比呂の戦闘の回想と移動住居
前回の雅彦の演説を聞いて違和感のある読者がいたかもしれないが、あの下書きを作ったのは比呂であった。
彼が参考にしたのは、アメリカの映画などでよく出てくる演説などをアレンジしていた。
「まぁ、あんな演説、日本人にはちょっと思いつかないでしょ」
…などと思っていたのだが、思った通り効果は絶大であった。
日本人相手にアレをしてしまうとドン引きするかもしれないが、西洋人に近い彼らにはやはりあのように分かり易く感動と笑いとを織り交ぜる演説ってのは響くのだろう。
今後、この村が発展していくのであれば、今以上に多くの民族や出自、宗教、考え方などが全く違う人たちが集まってくることは間違いない。
ならば、そういう人たちをまとめていくリーダーシップが必要になってくる。
最も参考になるのはやはりアメリカ的なリーダーシップだろう。
秀明は雅彦こそスピスカ=ノヴァを率いていく人物になる器だと考えていたが、比呂も雅彦を上手く担いでいけば、彼は将来的に優秀なリーダーになっていくと思っていた。
今回の戦いでは、彼の才能を示すよい機会となったように思う。
今回は当初の計画に反して、敵に大きな犠牲者を出させる総力戦となってしまったわけだが、雅彦はこれまた予想を遥かに上回る凶暴な敵に直接戦い、しかもこちら側の犠牲者を全く出させることもなく勝ったということは非常に大きい収穫であった。
これから先の戦いでは、守るだけでは勝ち残れないことは明らかであった。
だから、一度はこのような形で敵と直接戦い、敵の憎悪や殺意を浴び、さらに大量の敵の『死』を目の当たりにする経験を積む必要があった。
また、今回の戦いは少し前までは敵であった傭兵部隊を直接指揮し、しかも言葉がロクに通じない彼らと連携して戦うという離れ技までやってみせた。
傭兵部隊が比呂の想像を上回り強力で優秀な戦闘部隊であったということもあるのだが、敵が今回の戦いでクスリを服用することによる狂戦士化するという予定外の出来事があった事も考えると雅彦の指揮能力の高さはやはり評価に値すると思った。
また、多くの敵を直接薙ぎ倒していったと言えば、秀明と影山氏のコンビによる襲撃は予想を上回る攻撃力を示した。
比呂としては彼らに、敵の後方を適度に撹乱してもらい、食糧に火を着けて撤退を促進させてくれれば良いという程度にしか思っていなかったのだが、よもや敵将の首を刎ねてくるとは思わなかったのだ。
比呂は戦いの後、敵の死体の処理のためにゲレンデに出て、敵の死体の多さに驚いた。
ざっと見ただけで軽く80人近くの兵士が殺されていたからだ。
親父である秀明や影山氏が持っていた武器は、ライフル銃もあったが、他にはインパルス消火銃、そして日本刀があった。
今回、敵を最も多く仕留めていたのは日本刀によるものだった。
敵の多くは軽装騎馬弓兵だったらしいが、その弓矢による攻撃を機動力で交わして接近しては刀で惨殺したというのだから恐れ入る。
二人は元々、剣道の達人ではあったのだが、竹刀と日本刀とではもちろん大きな違いがあるはずだ。
親父は最初の敵の襲撃で居合抜きを披露して敵兵を斬殺していたのだが、影山氏は今回、実戦は初めてだったのだ。
しかも彼らは戦いの前に100メートル近くの崖をランクルで降るという離れ業までやっている。
敵としても驚いたであろう。
よもや背後からあのような形で、あのような乗り物に乗ったバケモノ二人に突如襲われた訳だから。
まぁ彼らがあそこまで戦果を残せたのはやはり雅彦が敵の主力を林道の奥に引き込み、ゲレンデに残っていたのは騎馬兵のみであったということが大きかったわけだが。
予想外の出来事は多くあったが、今回の戦闘は全体としてほぼパーフェクトゲームであったと言っていいだろう。
比呂としても自分の戦術立案に自信が持てる結果となった戦闘であった。
