撤退戦と女たちの想い
林道は微妙にクネクネと曲がっているので、大きく湾曲している処を過ぎると一時的に敵軍のバリスタや投石機は射線が取れなくなる。
そのような場所では傭兵隊も敵の重機による投石や木の杭による攻撃は当たらなくなるので、傭兵部隊は肉弾戦で敵に戦闘を挑んだ。
ドラゴニア軍の最前列は大楯を隙間なく並べて敵の突進に備えていたのだが、それを傭兵部隊は軽々と蹴散らし、敵の最前列はあっという間に崩壊した。
傭兵隊が突っ込む際には必ず、敵の横方向から矢が飛んできていたので敵の防御はいとも容易く崩れたのだ。
当初使っていた鉄パイプ製の長槍は全て壊れたので、彼らが元々装備していた木製のラウンドシールドと斧やビーキングソードという組み合わせで戦っていた。
当初は「大丈夫か、これ?」と思っていたが、よく考えたらコレが元々の戦法であり、彼らからしてみたら慣れ親しんだ戦闘スタイルだったので、正に「水を得た魚」のように生き生きとした戦闘を繰り広げた。
ほぼバラバラに突っ込んで行って斧で殴り掛かる、
剣で斬りつける、
丸盾で殴りつける、
足で敵を蹴飛ばす、という感じで個々バラバラに敵に襲い掛かったのだった。
この時点で、ドラゴニア軍の前衛部隊は200名を超えていたが、わずか26名程度の傭兵部隊が10倍近くの敵を押しまくっていたのだ。
雅彦「うわっ、こいつらマジでやるな!!」
ゲルハルトは戦闘に加わらず、後方で彼らの戦いを見ていたが、しばらくして「ピッ!」と指笛を吹いたら、攻め入っていた傭兵たちは丸盾をかざして後退を始めた。
倒れていたドラゴニア軍兵士たちは起き上がり、戦列を組みなおそうとするが、それを邪魔するようにユンボの陰に隠れていた弓兵たちが一斉に矢を浴びせかけた。
この戦い方は予め雅彦が傭兵隊に指示していた戦法だ。
敵の長距離攻撃が使えないカーブした林道などの地形を利用して接近戦を仕掛け、ある程度 敵の前線を崩したら弓隊による一斉攻撃を仕掛けて先頭の部隊は後退する。
深追いすると後方に詰めている敵の弓隊などの攻撃を喰らうので、有利な地形を最大限利用して、敵を出来る限り削る戦術だ。
ヴィルマ「す、凄い…」
ヴィルマとイングリットはランクル73の中で思わず声を上げた。
体格の良さと持ち前の戦闘力の高さを活かして敵の前衛を崩している傭兵隊にも驚いたのだが、雅彦という男は、その傭兵隊をこの短期間で手足の様に操っているからだ。
ヴィルマやイングリットは戦いについては素人同然ではあるのだが、それでも傭兵隊たちがいかに強力な戦士であるかは分かる。
だが、いかに強力といっても敵の数は軽く10倍以上。
しかも狂乱状態で向かってくる敵の兵士は明らかに常軌を逸している。
こんな恐ろしい軍隊の圧力を目の前にしたら恐怖で押し潰されそうになってしまう。
しかし、この雅彦という名の日本人は、この異常な敵の大軍を相手にしても怖気付くどころか、嬉々とした様子で傭兵たちを指揮し、敵を圧倒し続けている。
今、後退し続けているのは敵を殲滅させるための作戦だし、当初彼が話していた通りに作戦は進行していた。
この人たちは一体、どんな能力を持っているのだろう?
今はまだ私たちの言葉を習得出来ていないのでこうやって通訳として側においてもらっているけど、こちらの言葉が喋れるようになったとき、私やイングリットはまたこうやってそばに置いてもらえるのだろうか?
私やイングリットは、もっと彼から愛されるように何をすればいいんだろうか?
…そんなことを考えるヴィルマであった。
林道が大きく曲がっている箇所を使い、散々敵を崩したゲルハルト率いる「茶色の戦斧」傭兵隊は、犠牲者を出すことなくランクル73とユンボが並んでいるポイントまで無事に撤退した。
ドラゴニア軍は崩壊した前衛を踏み越える形で後方から兵士を次々と押し出してきていた。
今度はユンボと73が盾となってジワジワと後退していく。
雅彦「ゲルハルト、そして茶色の戦斧の諸君、良くやった!後でビールを奢るぞ!
