一時休戦
ランクル73を元のポジションに戻した雅彦はヘルメットを脱いで、崖の裏に用意している折り畳み式の椅子に座り大きなため息を吐いた。
さっきはつい激昂してしまい、ヴィルマたち村の女の子の前で恥ずかしい処を見せてしまった。
先日、村がドラゴニアの騎士達の襲撃に遭った時も怒りのあまりつい先走ってしまい後悔したばかりだったのだが、今回もつい頭に血が昇ってしまいしなくて良いことをしたんじゃないか?と考えてしまうのだった。
威嚇の意味もあって、敵の使者の足元に転がっていた兜をショットガンで吹き飛ばしてしまったが、敵にこちらの手の内を不用意にさらけ出してしまったかもしれない。
今回の戦いでは、極力、自らの手の内は明かさないでおこうと比呂とも話し合って決めたばかりだったのに、だ。
「は〜…、俺は何してるんだ?」
…まあ、やってしまったことは仕方ない。
頭を切り替えて、これからのことを考えてみよう。
まず、敵は鉄条網に絡めとられて身動きが取れなくなった兵士たちを助け出しにやってくる。
これは敵との約束通り、こちらから攻撃を仕掛けることは基本的にしないつもりだ。
だが、雅彦は今回の敵は全く信用できないと考えている。
彼らの発する言葉の端々に見られる高慢さ、傲慢さ、残酷さなどが雅彦にそう思わせるのだ。
おそらく救助する時も何か仕掛けてくるだろう。
そう考えた雅彦は、無線機のマイクを取り、比呂に向けてこちらにライフルを持って来るよう伝えた。
比呂はこれまで通りに完全武装させたアレクシアを連れて軽トラで前線に出撃して行った。
彼らを見送るエマに秀明は言った。
秀明「エマさん、娘さんを前線に送り出すことは心配ではありませんか?」
エマ「それはヒデアキサンも同じことですよね?
貴方はマサヒコサンとヒロサンの二人を前線にこうして送り出しています。
本来ならここでヒデアキサン達は戦う必要がないにも関わらずです」
秀明「前にも言いましたが、これは私たちのための戦いでもあるのです。
我々はこの世界で暮らしていくことを決めました。
ですから、それを害そうとする勢力に対しては全力で戦うのです。
我々は村の人たちを一方的に守っているのではありません。
エマさんたち村の人が自主的に戦おうとしているから、我々も横で手を貸しているだけなのです」
エマはこの言葉を聞いてこう思った。
この人はこの期に及んでも、まだこんな事を言っている。
決して、恩を売ろうとはしない。
これだけの進んだ知識、豊富な経験、驚異的な武器や物量の多さなどがあれば、この村を容易く支配下に置くことも容易いだろうし、私たち女全てを自分の所有物にすることも容易いはずなのだ。
だが、それをしない。
最初は私たちに魅力がないのかしら?とか、最初から興味がないのかしら?などと思っていたり、神の使いともなると私たちの世界の常識では図れないものがあるのかしら?などと思っていたのだが、そうではないのではないかと最近は思うようになってきた。
最近、ヒデアキサンが日本から持ち込んできていたニットのワンピースのセーターなどを着ているときの彼の私を見る目は、久しぶりに感じる男性の目であったし、私に魅力を感じてくれているということは女性として素直に嬉しかったのだ。
神の国から来たということは間違いないけど、アレクシアも言っていたけど、あの世界で住んでいる人は私たちと変わらない「人間」なのだと。
ヒデアキサンたちニホンジンが我々と同じ人間であるなら、本当の意味で共に暮らしていくことが出来る。
そして結ばれることも出来るはずだ。
エマは翻訳機を介さず小声で、「私を貰ってくれるのなら、それが一番嬉しいことなのに…」と小声で呟くのであった。
秀明「え?何ですか?」
エマ「あ、いや、マサヒコサンは大丈夫でしょうか?普段の明るい彼からすると想像できないほど怒っていたようですけど」
