ゲルハルトの野望
スピスカ=ノヴァの北に広がる森林地帯は地元ではBLAU WALD(青い森)と呼ばれていた。
この森は南北に細長くそびえ立つテトラ山の中腹に広がる森であった。
スピスカ=ノヴァは元々は城郭の一部を活用して守りを固くしている村であったが、村の北には農地として開拓している土地があるのだが、地形的に広い場所は確保出来なかったこともあり、農業はそれほど盛んではなく、特に村の男性たちを失ってからは農業よりも森から得られる動物の肉などに頼る事が多くなっていた。
襲撃以降この村で狩猟を生業としていた者はマルレーネを含めて8人いた。
ドラゴニアの襲撃以前は男性も多く狩人をしていたのだが、襲撃の時、村の救助に向かい全滅した過去があったのだ。
これは男性の狩人が弱かったという訳ではなく、襲撃した側のドラゴニアの騎兵隊により強い弓兵と装備があったからでもあるのだ。
だから、その精強とされていた強行偵察隊20名を実戦未経験の日本人三人が犠牲を出す事なく瞬殺したことは、ドラゴニア側に実は大きな衝撃を与えていたのだ。
逃げ帰った兵や捕虜として捕らえられていた兵士たちは一様に「敵の戦車は鉄製で馬で引かれていないのに騎馬以上の速度で自由に走り回り、こちらの矢な槍などの攻撃が全く通じなかった」、「その戦車から強烈な水の礫をぶつけられて落馬した処を戦車によって轢かれた味方が大勢いた」という証言をしていた。
この事から攻めてきていた千人隊は、正面での突破の他に、スピスカ=ノヴァの北にある森の中を大きく迂回したルートで攻め上がる別働隊を編成して進撃させていた。
前回の話でドローンが発見していた50名ほどの敵兵はその前衛を担う傭兵部隊で、これらは主にドラゴニアの北部の敵対する諸国家出身の元奴隷や親が奴隷であったためにまともな仕事に就くことが出来ず各地を転戦したり、狩猟などで食いつないでいる者達で編成されていた。
この部隊は本来は第二軍直属なのでこの千人隊の所属ではないのだが、この傭兵部隊の隊長は本拠地で休んでいても金にならないので、今回の侵略に同行していたわけだ。
こうして、ドラゴニアの傭兵隊50人と、マルレーネ率いる特殊作戦隊8人との戦いが始まるのであった。
この戦いに際して、日本人の最年長の小畑秀明は、マルレーネたちに現代戦のノウハウを短期間で叩き込んでいた。
まず秀明が彼女たちに対して行ったのは部隊編成と命令系統の整備であった。
基本的に個別での行動が主体の狩人という職業の女の子たちを二人一組に分け、それぞれをセイバー、ランサー、アーチャー、キャスター隊とした。
また、そのセイバー隊の隊長のマルレーネに指揮権を与え、全部隊を指揮するように整えたのだ。
秀明は当初、連携などが出来ず苦戦するのかな?と思っていたが、実施してみると意外にも上手くハマり、あっという間にまとまりのある部隊となったのだ。
これはマルレーネが狩人の中でもズバ抜けた腕を持つことが仲間うちでも認められていて、また年長の二人がいるランサー隊も彼女を積極的にサポートする姿勢を示したからだ。
前にも書いたが、ランサー隊の2人は見るからに精強な女戦士といった雰囲気を持っていて、本来なら彼女たちこそが隊長に相応しいと見た目では思われていたのだが、このような特殊部隊を作る話を彼女たちに持ち込んだ時、この二人が主になってマルレーネをトップに据えることを主張していたのだった。
