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傭兵部隊の撤退

一方その頃、湖の西側のルートを進む傭兵隊の副長の別働隊も濃霧の中、周囲から散発的に響いてくる獣や化物、さらには子供の無邪気な笑い声に悩まされていた。


「どんな魔法を使えばこんな事が出来るんだ?」


副長のヴォルフラムは大きなガタイに似合わず、こういうオカルトチックな事が苦手で真っ青な顔をしていた。


頭上から「ブォー」という音がしたかと思えば湖の上をそのままその音の元は飛び去っていった。


そしてどこからともなく響く男の悲鳴。


戦闘しているであろう音が湖の南側辺りから聞こえてくる。


「もう戦闘が始まっているのか?」


ヴォルフラムはビビりまくる部下たちを叱咤して、前進を開始した。


「ぐわっ!!」


今度は後方から部下の悲鳴が聞こえたので「どうした?」と声をかけたら「罠でやられました」という返事がかえってきた。


様子を見に駆け寄ると、足首を押さえて座り込んでいる部下の一人を発見した。


見てみると、足の先が辛うじて落ちる程度の穴を踏んだ足を左右から二枚の木の板が挟んでいたのだが、その板には鉄のクギが数本突き出していて、それが足首辺りに刺さっていた。


これは「熊殺し」と言われるブービートラップでベトナム戦争の頃、ベトコンが好んで使っていた罠である。


木の板に釘を打ち込むだけで作れるお手軽な罠なので、今回の防衛戦に際して秀明が事前に仕掛けさせていたのだった。


本家の罠にはクギに糞尿などを付けておいて罠にかかった人を破傷風などにさせるのたが、今回はそこまではしていない。


今回使っているクギも先を尖らせた五寸釘などではなく、やや小さ目の物を使っているので刺さると言っても大怪我をするようなものではない。


せいぜい数本が「軽く刺さる」程度だった。


今回もクギを引き抜くのに苦戦したが、辛うじて自力で歩くくらいは出来そうであった。


「戦闘は無理っぽいから最後尾をついてこい」


患部に酒をぶっかけ、応急処置を施した後に部隊はまとまって出発した。


今度は足元に気をつけながら慎重に進んでいくと湖の西に流れ込む小川を発見した。


水のある処では霧は特に濃くなるので、ほとんど手探り状態で進むのであったが、小川に踏み込んだ足にまた別の種類の罠で怪我をする兵士が出てきた。


今度は水の中に張られた鋼鉄製のワイヤーを足で引っ掛けると予め反らしてあった木がリリースされて足をぶっ叩くのだが、その木に有刺鉄線を巻きつけていたのだ。


こちらも軽傷なのだが弁慶の泣き所を鉄製の針が結構な勢いで叩くので罠にかかった兵士は大声で悶絶してしばらく動けなくなる。


同じような罠は湖の東側の小川を渡ろうとしていた隊長率いる本隊でも犠牲者が数名出ていた。


ゲルハルト率いる傭兵部隊は数々の戦を経験し、それでも生き残っていた歴戦の強者たちであるし、狩猟して食料を得ることも多いので、これまで数々の罠を見てきたが、ここまでバリエーション豊富な罠は見たことが無かった。


しかも、これらの罠にはある共通点があった。


それは、「軽症で済むように調整されていること」であった。


何人もが罠にかかって怪我はしているが、死人はおろか、手や足に深刻な怪我を負った人はまだ誰もいなかったからだ。


「我々をいたぶって楽しんでいるのか?」


あちこちから響く子供の笑い声や大人の男の断末魔の悲鳴といい、空から聞こえてくる聞いたことがない異音だとか、なぜ者かが、この手探りでしか進めないような濃霧の中で我々を奥に引きずり込みながら、少しずついたぶって遊んでいるのではないかという疑念に捉われてしまうのだ。


「パシュ!パシュ!」という音と「シャー!」という風切音がしたと思ったら、真後ろにいた兵士の太腿に矢が突き立っていた。


振り向くと更にその後ろの兵士の太腿にも同様の矢が刺さっていたのだ。


「屈め!!」


小川を渡りきった5名のうち二人の太腿に矢が突き刺さったのだが、小川を渡っている最中の兵士などはこの寒い中で川の中にうつ伏せになっていた。


この5メートル先も見えないほどの濃霧の中で敵は我々のことが見えていたのか?


