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2振目 ~運ゲー再び~

2振目 ~運ゲー再び~






「…い。おい!あんた!いつまで寝てんだ!」


「…!?」


意識がなくなるのもつかの間、田尻は何者かによって叩き起こされた。




「…ここは?」




田尻は混乱した。つい先ほどまで、自分の部屋にいたはずなのに、ここは見渡す限り木々。

彼は、どこかも知らない森の中にいた。




「…!そうだ、腹の傷!」




俺は先ほど後輩に刺されたことを思い出し、すかさず腹を確認する。が、血の跡もきれいさっぱりなくなっており、痛みも全く感じなかった。




「…死後の世界か…なるほど」




「死後の世界だって⁉一体何を寝ぼけているんだあなたは!」




田尻はその何者かによって思いっきり体を揺さぶられた。




「…!なんだよ!お前…は…」




田尻は、その姿を見て、言葉を失った。


身長は2メートルを優に超えているであろう大男で、筋骨隆々、いかにも強そうな体つきだ。


一番驚いたのはその服装だ。それは幼いころ、友達とハマったゲームに出てくる村人のような服装で、最初は新手のコスプレイヤーか何かと勘違いをしてしまった。


否、コスプレにしては、その姿に似合いすぎている。まるで、本当にあのゲームの登場人物が目の前にいるかのよう…。


田尻は足りない頭を短時間でフル回転させ、一つの結論にたどり着いた。



今の田尻はいたって冷静だった。しかし冷静に考えても答えは一つしか浮かばなかった。さっき確かに死んだはずの人間が、ファンタジーチックな男を前にして息をしているこの状況…





「まさか…これ…異世界転生…ってやつか?」






独り言を呟いて、自分の質問に対して何も答えようとしない田尻に対し、男はしびれを切らしているようだ。




「ん?なんで黙ってんだ…。おーい、寝ぼけてんのか?」


「…あのぉ…。ここってどこなんですか?」




田尻は素朴な疑問を彼に投げかける。




「はあ、あんた!寝ぼけすぎにもほどがあるって!ここはアンティカの辺地、『迷いの森』!あなた、ギルドの方から怪物の討伐に来てくれた勇者様だよな?」




「あんてぃか?…うーん、ま、いいや?んで?勇者がこっちに来るってことは、何か化け物が出たってことね。わかった。それじゃ、勇者が来るまで、俺と一緒に逃げようか?お前」




田尻がそういうと、男は、話がかみ合わないとこっちにゆびを指して叫んだ。




「いや、だから、あんたが勇者だから、何で寝てんだ!って話だろ⁉そのあんたが付けてるマントは、この国の勇者の証!間違えてるとは言わせねえぞ?」




田尻は必死になって訴える大男を見据えていた。




「マント? 俺マンとなんかつけてな…」




言われるがまま後ろを振り返ると、田尻は自分の身に起きた驚愕の事実に、しばらく絶句した。



「…これは…一体…」



田尻の身なりは、先ほどのくたびれたジャージ姿とは異なり、この世界では、かなり身なりが整っているほうであろう、黒のTシャツに白の長ズボン、背中には、朱色の少し大きめのマントをなびかせている。


マントには何やら金の文字で書かれていたが、田尻が知っている限り、地球上のどの言語にも類似しておらず、解読することはできなかった。 


恐らく、この国の共通語か何かだろうと、田尻は踏んだ。


が、そんなことは今はどうでもよかった。



勇者!? 俺が!?



