…いや、なんでもない。」
ヨシオはある事を言いかけたが、辞めた。それはあまりにもデリカシーのない発言であるし、恐らくまたビンタを食らう羽目になるだろうから…
「では聞いてくれたまえ!そして感じてくれたまえ!私がいかにして貴様を愛…うおっほん!見ているのかを!」
「お、おお…」
「貴様の能力…。それは、『賭』だ!」
「ぎ…ギャンブル…」
「そう!戦闘開始時、貴様の手元には正十二面体のサイコロが転送され、それを振り出た目によってそのサイコロは様々な武器に変容する!その状況で送られてきた武器をいかにして使うかがカギの能力だが、たまに明らかに無茶苦茶なものまで転送させる、運任せの能力だな。」
「た、例えば…」
「お前は運が悪いからな…。私が見た中で一番最悪だったのは「裁縫セット」なる代物だな。確か、2の目だった気がするぞ。あれをどう戦闘に使えばよいのか私にはわからんが、お前はそういうものを引くときに限って…ん?どうしたのだ、ヨッシー」
ヨシオの耳には、これ以降のルージュの話は入ってこなかった。
この世界でも、俺は生きるために賭け事を強いられるのか…全く、穏やかじゃない。
だが、今回は違う。俺の生まれ持った強運はこの世界ではリセットされている。それは先ほどのゴリラ戦とルージュの証言から明らかだ…
サイコロを振るまで、どうなるかわかんない…!そう、これだよ、これ!俺が求めていたもの!スリル!チャレンジ!
「ありがとう!ルージュ!」
ヨシオはワクワクとドキドキで胸がいっぱいだった。
「ありがとう…だって!?私が貴様の入浴をのぞき見していたことがそんなに嬉しかったのか⁉」
ヨシオには、ルージュの声は聞こえてはいなかった。
「よおし、こうしてはいられねえ!ルージュ!次の戦いに向けて、たくさん食うぞ!」
ヨシオは目の前に置かれた焼き鳥のような料理を、一気に5本口の中の頬りこんだ
「そうか~嬉しかったか~…ムフフ!何なら今度、一緒に入ってやらんこともないが…ヨッシー!それをそんなに一気に食べては…!」
ヨシオが手に取ったそれは、この国一番にからいとされる名物「ヨヌシ=カテギラス」という代物だ。一気にそれを頬張ったヨシオは当然…
「……!辛いいいいいいいいいいいいい!」
たまらず口から火を噴き、村人一同大騒動となった。
「はあ…本当に貴様は…誰よりもついてないな。」
更新は大体二週間に一話ずつと思ってください。かけるときは、一日に連続投稿することもあるかもしれませんが。