またしても撃っても死なない箇所を狙いすましたかの様に連発して同じ場所を狙ってきている。


またしても頭上方向から子供のクスクスという笑い声が聞こえてくる。


後方の兵士からも「撃たれた!」という悲鳴が聞こえてくる。


ゲルハルトは堪らず「後退しろ!後退しろ!」という声を上げて、矢が太腿に刺さったままの部下の手を引いて後退を始めた。


湖の反対側でも同様の騒ぎが起こっており、ほぼ同じ時にそちらも後退を開始していたのだった。



この傭兵部隊にとって後退したり戦場から離脱することは実は珍しいことではなかった。


使い捨てにされることの多い傭兵部隊は、馬鹿正直に勇猛果敢に攻めるだけでは命がいくらあっても足りないからだ。


時には味方を見捨ててでも逃げることがある。


敵に捕まってしまうと誰からも身代金が支払われないので処刑されてしまうからだ。


それでも、今回みたいに全く歯が立たずに戦う前から逃げ出したことは全くなかった。


だが、今回ばかりは恥だとは思わない。


なんというか、そう、次元が違い過ぎる。


圧倒的実力の違いをこの場にいる傭兵たちは肌で直接感じ取っていたのだった。


逃げると決めた時の彼らの動きは素早かった。


湖から少しでも離れるため、二つの部隊は北に全力で逃走していったのであった。



ゲルハルト率いるドラゴニアの傭兵部隊を撃退してみせたのは、もちろんマルレーネ率いる特殊部隊だ。


彼女達はこの時期、昼過ぎまで青い湖や小川近辺は濃い霧が立ち込めることを知っていた。


だからこそ夜が開けてからの迎撃はこのポイントで待ち伏せ(アンブッシュ)をしたのだ。


実は狩りをする彼女たちからしてみれば濃霧というのはこれまでは邪魔な存在だった。


特に今みたいな5メートル先も見えなくなるくらいの霧は獲物となる動物やモンスターも見えなくなるので、狩場としてはここはあまり使わなかった場所なのだ。


だからそれを知る動物はこの近辺に居ることが多いのだ。


だが、今ならおそらくは狩りも無敵であろう。


彼女たちは数はまだ少ないがサーマルスコープとナイトビジョンを持ち、無線機にて各隊が連携して動くことが可能になっている。


濃い霧の中でもサーマルスコープがあれば生き物の体温で敵の位置や形まで分かるし、ナントビジョンがあれば星が出る程度の明るさがあればかなり先まで昼間の様に視ることが出来る。


また彼女たちはこの森をもう何十年も狩場としていて、あらゆる地形を知り尽くしていた。


それに加えて全身を現代の軍隊で使用されている最新の迷彩服を纏っていることで、それだけでも敵から視認されにくくなっていた。


森の中に入り、その森に適した迷彩柄の服を着た人を実際見てみれば分かるが、本当に発見し辛くなるものだ。


マルレーネは今のところ、秀明と同じ柄のタイガーストライプ迷彩服を身に付けているが、これなどはこちらの植生に合っているのか、本当に発見し辛くなる。


他の女の子達は米軍の最新ACU迷彩やタイガーストライプ迷彩、ドイツフラックターン迷彩服、自衛隊の迷彩服3型など、バラバラな物をそれぞれ自由に選んで身に付けているが、正直あまり差は感じられないのでしばらくこのままでいこうと秀明などは思っている。


とにかく、武器以外はほぼ現代戦でもそのまま使える装備に加え、元々の身体能力の高さと長年の狩りの経験、極めて高い弓の練度などを備えた彼女たちは、この森では無敵の存在であったのだ。