田尻は神を呪った。彼は死に際に願ったはずなのだ。

運などいらないから、来世では、普通に幸せに過ごしたいと…


勇者など、そんな人生の勝ち組にしてほしいと頼んだ覚えはない。

どうせ、秘められた力だの、魔王を退けた英雄などと称えられ、生涯を過ごすのだ。




「こんなイベント…いらねえっての」




田尻は膝から崩れ落ちた。




「何ヘタレているんだ!急がないと、近いうちに怪獣『マッスリラ』が襲って…」





時すでに遅し。木々がなぎ倒されるような轟音が森中に鳴り響き、木に留まっていた小動物たちが、けたたましい鳴き声をあげて我が我がと逃げまとう様子が確認できた。





「ウホおおおおおおおおおおおおおおおお!」





鼓膜をえぐり取らんばかりの大きな雄叫びが大地を揺るがす




()()の一歩一歩が、この惑星のあらゆるものを破壊する




討伐難易度★★


巨大類人猿 『マッスリラ』  体長5m 体重2トン





()()はもうすでに、地面にへたり込む田尻の目の前に姿を現してた。


そのなんともおぞましい顔つきは、まさに頑固おやじを連想させるものだった。



「ほら!言わんこっちゃない!どうするんだ!倒してくれるんだろ!」


男はマッスリラにおびえて、その立派な体つきには似合わないような、情けない声を上げている。




「…ったく。しょうがねえなあ。」




田尻はいつもの調子で重い腰を持ち上げた。


どうせ、自分はいつもの運で、きっとチート級の力かなんかが発動してこのゴリラを倒せるのだろう。


できればもう一度転生しなおしたいと思ったが、何より、目の前でおびえている人間を見殺しにするわけにはいかない。


田尻は、一歩、また一歩と、マッスリラに近づいていく。


マッスリラ側も、こちらをかなり警戒しているようだった。こちらを睨めつけ、牙をむき出し威嚇の体制をとっている。


一方で、田尻の目は死んでいた。いつもの、競馬場の田尻の目だった。



…すぐに終わらせよ…




と、構えの姿勢を取ろうとしたときに、ふと重要なことに気が付く。




仮にも田尻が勇者であったならば、伝説の剣や魔法の杖など、装備していてもおかしくないはずなのだ。それなのに…


田尻は、服装が立派な割には、盾や剣、杖などの武器を一切所有していなかったのだ。



何かの間違いだろ? 田尻は今一度冷静になった。





「…ああ、あれか?指からビームが出せる的なやつか?」




と、マッスリラの眉間に向けて指を突き立て、田尻は大声で叫んだ。




「くらえ!俺の破壊光線を!」



…………



…しかし、彼の指からは何も発射されず、辺りはしんと静まり返った。

マッスリラと村の男は、目を点にして田尻を見つめた。


「う…嘘だろ?」


勇者に転生したんだぞ!?武器もなければ力もない勇者なんて、おかしいに決まってる。何か、何かあるはずだ!


己のエゴから焦った田尻は、慌てて自分のズボンのポケットをさすった…



…………



と、右ポケットの奥の方で何かに触れた。


「!?なんかあるぞ」


田尻はすかさずそれをポケットから取り出した…




それは正12面体に1から12を表すであろう文字が刻まれたサイコロだった。


何かの木でできており、赤い絵の具のようなもので表面が塗られてある作りだ。


直観ではあったが、田尻はこのサイコロに何か引っかかっるものを感じた。



ひょっとして、これが武器なのではないか?




「…これを試すか」



マッスリラと男が見守る中、田尻はマッスリラの目の前まで近づき、そこで先頃を振って見せた。





田尻の予想は的中したようだった。サイコロを振った次の瞬間、眩い光が田尻たちを包み込んだ。




「ううぇああああああああああああああ!」



マッスリラは光に錯乱したらしく、奇妙な声をあげた。



「ああ、はい。結局これで退治完了だろ?つっまんな。」



の、ように思われた。だがしかし…






と、すぐに光は引いてしまい、サイコロは投げた位置にそのままの状態でポツンと転がっていた。


マッスリラには、何のダメージも与えられていないようだった。こちらをなお一層睨めつけ、今にも攻撃しそうである。


「…は?さっきからどうなってやがる…」


田尻は焦りに焦って、乱暴にサイコロを拾い上げて、あらゆる面をつつき回した。




と、田尻は思わず驚いて腰をついてしまった。


先ほどまで、サイコロを持っていたはずの手にサイコロはなくなり、代わりに…



田尻もよく耳掃除に使っていた、「綿()()」が…



「は?…め…綿棒…」



『一ノ目、景品トシテ、綿棒ヲ贈呈スル』


どこからともなく、機械音的なアナウンスが流れ、辺りは再び沈黙と化した…。




田尻は、手のひらの綿棒を見つめ、呆然とした。


彼が初めて、運に見放された瞬間だった。



つまり、俺に、この綿棒であの巨大猿を倒せと?





それはさすがに…絶望的すぎる…



「うっほおおおおおおおおおおおおおお!」



しびれを切らしたマッスリラは、とうとう待ちきれず、田尻に対して渾身の雄叫びをあげる。




田尻はこわばった表情で、後ろにいる男に顔を向けて、苦笑いしながら彼はこう言うのだった。







「わるい…俺じゃこいつは討伐できないかも…」





しかしその眼は、底知れぬ輝きを放っていた…

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