…………………………
ここで雅彦と秀明はそれぞれ違う事に取り組んでもらうことにした。
雅彦は傭兵部隊を率いての防御陣地の構築や彼らの戦闘力の向上。
つまり「軍」を担当することだ。
秀明は「兵站の構築」と「村の開発」だ。
マルレーネ率いる特殊部隊のレベル向上も秀明の管轄ではあるのだが、ここではこの二つに主に当たって貰うとこにした。
村の開発は親父の弟であり、比呂にとっては叔父さんにあたる秀二さんが近々、本格的にこちらの世界で開発に参加してくる。
親父と秀二さんはあまり仲良くないとは聞くが、仲良くやってもらいたいもんだ。
また、前回の戦いでは敵将の首を刎ねるという大金星を挙げた影山氏も、早速 医療体制の構築に取り組んでくれているようだ。
あと、親父は「もう少し火力が多くないと話しにならないな」と言っていたので近日中にライフル銃とショットガンはそれぞれ一丁ずつは増えるだろうと思われる。
あと、兄貴が「ショットガンの装弾数を最低でも四発に増やせないか?」と相談してきていた。
現状では日本の法律上、二発までしか装弾できないので、二発同時に装弾しては二発放ち、また二発同時に装弾して…ということでなんとか連射していたらしいが、四発装弾できるようになれば「クワッドロード」という技が使えるようになり、連射能力が格段に増すからだ。
まあ、ここは日本ではない「異世界」なので改造しても問題ないだろう(笑)
あと、これはエマさんの要望でもあるのだが、クルマを増やしたい。
現時点でこちらの世界に持ち込んでいる四駆は、親父のランクル70、兄貴のランクル73、オレのランクル80オーストラリア仕様、スバルの軽トラの4台だけだ。
兄貴が言うにはヴィルマとイングリットの二人は兄貴の73でよければある程度は運転できるようになっているということもあるのでランクルを増やしてもいいのだが、ランクルはそもそも出物の数が少ないので比呂としては試してみたいことがあるのだ。
それは「ジムニーの採用」だ。
現時点で日本でクロカン車の最大勢力は間違いなくジムニーである。
親父などはジムニーを嫌うが、軽量小型な車体に比較的頑丈な足回りは、悪路走行において抜群の強さを誇っているのであった。
また現行生産車両ということもあり、部品の調達に不安がない点なども評価が高いところであった。
そこで、エマたち村人などの「脚」として、JB23Wという、丸いボディ形状が特徴的なモデルのオートマ車を試しに一台、導入してみることにした。
「はぁ?オートマ車を買うの?しかもジムニー?」と親父や兄貴に露骨に嫌そうな顔をされたが、オートマ車なら比較的誰でも運転が覚えやすいだろうし、この車はとんでもない地形を走る目的ではないのでこの程度で良いハズなのだ。
だが、ノーマルはあまりにもショボいということで、前後バンパーはクロカン向きな物に交換されていて、脚まわりも3インチ程度の程よい程度の改造がされているモデルをいつもの自動車屋に引っ張ってきてもらい納車することにした。
いざ、納車して来たジムニー23(ニイサン)を見て、あれほど嫌そうな顔をしていた親父と兄貴は「お!案外渋い改造してるじゃないの!」と感動していた。
タイヤは少しだけボディからはみ出し、32インチのマッテレという組み合わせだった。
今時のジムニーはチョロQのようなバカでかいタイヤを履いていることが多く、それは特に親父が嫌っていたので「オレとしてはもう一回り小さなタイヤの方がいいが、まあ仕方ないか」などと言いながら、嬉しそうにあちこち走り回っていた。
かくしてこの通称「23(ニイサン)」は異世界デビューを果たしたのだった。
忙しい仕事の合間をぬって秀明はエマに運転を教えた。
最初はビビりまくっていたエマも、数時間もするとすっかり慣れて、村の中の広場をクルクル走り回るようになっていた。