一見すると少し線が細く、スタイルが抜群で「強い」というイメージがなかなか湧かないマルレーネであったが、実戦訓練に入り、彼女がいかに戦士として優秀なのか思い知らされることになる。
まず秀明が実際に彼女の動きを目にして驚いたのは彼女の身体能力の異常な高さだ。
他の女性たち、特にアスリートのような体型をしているランサー隊の2人なども狙撃の正確さ、スタミナ、動きの速さなどズバ抜けているのだが、マルレーネのソレは彼女たちのを楽々凌駕していた。
これは4対4の模擬戦をしてみて分かったのだが、マルレーネだけでランサー隊とアーチャー隊をあっという間に撃破してしまったのだ。
さらに彼女は各隊の連携による防御や攻撃をあっという間にマスターし、秀明が教え込んだ、ある必殺の戦法も身に付けてしまっていた。
これは世界的に言うとモンゴル騎兵が得意としていて、日本では島津軍の必殺技?として有名な戦術であった。
秀明は森の中での防御戦にこの戦術をアレンジして使おうとしていた。
これは秀明がサバイバルゲームで戦う際にも結構使う方法で、上手くハマれば大勝利、失敗すれば大敗というかなり難易度の高い戦術であった。
時間は短かったが、事前の卓上でのシミュレートや実際に森に入って部隊を動かす訓練なども行い、今回の戦いに挑んでいたわけだ。
また、彼女たちに秀明は日本から持ち込んだ数々の「道具」を渡していて、それらを駆使して敵を恐怖のどん底に叩き落とす戦術に活用してもらうようにしていたのだ。
その内容はおいおい明かしていくことになります。
マルレーネは今回の迎撃ポイントを迂回路の丁度中心点にある青い湖の付近に設定した。
ここは大きな湖があることで敵の進路が狭まり、ワナなどが仕掛けやすいことと、豊富な水を活用した作戦を組むことが出来るからだった。
また、味方の拠点である村との距離も5キロ程とそれ程離れていないので、補給やドローンなどによる支援も受け易いことがあったのだ。
マルレーネは比呂のドローンによる偵察の報告を聞き、青い湖付近まで全部隊を展開させた。
この付近は予め大量の罠や「ある仕掛け」を設置しているので秀明たちと立てた作戦に従い、部隊を配置させた。
戦端が開かれて3日目の晩に傭兵隊長であるGerhard率いる50人は、散開しながら青い湖が見える所まで進出していた。
このゲルハルトという男は、歳は38歳で身長は190センチと非常に恵まれた体格の持ち主であった。
この傭兵隊は主に北のヴァイキング系の住人によって編成されている部隊のため、ドラゴニアの一般的な住民より平均して身長や体格が良かった。
彼らのルーツである北方諸国が長年に亘り圧倒的に人口が多く経済力の高いドラゴニア最強の北部戦区を相手に互角の戦いを繰り広げていたのは彼らの異様な戦闘力の高さと好戦的な性格の他にも狩猟民族のため、住人の多くは弓などに日常的に慣れていたことが挙げられる。
彼自身はドラゴニアで産まれたのでドラゴニア風の名前が付けられているのだが、各地で転戦してきた傭兵を率いているくらいなので、戦闘能力以外にもある種の狡猾さや統率力を兼ね揃えていたのだ。
ゲルハルトは異様な雰囲気を感じとり、指笛を使い全部隊の動きを一時止めた。
「どうしたんですかい?」といぶかしむ副長に「お前はあの声が聞こえないのか?」と逆に質問した。
聞き耳を立てると、確かに何やら子供の楽しそうな話し声が微かに聞こえてくる。
部隊のあちこちで動揺の波が広がった。
なんでこんな深夜に森の奥深くで子供達がいるんだ?
