偽装撤退
林道の奥から出てきた巨大な黒い塊は、丸太を組んで鉄のイバラを巻き付けた大きな柵を吊り下げながらゆっくり姿を表した。
先頭の部隊を率いている指揮官はゲレンデ側から見て林道の入り口に到達していた。
ゲレンデにいると分からなかったが、ここに来るとおびただしい数の自軍の兵士たちが倒れて道を塞いでいたのが見えた。
林道の奥では敵軍の兵士たちが長槍を全員が縦に振りまくる奇妙な戦術を使っていたが、こちらが一方的に押しているように見えた。
先頭にいた自軍の重装歩兵は元々200人ほどいたのだが、そのうち5分の1ほどが溶けてしまっていた。
だが、ここで引くわけにはいかない。
今度負けてしまうと自分の責任問題に発展するのは確実だし、最悪待っているのは死刑だ。
まだゲレンデに控えていた軽装歩兵の弓隊にも場合によっては落ちている盾や槍を構えさせて中に突っ込ませなければならない。
彼は大声で全軍の突入を指示するのであった。
一方で、林道の入り口(関所跡)から100メートルほどの地点に、馬に乗った中隊長と副長の姿があった。
中隊長「戦況はどのような感じだ?」
副長「現在までの報告からすると、かなり苦戦しているようですが、押し込めているようです。
ですが、これまでの敵の攻撃から考えて、このままで終わるとは考え難いです。
後方で待機する衝車(破城槌)やバリスタなども送り込ませる必要があるでしょう。
それと後方で待機中の騎馬兵も半数は下馬させて徒歩で進撃させることを提案します。
あの狭そうな林道では騎馬の大軍は身動きが取れなくなり逆に危険です」
中隊長「ならばその通り実行させよ。
何度も言うが今回は失敗は許さん。
貴様も降格が嫌ならば確実に勝てる策を提案しろ」
副長「もちろんでございます、ではその通り実行させます」
副長は後方に控える騎馬隊の方に向かいながら独り言を言った。
「あの馬鹿隊長がもう少し賢ければ、この戦いはもう終わっていて、今頃は村の女達を侍らせていい暮らし出来てるんだよ。
全く、馬鹿に従うのも疲れるぜ。
…もっとも馬鹿だからオレの言いなりになってくれるんだけどな。
もし、今回の戦いで敗れたとしたら、オレの首より中隊長のクビの心配をしないといけないんじゃないか?
こんなチンケな村を一つ落とすのに中隊を動かしてダメでしたとなると、間違いなく責任問題になるからな」
まあいわゆる面従腹背というヤツである。
それでも破城槌やバリスタ、投石機を林道の中に送り込み、徹底して敵を破壊する手筈を整えるのであった。
しばらくして後方から破城槌が送られてきたが、前線は完全に膠着状態になっていた。
直接自分の目で間近に見た鉄の戦車だけでなく、丸太を組んだ柵をぶら下げている黒い移動式の巨大な塊が林道を塞いでいて、敵味方双方が矢などの応酬をしていたからだ。
それを直に見た副長は現場の指揮官に「あれは何だ?」と聞いた。
すると、林道の奥から現れてあそこに陣取った為に前進出来なくなってしまったとの答えが返ってきた。
見たことはないが、おそらくは攻城塔の一種ではないか?とのことだった。
あの黒い塊から突き出ているアームには矢や岩などを防ぐ目的であろう丸太の柵が吊り下げられているので、我々の攻撃は通用しなかったのだと思った。
それにしても林道の中は兵士の死体で足の踏み場も無くなってしまっている。
副長は奴隷で編成された工兵隊に連絡し、道に落ちている兵士の死体を川の中に投げ込み、破城槌やバリスタなどの進行を妨げないよう指示を出した。
…………………………
その頃、雅彦たちは束の間の休息をとっていた。
迎撃は弓隊とイングリットとヴィルマに任せて、雅彦と長槍隊の面々は休憩を兼ねて打ち合わせを行っていた。
まず、車のホーンを利用した撤退や攻撃開始、前列と後列の入れ替えなどをホーンを鳴らす回数で知らせるのだが、そのサインの再確認をした。
また、使っていた長槍をチェックさせたが、ほとんどの物がかなりのダメージを受けているのが分かった。
雅彦「うわ…どうやったらこんな壊れ方するのかワカラネェ」
ダメージは槍によってまちまちだったが、先端の溶接が取れてどっかにいってしまった物、先端のナタや鍛造スコップの刃がボロボロになってしまっている物、楕円形にプレスして曲がり難くしてるのに曲がってしまっている物などなど。
雅彦「攻撃力は絶大だけど君らのバカ力には耐えられなかったか?」
これを聞いてギャハハと笑う傭兵の面々であった。
もっと太くてもいいぞーとか、俺のはもっと太くて硬いぞーなどと女の子がいても平気でセクハラもどきな事を言う奴までいた。
まあこの世界にセクハラなんて言葉は当然ないので、誰も気にする素振りもないが。
ゲルハルト「それにしてもここまで派手に大軍と戦ってこちらの損害がゼロってのは経験がないな!
