鉄のイバラと濡れた堀の罠
ドラゴニアの東部戦区第二軍から派遣されてきた千人隊の侵攻が始まり本格的な戦闘は雅彦たちが前線に敷設していた電気ショックを与えるトラップにより一旦休止していた。
だが、混乱する軍を強引な手法で押さえ込んだ敵の司令官は昼過ぎになり、再度の前進を指示を全軍に飛ばした。
「千人」というと少なく感じるかもしれないが、実際に敵意剥き出しで相手の事を容赦なく殺そうとしている千人もの群がジリジリ迫ってくると、胃が握り締められるようなプレッシャーを感じるのだ。
朝、攻めてきた時と同じように最前列を大楯と槍を構えた重装歩兵を配置して、その戦列を五列並べ一つの横陣を組んでいた。
盾と盾の間はほぼ密着しているが、横一列が120人近くいるので、横幅は100メートルほどありそうだった。
後方にもほぼ同規模の横陣が二つ控えていて、そちらは盾を備えていない軽装歩兵なのでおそらくは弓隊だろう。
雅彦たちは周囲より20メートルほど高い崖の上から敵を観察しているのだが、それでも千人ほどの集団の後ろの方の武装はハッキリ確認出来なかった。
雅彦は般若心経の朗読音声を止めて、また別の音源を流す準備を始めた。
しばらくの間、大勢の兵隊が盾に槍を定期的に打ち付ける「ガン!ガン!ガン!ガン!」という音が平原に響き渡った。
一歩一歩、ジワジワと隊形を維持したままで進軍してくるドラゴニア兵士。
雅彦「これは、攻められる側にしてみたら、確かに恐怖で逃げ出したくなるよな」
後方から「ブオォ〜〜!」という角笛の音が戦場に響き渡り、先頭の横隊は突然、突撃を始めた。
三百人以上の重装歩兵の突撃は「ドドドドド」という地響きを立てた。
雅彦は崖の上から後方に向けて赤旗を振った。
すると、林道の奥に控えていた弓隊から、立て続けに矢が斉射された。
矢の大半は先程、敵から回収したものを使っており、弓もクロスボウではなく、村で以前から使用していた木製の長弓や、秀明たちが日本から持ち込んでいた和弓や洋弓などで撃たれていた。
ひとまず「矢で攻撃してます」というアピールの為なので、最初の一撃の様に威力の強い弓は使用していなかった。
更に敵の中段に位置する横隊からは一斉に矢が放たれて、空が一瞬、暗くなる程の矢が空を覆った。
雅彦は黄色の旗を振る。
崖の上にいた見張りの子や、弓隊の子たちも盾の裏に隠れた。
バシン!バシン!と物凄い勢いで矢が辺り一面に降り注いできたが、崖の裏にいるヴィルマたちや長槍隊には全く被害はなく、林道の奥の弓隊にも散発的に矢が届いている程度で被害は無さそうだった。
崖の上にも数本届いた程度で、矢の大半は崖の横に姿を見せていたランクルに集中していたみたいだ。
試しに崖の下のランクルを覗き込んでみると、屋根に置いていた厚手のコンパネに大量の矢が刺さっていたし、あちこちに矢が突き立っていたが、まあ先ほどと同じく被害は無さそうだ。
そうこうしていると敵の前衛はワイヤーを張り巡らせた一帯を抜けて最前列の鉄条網のラインまで届いていた。
盾を構えたまま、鉄条網に突撃した敵の重装歩兵が突入したが、大きな悲鳴と共に有刺鉄線に全身を絡めとられ動けなくなった。
最初のラインは横幅が30メートルほどあるのだが、林道の出口から扇型に広がっているので、雅彦たちから見て手前に来るほどラインの幅は狭くなっていた。
横幅が100メートル程もあった横隊が一斉に有刺鉄線で構築した鉄条網に飛び込んで来た訳なので、先頭部隊は大混乱に陥った。
「どうせ植物のツタなどで作ったものなのだろう」くらいに軽く考えていた訳なので、彼らはよもやこの世界ではまだ貴重な鉄がこのような形で使われているとは夢にも思っていなかったのだ。
前衛部隊は総勢360人ほどにもなる部隊なので、先頭が引っ掛かったとしても後続部隊はカンタンには止まらなかった。
引っかかって身動きが取れない兵士に後ろから体当たりを噛ませ、更にその上に乗り上げるように次々と後続の兵士が突撃してくる。
敵兵たちは最初の鉄条網だけのラインを超えてその先の空掘に雪崩れ込んでいった。
当然、そこにも鉄条網が底に張り巡らされているので不用意に落ちた敵兵たちはたちまち身動きが取れなくなった。