秀明「大丈夫です、多分ヤツは今頃反省してますよ。
それに怒るのは彼の中に揺るぎない正義があるからですよ」
エマ「正義、ですか?」
秀明「はい。
味方が傷付いたままで戦場に残されているのに助けもせずに逃げ帰ったことに怒り、一方的に侵略してくるにも関わらず恥ることなく偉そうな態度をしてくる敵に怒る。
それは彼の中に揺るぎない正義という価値観があるからです。
ヤツはヤツなりに『正しいことをしよう』と思っているハズなんです。
まあ、いきなり銃をぶっ放すのは確かにやり過ぎですが、まだ若いってものありますが、傾向としては悪くないですね」
エマはクスクス笑いながら、
エマ「ヒデアキサンはマサヒコサンの事が本当によく分かっているのですね」と言った。
秀明「ああ、そうですね。
ヤツと私は性格は違いますが、昔から似たところがあるんですよ。
だから、どちらかと言うと比呂より雅彦の方が何を考えているのか昔からよく分かるんです」
秀明は「雅彦こそ頭領の器だ」と言ったことがあるが、それは彼の持つ底抜けの明るさと人を惹きつける能力が多くの人を率いていく者として欠かす事が出来ない貴重な資質だと思っているからだ。
秀明自身、妻に裏切られて家庭崩壊した際の最も精神的に厳しかったときに、雅彦の底抜けの明るさに救われていたわけだし、雅彦を近くで長年見てきて、彼の人柄に惹かれて自然と人が集まってくる様子だとか、秀明の昔からの友人がこぞって雅彦の手伝いをしたり可愛がっている様子などを見てきて、そう感じるのであった。
ただ、明るい人柄だけでは厳しい現実世界で生きていくことは困難だ。
だから自分みたいな歪んだ大人が彼が独り立ちするまでサポートしてやる。
また有能な親戚たちもこれからは雅彦をこぞってサポートしてくれるようになるだろう。
比呂は人の上に立つようなタイプではないが、独特なセンスを持ってるし、何より雅彦が持っていないモノを多く彼は持っているので、仲の良い兄弟としてこれからも上手くやっていってくれるだろうと思うのだ。
…事実、この秀明の予言は近い未来に的中することになる。
雅彦は反ドラゴニア勢力の盟主として祭り上げられ強力な連合軍を率いていくことになるし、比呂はその豊富な知識と技術力などで雅彦の最強の軍師として活躍していくことになるのだ。
秀明は無線で北の森の中で潜んでいる猟師たちで編成されている特殊作戦隊のマルレーネに連絡を入れた。
ちなみに村の女の子の中で最も日本語に詳しくなっているのはエマの娘のアレクシア。
次が雅彦と夜以外はほぼいつも行動を共にしていて、しかもネットが繋がらない環境にいることが多いヴィルマやイングリット。
次が村長のエマ…あとはほぼドングリの背比べという感じであった。
猟師、というか狩人であるマルレーネたちは合流したのがここ数日ということもあり、村の女の子達のように日本語に接する機会はほとんどなかったため、彼女たちとの会話はドイツ語を使わねばまだほとんど無理であった。
今回の連絡では秀明の日本語を翻訳した内容をエマが間接的に無線機で伝えるという方式が採られていた。
エマ「マルレーネ、北の森の様子はどう?」
まだ無線機の使用に慣れてないのかしばらくガサガサという雑音があった後にマルレーネの言葉が飛んできた。
マルレーネ「今のところ、森の中で異常はない。動物たちの動きにも変化はない」
動物たちの動きのことを言うってことは、敵が侵入してきたら動物たちの動きでわかるってことなのかな?
例えば鳥が一斉に飛び立つなど。
富士川の合戦で確かそんなことあったよね?などと秀明は思った。
エマ「分かったわ、見晴らしの良い所から敵の本隊は見える?」
マルレーネ「いや、ここからは遠過ぎて山の下の方は見えない」
なるほど、迂回路の中心付近にいるわけかな?