もうしばらく踏ん張ってくれ!」
「おーー!!!」と獣の様な歓声を挙げる傭兵たちであった。
皆、汗と返り血でぐちゃぐちゃになっていたので、中間地点に置いてあった水のタンクやスポーツドリンクなどで体を洗わせたり、水分補給などを行わせた。
ゲルハルト「今、ビールを飲ませてくれたら今さっきの倍の働きをするんだけどな?」
そのセリフにワッ!と笑い声を挙げる隊員たち。
映画などでよく見る、いかにもバイキングが被っていそうな鉄製のヘルメットを脱いで頭から水を浴びる兵士たち。
体から湯気を立ち上らせている巨躯の男たちの姿は、ラグビーやアメフトなどの試合でありそうな1シーンのように思えた。
雅彦「怪我をしている人はいないか?今のうちに全員、体をチェックしておけよ!
救急セットはここに用意してある!」
さすがに何人かは腕や肩などに多少の刺し傷などが出来ていたので、アルコールによる消毒と包帯やガーゼなどで止血をしていく。
彼らは当然、近代的な医療知識などは持っていないのだが、怪我をした際に、度数の強い酒を使っての消毒や傷口を塞ぐには極力、綺麗な布を使うという知識は経験則として持っていた。
だが、今回雅彦が用意していたガーゼや包帯は、彼らがこれまで見たこともないほど真っ白な布で出来ていた。
それを見た兵士たちは「スゲェ白いぜ!」と感動するのだった。
応急処置や水分補給もおわり、歩く速度より少し遅いペースで後退していく。
敵は次々と狂乱した兵士を送り込み続け、敵に押し込まれるが、夕方になり一旦攻撃は沈静化していた。
奇声を上げながら強力に迫っていた敵兵は、ここに来て急に静かになっていた。
雅彦「もしかして、敵兵はクスリが切れたのか?
奴ら、妙に静かになったな?」
ゲルハルト「おそらくそうですぜ。
あの興奮剤を使うと反動があって、ものすごく疲れるんですよ。
多分、今頃奴らは疲れて身動きが取れなくてなってきているんじゃないでしょうかね?」
雅彦はその様子を比呂に無線で伝えた。
比呂「えっ?後遺症てそんなに早く出るの?
少し計画を前倒しにしないといけないかもな。
敵の様子を偵察してくるから、しばらくは待機しておいて」
雅彦「了」
比呂は大至急、ゲルラッハと名付けた軍用ドローンの点検をして飛び立たせるのであった。
前線では交代で敵の見張りと休憩して軽食をとらせていた。
村から女性たちが大量のサンドイッチやおにぎりを持って来ていた。
ここでも子供のように大喜びする傭兵たちであった。
差し入れを持ってきた女性たちの中にはエマの姿もあった。
エマの姿を見かけて、ユンボのキャビンから飛び降りて彼女の方に駆け寄る雅彦。
エマ「皆さん、お疲れ様です!
皆さんの戦いは空の上から見ていましたよ」
その言葉に反応するしてガォー!!と騒ぎ始める傭兵たち。
雅彦「おまえら、子供か!!」
上半身裸で筋肉美を自慢し始めたり、ワイワイ楽しげに遊び始める者が出てくるのだった。
いや、恐るべき体力とスタミナであった。
実は傭兵たちの中で人気ナンバーワンはこのエマであった。
彼らが村の女性たちと接触する機会としては、特殊部隊のマルレーネたち狩人たちもいたのだが、彼らからしてみると数日にわたって森の中を追いかけ回されて弄ばれた恐ろしい存在だ。
ヴィルマやイングリットは主人の女であることは間違いなさそうなので最初から全員、遠慮気味に接していた。
また傭兵たちの多くは30代くらいと思われるので、歳も比較的近く、ほんわりとした雰囲気で美人のエマに人気が集まるのは自然のことかもしれないのだ。
そんなエマから直接手渡しでサンドイッチやおにぎりを受け取り口にした隊員たちは「うめー!」「これは神かよ!」「なんだこれ、マジでうめぇっス!」などと騒ぎながら食べる奴らが続出した。
さすがにそんな彼らの熱量に圧倒されたエマたちであったが、雅彦を見つけて声をかけた。
エマ「マサヒコサン、お疲れ様です。
皆さん、お強いんですね、本当に驚きました」
雅彦「えぇ、彼らがここまで強いとは正直意外でした」
エマ「ヒロサンから聞いたのですが、これから反撃をするのですか?」
雅彦「えぇ、比呂に偵察してもらってるので、暗くなる前には反撃を開始したいと思ってます」
エマ「そうですか…
ところでヒデアキサンたちは南の崖を降ってましたが、これから彼らが敵の背後を突くんですよね?