身動きがとれない兵士の上にまた兵士が覆いかぶさってくるが、その兵士もまた服や装備の一部に針が引っかかって動けなくなる。
こうして前衛部隊約360は壮絶な地獄を経験することになった。
降り注いでくる矢をバリスティックシールドで避けながら下を見ていた雅彦は、目前に展開された地獄絵図を目にすることになる。
有刺鉄線に掛かったり堀に落ちた兵士たちは重装備をしていたおかげで死にはしてなさそうだが、あちこちから食い込んでくる針の痛みに耐えかねて叫び声を上げる兵士や、悲鳴を上げる兵士などが続出したのだ。
前衛の約半分が有刺鉄線の餌食となったところで敵の突撃は止まった。
ここで前衛の異変に気付いた敵の司令官と思しき騎兵が、後ろの方で大声を上げて突撃の停止を指示した。
「プォプォプオォ〜〜!」
戦場にはまた先ほどとは違う音色の角笛が鳴らされ、鉄条網付近でまごまごしていた前衛の兵士たちは、引っかかって動けなくなった兵士を見捨てて、後方に撤退していった。
雅彦「おいおい、味方を回収していけよな!」
味方を助けようとしない敵兵の行いに激怒する雅彦。
戦場には、味方に見捨てられ呻き声を上げる大量の兵士たちが残された。
雅彦は崖から降りて、無線で秀明にこの事を説明した。
雅彦「敵の大楯を構えた槍隊約360が突撃してきて、そのうちの約半数が鉄条網の最初の一列目で行動不能になった。
身動きが取れない兵士を見捨てて敵は後退したわ」
秀明にとっても耳を疑う報告であった。
秀明にとって「戦争」のイメージは第二次世界大戦以降の近現代の戦闘なわけだが、鉄条網にハマってしまい身動きが取れなくなった程度の兵士を見捨てて後退するような指揮官がどこにいるんだ?と、先ほど雅彦が怒ったのと同じ感情が込み上げてきたのだった。
やっぱりこの世界は「異世界」なんだ。
文化の違いと軽く言うのもはばかられるほど、自分たち現代を生きる日本人とは根本的な部分で人の命に対する考え方の違いに巨大な格差があるのだ。
ヤツらは人の命を大事なものとは思っていない。
戦えなければ味方でも容赦なく切り捨てて、おそらくそれで後悔などはしない。
もし、敵に味方が捕まりでもしたら壮絶な拷問や残虐な殺され方をする可能性もある。
エマさん達から聞いた最初の襲撃の話や、前回自分たちが撃退した襲撃の時になんとなくは敵の事情を分かっていたつもりになっていたが、それでもこういう事例を目の当たりにすると、改めて異常な敵と対しているのだな、と痛感させられる。
エマが雅彦の話の内容を知りたがっていたので、カンタンに経緯を説明してあげた。
エマ「嵌まり込んだ敵をどうしますか?」
秀明「敵に回収させましょう、敵の出方も見てみたいですしね」
エマ「分かりました、では私の方からヴィルマに敵に身動きが取れなくなっている兵士を回収するように敵にアナウンスするよう伝えておきますね」
秀明「お願いします」
再びマイクを取り雅彦に語り始めた。
秀明「雅彦、敵に回収させる。その間は攻撃をしないとヴィルマさんに敵にアナウンスさせてくれ」
雅彦「分かった、ほんじゃヴィルマに替わるわ」
マイクをヴィルマに渡したので、エマはヴィルマに敵へのアナウンス内容を伝えた。
こうして、ヴィルマは大型スピーカーで敵将に対して「我々を攻撃してきたことは大目に見てやるので、兵士を回収せよ。
回収している間は攻撃はしないと約束する」
このような内容のアナウンスを数回繰り返した。
その頃 敵軍の中では、先程の電気ショックの時と負けず劣らず混乱が広がっていた。
敵軍のうち、前衛にいた約360名のうち100名程が依然として鉄条網に捕まり、脱出出来ないでいた。
中には全身を血に染めながらも脱出し、ボロボロの格好で自力で帰陣する者もいたのだが、大半は脱出出来ずもがき苦しんでいた。
その様子は敵軍の指揮官なども確認していたが、敵の直前でそれらの兵士を救出に行くことは敵の攻撃に晒される恐れがあるので救助を躊躇していたのだ。
「どうなってる?!なんでイバラ如きの柵で我々の突撃は止められてしまったのだ?」
怒り狂う指揮官に対して直接突撃を指揮して間近で鉄条網などを確認していた部隊長は、
「あのイバラに見えるグルグル巻きの柵は、なんと細い鉄で出来ていました!