この鉄製の槍は長くて頑丈な割に軽くてビックリよ。
槍ってのは突くものって思ってたから、最初に『上から叩け』と言われたときは言葉を疑ったもんだが、実際にやるとここまで凄いことになるんだな!
それってやっぱり神の国でもそうやって使われていたってことなんですかい?」
雅彦「あぁ、俺らの国では今から400年位前に戦国時代ってのがあって小さい勢力に分かれて争いまくってたんだけど、その時の一般歩兵の長槍の使い方があんな感じだったんだと伝わってるんだよ。
まぁ当時の槍は柄が木や竹で出来てたからこんな鉄パイプは無かったんだけどな。
もしあったとしてもこんなに重い槍をブンブン振り回せたのは怪力な君らくらいしかいなかったろうな」
またしても雅彦の褒め言葉にガハハと笑う傭兵たちであった。
雅彦「ひとまずはこのままゆっくり後退していくぞ。
中間地点まで下がったら武器と食事が用意されているハズだ、そこまでは交替で敵を弓矢で攻撃するぞ。
壊れた長槍は敵に渡ると面倒なことになるから、まとめて地面に埋めておいてくれ」
ゲルハルト「分かりました。
さすがに腕がパンパンだけど、俺らはまだまだ戦えますぜ。
なあ、テメェら!!」
傭兵隊一同「おうっ!!!」
林道に傭兵たちの野太い声が響き渡るのであった。
その頃、ドラゴニア軍の方は雅彦たち傭兵隊と少し距離を置き、道を盾でズラリと並べて塞ぎ、後方に続く部隊もこちら側に対しては全て盾を並べて防御を固めていた。
今の時点で先頭部隊はおよそ100人程度、更に後方では盾を並べた後ろで道に倒れていた兵士たちを河原に投げ込む様子が見えた。
この様子は荷台にいるイングリットから無線で雅彦に伝えられた。
イングリット「林道の出口付近に三角屋根の車が接近してきてる。
さらに後方にはバリスタと投石機の姿も見え始めた」
雅彦「了解、しばらく様子を見ていてくれ」
雅彦は無線で比呂に向けて話しかけた。
雅彦「比呂、敵の後方の様子を教えてくれ」
しばらくして比呂から返事が返ってきた。
比呂「わりっ、遅くなった。
後方に控えていたバリスタや投石機、それから衝車と思われる三角屋根の構造物も林道に全て入ろうとしている。
三角屋根は中に巨大な丸太が吊るされていて、門などをブチ破る攻城兵器の一種だろうな。
それと後方で待機していた騎馬兵の約半数が馬から降りて歩兵になってるぞ。
これは予定通りだな。
この狭い林道で騎馬兵を突っ込ませても邪魔にしかならないからな。
馬は全て本陣に繋がれている。
あと、敵の本陣はほぼ無人なんだけど、足枷が繋がれた女の姿が確認出来た。
これっていわゆる性奴隷って奴だよな?
今は食事の用意をしてるみたいだぞ。
本陣と思われる一回り大きなテントの周囲を小さなテントが囲ってるんだが、その大型テントの周囲に馬車の荷車が大量に置かれていて中央のテントを守るように配置されている。
多分、これがお目当ての食料庫だろうよ。
親父にもその位置を伝えておくわ」
雅彦「おう、分かった。
こちらは今のところ概ね作戦通りだわ。
予定通り橋まで撤退するのはまだ半日くらいかかりそうだ。
今が昼過ぎなんで夕方頃かな?