エマ「作業の進捗はどう?」
マルレーネ「ヒデアキに言われた罠を仕掛け終えたところ。
今はアーチャー隊が帰ってくるのを待っているところ」
エマ「分かったわ、しばらくそちらで待機してもらうけど、必要なものがあれば教えて」
マルレーネ「村で飼ってる狼はそちらに送り返した。
罠に引っかかるとマズイから。
あと、食糧はこちらで確保してもいいけど、出来たらオヤコドンを食べたい。あれ、美味しい」
エマ「狼たちは今は森の南の監視と女の子たちの護衛をしてくれてるわ、食事の件は了解ね。明日にでも誰かに運ばせるわ」
マルレーネ「ありがとう、ヒデアキにこちらは上手くやると言っておいてね」
エマ「ええ、ここで彼は聞いてるわよ」
焦ったのか、しばらくガサガサと異音がしていたがそれで無線の交信は終わった。
親子丼というのは、先日の訓練の最中にマルレーネたちにレトルトの親子丼を食べさせたら、マルレーネが異様に親子丼を気に入ってしまい、事あるごとにリクエストしてくるようになったのだ。
彼女達には石油コンロなども持たせているので、以前とは比べものにならないリッチな食事にありつけるようになっていたのだ。
秀明は彼女達にツーマンセルを中心にした戦術の他にも、ベトナム戦争でベトコンなどが使ったブービートラップなどを彼女たちに教え込んだ。
今回、秀明が特に多く設置するように指示したのは「熊殺し」と呼ばれる罠であった。
こちらはホームセンターで買い込んできた材料で大量に生産出来たので効果は地雷などに比べると低いが、この森に慣れていない敵兵なら有効であろうということで多く設置することになったのだ。
熊殺し以外にもマルレーネたちが狩猟で使っていた罠も要所要所に仕掛け、さらには防犯ブザーを利用した警報なども見え難い場所に設置して、敵の接近を事前に把握することになった。
もう一つ実はある秘密兵器も導入したのだが、それについては後に語ることになるだろう。
前線では日が陰ってきたが、鉄条網にはまり込んでいた敵兵の救出に難航していた。
今回、多く送り込まれてきた兵士は盾以外に武装はしていなくて、さらには着ているのは粗末な服だけで防具になりそうな物も身に付けていない者が大半だった。
雅彦はその様子を崖の上から観察していたが、そこにヴィルマも登ってきたので二人は伏せたままで並んで敵の様子を見ることにした。
ヴィルマ「あれ おそらく Sklave」
雅彦「Sklave?スクラーベって何だ?」
しばらく悩んでいたヴィルマは地面に単語を手書きした。
雅彦はそれをしばらく眺めていたが、「あ!英語で言うところのSlave(奴隷)のことか!と思い当たった。
こんな時、英語と独語が似ているのはありがたい。
そうか、敵の目前で危険な作業をさせるのに、一般兵は使わずおそらくは非戦闘員の奴隷を使う辺り、ドラゴニアの常識というか価値観がよく分かる。
「俺なら救助に見せかけて何かを仕掛けたくるけどどうだろかな?」
そう思いながら双眼鏡で彼らの作業を観察していたら、下士官と思われる完全武装した敵兵がこちらに見えない様に体の後ろで鉄条網を触りながら何やら怪しい動きをしていた。
雅彦はヴィルマに怪しい動きをしている敵兵を指差して教え、「怪しい動きをする者は殺すぞ」と警告してくれ、と翻訳してもらって伝えた。
ヴィルマは大型スピーカーに繋がっているマイクを手に取り、「そこの下士官!怪しい動きをしている者は殺すと言ったハズだ!殺されたいのか!」と警告した。
突然、大音響で警告された敵兵はビクッとなり、弾みで手を有刺鉄線の針で傷付けてしまったようだった。
慌てて鉄条網から距離をとって何もしませんよというジェスチャーをする敵兵だった。
溝の中に落ちた兵士を引き上げるのに非常に時間が掛かった為に辺りはすっかり暗くなってしまったので、雅彦はランクルの向きを変えてヘッドライトで照らしてやると同時に、崖と上にも大型の作業用の投光器を持ち上げて、溝の中が多少なりとも見えるように一応協力してあげた。
身動きが単純に取れなくなっていた兵士以外にも大怪我をして動かなくなっている兵士なども大勢いたので、後からやってきた増援も含めると50人ほどが救出作業を手伝い、最終的には晩の8時頃までかかって最後の一人を引き揚げていた。
全ての敵兵が撤退していったので、雅彦たちはランクルの向きを元通りに戻して、崖の上の投光器だけを敵の方に向けて接近者などがいないか見張ることにした。
前線に比呂たちも到着していたので先程の怪しい動きをしていた敵の下士官の話をすると比呂は「有刺鉄線を盗もうとしてたんじゃないの?」と言った。
(続く)
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