危なくないのですか?」
エマ少し表情が暗くなったのを見た雅彦は、わざと明るい表情を作りこう言った。
雅彦「大丈夫ですよ、あの二人は言ってみれば化物みたいな人たちですからね。
彼らがこれまでどんなことをしてきたか、赤ん坊の頃から見ていた僕が言うのですから間違いないですよ。
彼らに襲われる敵の方が心配ですよ」
エマ「化物ですか?
実の父親に対してひどい言葉ですね?」
はっはっはと笑う二人であった。
エマは村へと帰る道を歩きながら思った。
さっきは雅彦さんは親父は化け物みたいなもんだから心配ないとは言っていたが、多分それは私たち村の女たちを心配させないためにわざと大袈裟に言ったのだろうなと。
敵の本陣あたりにはまだ多くの騎馬兵もいるし、兵士の数はまだ数百人以上いるはずだ。
そんな敵の真っ只中に秀明と影山の二人が一台の車だけで襲いに行くのだから心配してもし足りないくらいなのだ。
先日、秀明が出発する前にエマは秀明に対してお守りを渡していた。
これはこちらの地方で古くから伝わっている風習なのだが、女性が夫が出征する時などに彼女の「体液」の一部などを吸い込ませていた布を小さな袋に入れてお守りとして旅の無事を祈るのだ。
似たような例は戦前の日本でもあったことだ。
(女性の陰毛をゲフンゲフン)
秀明はエマから貰ったお守りを首から下げて「ありがとう、無事に帰ってきます」と言って崖を降って行ったのだった。
エマはここ数日、心配で夜もなかなか寝れないでいた。
だからいつもに増して村の仕事を積極的に取り組むのであった。
「ヒデアキサン、無事に帰ってきてください」
そう、彼女が信奉する天使・ミカエルに祈るのであった。
一方、ヴィルマと雅彦はランクル73の荷台に乗り、後方の敵の様子を見ながら話をしていた。
雅彦「ヴィルマ、今回は本当にすまないことをしたと思っている。
君たちを危険な場所に連れてきたのは間違いだった」
ヴィルマ「いや、そんなことない。
私もイングリットもまだ怪我もしてないしピンピンしてる。
それにマルレーネたちも戦ってるし、私たちだけ安全な処にいたくない。
それに今回は本当に感謝してる。
私たちに復讐の機会を与えてくれたこと。
私たちを守ってくれていること」
雅彦「ああ、まだまだこの世界でやりたいことがいっぱいあるからな、ドラゴニアなんかに邪魔されたくないもんな。
とりあえず撃退したら美味い飯を食って、美味い酒を飲んで、また最初に会った時みたいに火を囲んで踊りたいね」
ヴィルマ「うん、またしたいね。
あと、マサヒコに一つお願いがあるんだけどいいかな?」
雅彦「ん?何かな?」
ヴィルマ「私を貰ってくれたら、イングリットも貰ってもらえないかな?
彼女もマサヒコに抱いてもらいたいと思ってるよ」
雅彦「えっ???」
今、それを言う〜?と思う雅彦であった。
雅彦「この世界では嫁さんを二人も三人も持てるのか?
って言うか、抱いてもらいたいと思ってるってイングリットが言ってたの?」
ヴィルマ「いや言ってないけどわたしには分かる。
以前も言ったことなかったっけ?
私を嫁にしたらイングリットも自然についてくるって」
雅彦「なんか、そんな話しを聞いたことあるよな気もするな〜(遠い目)」
ヴィルマ「今日から三人で一緒に寝ようね」
雅彦「…はい」
これはもしかして逃げられない運命とかいう奴なのか?と思う雅彦であった。
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