またその線には細かい針が大量に出ていて、鎧の一部などが触れるとたちまち引っかかり身動きが取れなくなるばかりか、大量に飛び出している針が体の至る所に食い込み怪我をさせます」
「なんだと!あれは植物ではなく剣や槍で使われている『鉄』だと申すか?!」
もしあれが鉄で出来ていると言うのが本当なら、余程の鍛冶職人があの村には味方に付いているということになる。
「信じられんな、ここに持って来る事は出来なかったのか?」
「申し訳ありません、味方の救出に手一杯でそれどころではありませんでした」
そこで横に控えていた顔に傷が入ってしまっていた兵士が横から口を出してきた。
「横からすみません、あの鉄のイバラの先は深さ4エル(約2メートル)ほどの溝が掘られていて、辺り一面は濡れていました。
またその溝の中にも鉄のイバラが仕掛けられており、一度はまり込んだ兵は自力で這い出す事が困難になってました」
「なんだと?!溝もあったのか?さらにその底にも仕掛けられていただと?」
それらの話を横で聞いていた副官と思われる男がここで初めて発言した。
「馬で突撃をしなくて幸いでしたね。
もし、馬で突撃を敢行していたら今頃は騎馬隊を失ってしまう処でした。
隊長の指示通り、まずは慎重を期して重装歩兵で攻めさせたことが正解でしたな」
本来なら攻める前に斥候を派遣して下見するのが正解なのに、いきなり歩兵で攻めさせたのは明らかな誤りであったのだが、上官に対してお世辞を言うあたり、副官のゴマスリのスキルは非常に高いものがあった。
「ははっ、そうであろう。
だが敵の目前に我が方の兵がまだ多く残っていることは違いないので、死ぬ前に助け出さねばなるまいて。
副隊長、良い案はないか?」
先程、見事なおべっかのスキルを披露した副隊長は少し考えてから案を述べた。
「敵は先ほどから攻撃はしないので残された兵たちを回収するよう非常に大きな声で我々に呼びかけています。
ですが、これも敵の罠ということも考えられるので、残された兵の救出には奴隷たちを派遣しましょう。
それならもし救助中に敵の攻撃が再開されたとしても、味方の一般兵士に損害は出ません。
救助を開始するのであれば日が暮れるまで時間がありませんので、今すぐ始める必要があります」
「なるほど良い案だ。
食糧の輸送で連れてきている奴隷達を今すぐ集めよ。
輜重隊の隊長へとすぐ使いを出せ」
「分かりました」
副隊長は、大急ぎで仮の指令所となっているテントから飛び出していくのであった。
一方、比呂は日本と異世界とを軽トラで忙しく行き来していたが、その大半は日本側に置いてある数々の物質を前線に送り届けることや、村の南側で見張りをしているアレクシアと同年代の女の子たちの様子を見に行くことだった。
また、物資の輸送などがひと段落したら、村の教会で待機している秀明とエマに会って、前線の様子を直接秀明などに説明したり、秀明と今後の戦略のすり合わせをすることなどをしていた。
前線からは逐一、崖の上の見張り役の女の子から敵の様子がエマに無線で伝えられていて、必要な情報は秀明に伝えられていた。
前線では敵に動きが出ていて、位が高そうな敵の士官が騎乗したまま前線に接近してきて「指揮官に会わせろ」と言ってきたのだそうだ。
秀明「これは、ちょっとはまともな話し合いが出来るかな?」
エマからの報告を聞きながら、そう独り言を言うのであった。
(続く)
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