それも聞き慣れない言葉で楽しげに笑う子供たちの声。
ゲルハルトは全身に鳥肌が立つのを感じた。
「これはヤバい相手だ!敵に魔導士が味方しているという噂は本当のことだったのか?」
ゲルハルトは全部隊を1キロほど後退させて、見張りを立てつつ、野営の準備をすることにした。
ここまで後退すると例の子供たちの声は聞こえて来ないのだが、その異様に楽しげな声は全ての兵士達の耳にこびり付いていたのだった。
普段は命知らずで知られるこの傭兵隊の隊員たちも、口々に「これはヤバい奴だ」「モンスターならまだしも悪魔とか妖精など相手に戦ったことはないぞ?どうするんだ?」という声があちこちで起こった。
ゲルハルトは「この森は明らかにおかしい。夜での行軍は危険すぎるので見張りを残して後はすべて寝ろ。
この程度でビビるのは勇猛だった父祖の名が泣くぞ」と言って隊員たちを叱咤するのだった。
各地を転戦していると、いろんな場所で独自の伝承を聞くことがある。
その中には旅人を誘惑して湖に引きずり込む若く綺麗な女性の形をした悪い妖精の話などもあったのだ。
彼の祖国には特にこの手の伝承が多くあり、彼が小さい頃に母親からいろいろその手の話を聞かされていたのだ。
怖いと思う反面、「是非、敵の親玉を見てみたい」という子供の様な好奇心もあるのが、このゲルハルトという男なのであった。
ここで副長であるゲルハルトより更に巨漢で筋肉質の男が声を出した。
副長「明日はどうやって攻めますかい?」
ゲルハルト「貴様は隊の半数を率いて湖の右側から回り込んで行け。
俺は残り半数と共に左側から攻め上がるわ。
今回の敵は本気でやらねばならない敵だ。
部下たちにもくれぐれも油断しないよう言っておけよ」
その2メートルを越す巨漢の持ち主はWalframという名前で、頭にはいかにもヴァイキングという感じの角が二本生えたヘルメットを被っていた。
普段、勇猛で鳴っている彼ら傭兵部隊も、この意味の分からない子供たちの笑い声に珍しく不安げな表情を浮かべる者が多くいた。
ゲルハルトは先日、正規兵によって行われた攻撃で前衛部隊が散々な目に遭わされて撤退している様子を後方から見ていた。
まず驚いたのは何か意味の分からない言葉で延々と続く呪文みたいたものが平原中に流れてきたことだった。
しかもその呪文?は大声で叫んでいるようでは無いのに何キロも離れたドラゴニア軍の本陣にまで聞こえてきていたのだ。
そして、意気揚々と進撃していった正規兵たちがあっという間に「鉄のイバラ」というわけのわからない罠で敗れてきたのだった。
若い頃から戦場を渡り歩いてきたゲルハルトからしてみて、これらの事は全く想像だに出来ないことであった。
「想像出来ないことが起こる」ということは戦場では「死」を意味する。
スピスカ=ノヴァには数は少ないが、正体不明な異質な敵が助勢している。
異質な敵、つまり自分たちプロの戦争屋でも知らない未知の兵器や戦術があの村にはあるということなのだ。
「これはもしかして、俺らの野望の実現のために使えるチャンスかもしれない」
ゲルハルトには野望があった。
いつの日にか自分たちだけの理想郷を築き、ドラゴニアに頼らず同郷の有志たちを集めて、独自の勢力圏を得たいと思っていたのだ。
この辺境の小さな村が我々の願いを叶えるキッカケになるかもしれないというのは予想外ではあったが、ひとまず何にせよ、この未知の敵に勝たねばならない。
我々に容易く負けるような敵ならそもそも味方にする必要はないし、敵にとてつもない兵器などがあるのなら勝って奪うのがもっとも手っ取り早いからだ。
青い湖の周囲では早朝、この時期は必ずといっていい程、濃い霧が発生する。
周囲が明るくなり、湖の西と東で二手に分かれて進む傭兵部隊は先日も聞いた子どもたちの笑い声が耳に入ってきていた。
邪教の呪文(般若心経のことね)も不気味だったが、この子供たちの笑い声は更に不気味であった。
ゲルハルトの後ろに付いてくる歴戦の猛者たちも見たことが無いほど緊張した面持ちをしていた。
霧の奥からエメラルド色の美しい湖が浮かび上がってくる。
ゲルハルトはつい「妖精が棲んでいるとするならこういう場所なんだろうな」と思ってしまった。
すると突然、遠くから「ギャー!!」という男の断末魔の悲鳴と、鉄と鉄とがぶつかる音が鳴り響いた。
ゲルハルトは全員を屈ませ、周囲を見渡した。
音がした方向は湖の対岸付近ではなく、これから進もうとしている方向から聞こえてきていた。
ということは副長のヴォルフラムが率いる別働隊ではない?
我々以外に先発隊がいるとは聞いていないし、夜の間に抜かれたわけでもない。
ということは、敵同士の内輪揉め?
そう思っていたら今度は自分たちの後方から「ゲッゲッゲッ」という魔物か何かの不気味な笑い声が響いた。
左の木の上の方から聞こえたかと思えば、今度は湖の上から色んなタイプの化け物のような笑い声が散発的に聞こえてくるのだった。
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