彼女たちは秀明から「簡単には殺さずに逃れる程度の怪我をさせろ」ということと「敵に恐怖を植え付けろ」ということを徹底して教え込まれていた。


「敵を殺すな」というのは何も人道的な事だけで言っているのではなく、殺してしまったら死体の処理が面倒なことになってしまうということがあるからだ。


特に運び出しにくい森の中で大量の死体が溢れるようなことになった場合、何年もそこには立ち入れられなくなってしまう。


多少なら狼などが処理してくれるだろうが、増え過ぎると草食動物まで減ってしまうのは大きな問題だ。


恐怖をこの森で植え込まれた敵兵は、自軍に帰ってから必ずこの森の恐怖体験を周囲に拡散してくれる。


そうなれば益々この森には敵が立ち入れ難くなる。


あちこちから聞こえてきた子供の笑い声や大人の男の断末魔の叫び声、戦闘音やゴ◯ラの咆哮、ロボットの起動音などは、それぞれ木の上や岩の影などに隠してセットしていたポータブルスピーカーから流れていたものだった。


バッテリーは一週間ほど保つので、敵が接近してきたら基本流しっぱなしにするのだが、効果があると確認出来た。


実はまだまだ敵に恐怖を擦り込み、戦闘不能に仕向ける数々の手が比呂から伝授されているのだが、それらは後々出てくるだろうと思われる。



比呂は夜が明けてからドローンを飛ばして先日、接近を確認していた50人ほどの集団の動きを上空から追っていたが、昼過ぎには撤退していくのが確認出来た。


だが、それと入れ違いになるように100〜120人程の別の部隊が敵の本隊の方向から接近してくるのが確認された。


その情報は直ぐに前線のマルレーネに無線で知らされた。



敵の本隊では数多くの木を切り出し、関所跡の前面に設置した防衛ラインを突破する為の橋みたいなものを用意している様子が確認出来た。


前線に敵兵は展開されず、後方の本陣付近で作業に従事していない兵士は休ませている様子だった。


試しにドローンを南側の崖の辺りまで飛ばして敵の別働隊がいないか確認に向かったが、どうやらそれもない。


村の南で崖の下を見張っている女の子たちに聞いても、先日の騎兵が帰ってからは誰も来ていないとのことだった。


それを聞いた前線の雅彦は、崖の裏側で長槍隊や弓隊の女の子たちに少しでも武器への熟練度を上げてもらうように訓練を行わせた。


おそらく明日は敵の本格的な侵攻がこちら側で始まるので、疲れが残らない程度にやらせていたのだが、皆、戦時中というのが嘘みたいにリラックスしている様子だった。


案外、じっとしているより少しは体を動かしている方が気が紛れていいのだろう。


雅彦も彼女たちに混ざって矢の訓練をして一緒に遊んだ。


長槍隊の子たちにも再度、盾を全員で構えさせて防御する訓練も行わせた。


基本的に接近戦はさせないつもりではいたのだが、戦場では何が起こるか分からない。


そこで敵が接近してきた場合、車の柵や盾の陰から長槍で敵を攻撃するのだが、場合によっては長槍を捨てて盾で防御に徹する。


前列の四名は真っ直ぐ前に盾を隙間なく並べて、後ろの四名はその建物の上に覆い被さるように盾を並べて前方からの敵の矢などを完全にガードするのだ。


盾はポリカーボネートの大きなライオットシールドを持つ。


これなら盾が透明なので、前方の様子もよく見える。


彼女達は全員、SWATなどテロ鎮圧の特殊部隊が着ている黒尽くめの装備に身を包み、防弾ヘルメットやフェイスガード、ボディアーマーなども装着して敵の矢などの攻撃に対する防御力を稼いでいる。


また弓隊は村で従来使っていた木で作った長さ1.5メートル程度のロングボウ以外にも最初に秀明が日本から大量に持ち込んだ和弓や、長射程のクロスボウ、コンパウンドボウなど、数々の弓が持ち込まれていた。


矢は和弓とコンパウンドボウが共通で、クロスボウは少し短い矢が使われていた。


矢はそれぞれ前線に多数送り込まれていたのと、先日の戦闘で敵に大量の矢を敢えて撃たせて数百本の矢をゲットしていた。


また、比呂が今回の戦いの為に用意した秘密兵器も明日は使うことになるだろう。


「さて、来るなら来てみろ犯罪者!二度と戦場に戻れなくなるほどの恐怖を擦り込んでやるぞ」


そう、誰にも聞かれないくらいの声で独り言を言う雅彦であった。


※ブックマークへの追加や評価をした上で読み進めていただけましたら幸いです。


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