場合によっては林道の中間地点付近まで敵を引き入れてから食料を焼き討ちしてもらえばいいんじゃないか?
無いとは思うけど夜になり敵が帰ってしまうと面倒だわ」
比呂「三角屋根やバリスタなどの足の遅い重機を人が手で押してくるから夜になっても撤退はしないと思うで。
おそらく今の進捗具合だと、夕方までじわじわと撤退、夜になったらその場で自然と休戦。
深夜にこちらと親父のランクル70が同時に敵を襲撃、食料は全て焼き、林道に入った重機はことごとく焼き尽くして敵兵を林道から追い出す。
親父にはゲレンデに留まってもらい、可能なら敵将を捕獲、もしくは射殺する。
で、兄貴達もランクル73と傭兵隊全てで敵を追撃して、可能な限り敵を撃つ。
こんな感じでどうかな?」
雅彦「分かった、ジワジワ撤退からの深夜に逆襲開始だな。
俺がユンボで敵の重機を道から撤去しながら進み、ヴィルマが運転するランクル73がユンボの後を追い、傭兵隊は逃げ遅れた兵士を手持ちの武器で攻撃して林道から敵軍を追い出し、その後は全員で敵を追いまわせばいいな」
比呂「ああ、それでよろしく。
前線の指揮は兄貴に任せるから、臨機応変にやってみて」
ここまで話した処で突然、敵軍からバリスタによる射撃が開始された。
重さ10キロ以上は確実にある木の杭が猛烈な速度でうなりを上げて次々と飛んでくる。
それらはランクル73の背面に取り付けた鉄の柵や、ユンボのアームで吊り下げている丸太で作った柵などに次々と当たり、その度にイングリットや傭兵たちから叫び声が上がる。
雅彦「忙しくなってきた!また連絡する」
比呂「りょ」
雅彦はユンボのキャビンに飛び乗り、エンジンを掛けて後退を開始した。
雅彦の動きと連動したヴィルマも73を同じ速度で並走して橋に向けて撤退していく。
イングリットや傭兵たちもクルマとユンボの隙間から敵を狙って矢を次々と発射していく。
後退速度は人が歩くより遅い速度なので、林道の中心地点に来るまで2時間近くかかった、その間、断続的に敵の重機からの射撃が相次いで起こり、その度にユンボやランクルに岩や木の杭がガンガン当たるのであった。
雅彦「おいおい、ホントに大丈夫か?」
いくら頑丈に造ったといっても重さ10キロ以上の岩や木の杭が高速で飛んで来るので当たれば相当な衝撃が伝わる。
その度にヴィルマたちの小さな叫び声が響く。
雅彦「ヴィルマ、イングリット、大丈夫か?!」
ユンボのキャビンは鉄板で一応覆われてはいたが、隙間があってそこから外の様子を見る事が出来るのだが、ヴィルマたちは揺れるランクルの中で伏せている様子が見えた。
ヴィルマ「大丈夫!怪我はしてない!」
イングリット「私も大丈夫!」
思わずホッとする雅彦。
雅彦「ゲルハルト!誰でもいいから盾を持った男を一人ランクルに乗せて彼女たちを守ってくれ!」
翻訳機の声をかろうじて聞き取ったゲルハルトは、ヴォルフラムにランクルに乗り込むよう指示を出した。
ヴォルフラム「オレが主人のVerlobterを守るぜ!」
それを聞いたヴィルマとイングリットは一瞬、恥ずかしそうな仕草をして、顔が赤くなった。
フェアロプターって何だ?
ドイツ語にまみれた生活をしているお陰でかなりの言葉が聞き取れるようになっていた雅彦であったが、この時の単語は聞いたことのないものだった。
ヴォルフラムはランクル73の荷台に飛び乗り、透明なライオットシールドを掲げて二人に破片などが二人に飛び散らないようガードした。
まあ、彼ならバリスタの一撃も盾で防げるかもしれない(汗)
雅彦「ヴィルマ、イングリット、お前たちの村は絶対に俺が守り切るからもう少しだけ頑張ってくれよな」
イングリット「私は大丈夫!敵は絶対近寄らせない!」
ヴィルマ「私たちはマサヒコを信じてる。
だから貴方は好きなようにやって。
私たちはどこまでも貴方についていくから!」
ヴィルマの目は強い決意を表し、いつにも増して強い光を放つのであった。
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