それを近くで見ていた他の村人たちも次々と体験試乗をさせてもらっていた。
うむ、この調子で何人もクルマを運転出来るようになってくれたら、日本人の負担は大きく減らせることになるだろうな、と思う比呂であった。
…………………………
時間は少しさかのぼって、戦闘が終わって敵兵の死体の埋葬も終わった次の日、雅彦と傭兵部隊の一部は、全てのランクルに分乗してゲレンデまでやってきていた。
目的はテントの回収であった。
これらのテントがここに残ったままだとまた次回の敵の攻撃で利用される可能性があったのと、村の前の広場で寝泊まりしている傭兵部隊用に敵の本陣で使われていた大型のテントというか移動用住居が色々と役に立ちそうだったからだ。
傭兵の住居は日本から良いものを近日中に持ってくる予定なのだが、それまでは少しでも快適に過ごしてもらえるように色んな手を尽くすつもりであった。
この移動式住居はモンゴルで見かけるパオと呼ばれる物によく似ていて、傭兵たちは比較的慣れた手つきでバラして、組み立てていた。
雅彦「案外、快適そうな住居だな」
元は敵の中隊長が使っていたくらいなので豪華な作りであったということもあるのだが、雅彦たちが元々暮らしていた日本より少し寒冷で乾燥した地域で使っても大丈夫な断熱効果と頑丈さを兼ねそろえていたのだ。
これに最も喜んでいたのはヴォルフラムたち体格の良い傭兵たちであった。
というもの、軍が支給していたテントは身長2メートルの体格にはあまりに小さく、「寝たら足が外に出てしまう」という物だったからだ。
雅彦は日本側の鉱山の事務所に業者に届けさせていた大量のコンパネを軽トラで日本から持ち帰ってきて、このテントの地面に敷き詰めた。
また、多数の断熱効果の高い敷物を敷き詰めたので快適性は一段階増すのだった。
このテントは橋のすぐ近くに建てられたので、当面は住居として高い、住居を増設した後は橋を防衛する者の駐屯用の宿舎として利用することになる。
これは後々の話しだが、このテントには薪ストーブがつけられて、冬も比較的快適に過ごされるようになるのだった。
敵が残していった物としてはバリスタや投石機などがあった。
これも村の前の広場まで引っ張って来られて、改造が施されることになった。
これは主に傭兵隊が担当することになり、ロープを日本から持ち込んだ頑丈なナイロン製の物や、金属製の部品で破損しやすい部品を補強するなどされた。
雅彦は傭兵部隊をいくつかに分け、手先が器用なメンバーに武器のメンテナンスや大型の武器の改造なども行える体制を整えることにした。
将来的には村の外の広場に残る畑などを全て潰して、こちらには鍛冶場や木工加工場など武器の生産やメンテナンスに必要な機能を持たせる街を作ろうと考えていた。
壁に囲まれている従来の村は元々住んでいる女性を中心にした村人と元奴隷だった女性たちが住み、
壁の外の広場は主に傭兵たちが住む「街」へと進化させていく。
このビジョンは秀明も雅彦も比呂も共通していた。
村の外に新たに作る「街」はどちらかというと近代的な造りの建物が増える予定なのだが、壁のなかの「村」は従来から建っている建物は極力、原型を保ったまま残して活用し、中身だけ近代化させて生活するし易く改善していきたいと考えていた。
影山が開く病院は村の中にある空き家の中身を改装して開かれることにした。
このように基本的には村の中と外で別に開発をしていき、傭兵たちと元から住んでいる女性たちは分けて生活するようにしていくのだが、夕飯だけは村の中で共にとるとこで親睦を図るようにしていく予定にしている。
ひとまず出来ることは限られているがひとつひとつ手を打っていって、村を発展させるしかないのである。
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