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智将は敵に食む

前話の最後で雅彦が言った「智将は敵に食む(はむ)」という言葉について少しだけ説明しておこうと思います。興味のない方は数行飛ばして下さいw


この言葉は元々は中国の古典である孫子の兵法(へいほう)から来ている言葉で、「賢い将軍は軍事物資の補充を自国からの輸送に頼るのではなく、敵から調達する」という意味だ。


「敵国で略奪行為をしろ」と、今の価値観では考えられないことを孫子という古代の偉い人は言っているわけではない。


敵の資産を奪うことは、敵からしてみるとマイナス1だが、味方にしてみればプラス1で、合計すると「2」こちら側が有利になるという事だ。



雅彦は子供の頃から秀明に四駆を操る技術やこだわりなどは叩き込まれたが、学校の勉強をしろとは言われた事がなかった。


ただ、一つだけ本を渡されて「暗唱出来るくらい覚えておけよ」と言われたことがある本は「孫子の兵法」だった。


これは秀明が彼の親父(つまり川北財閥の創業者の末っ子)からも同じ事を言われていたことだった。


秀明は彼の親父ほど帝王学を学ばされたことはなかったのだが、それでもいくつかの事は子供の頃から叩き込まれていた。


今ではあり得ないほどスパルタ指導をしていた剣道の道場に通っていたのもその一環だったし、経営学や兵法なども学ばされたりしたこともあった。


その反動もあって息子たちには厳しい教育をしなかったというのもあるのだが、雅彦や比呂などは秀明と比べるとかなり自由気ままに少年時代を謳歌していたとも言える。


まあ色々あって子育て自体出来なくなっていた時期もあるのだが…


またそれはまた別の話なので孫子の兵法に戻すが、秀明は何かある度に孫子の兵法に出てくる言葉を引用して話をすることが多かった。


だからそれほど興味を持たなかった雅彦ですら、ぽろっと言葉が出てくることがあるのだが、こちらについては次男の比呂の方が圧倒的に詳しくなっていた。


子供の頃に秀明に聞かされていた孫子の話などをキッカケに興味は過去の戦記などに及び、YouTubeなどにある戦術や戦史、戦争、戦略物はことごとく見尽くした。


秀明もある程度は知っているのだが、彼の興味は割と近現代戦に偏っていた。   


(サバゲーなんてしてたから)


それに対し比呂の興味と知識は古代の武器や戦術、戦略など非常に幅と奥が深くなっていた。


だからパソコンゲームも戦略を駆使する物などが特に好きで、シミュレーション系のゲームなら時間を忘れてのめり込む傾向が強かったのだ。


お陰で学校の成績は今ひとつで、大学進学もさっさと諦めていたわけなのだが、ここに来てその知識は役立ち始めたという訳だ。


雅彦は比呂ほど戦略などは詳しくないのだが、親父の影響でやっていたサバゲーや四駆でのクロカンという、かなりハードな遊びを通じて「現場の指揮官」としての能力はぶっちゃけかなり高いものがあった。


特に彼は「人から好かれる」という特技があったため、彼の周りには自然と人が集まってきていたし、判断もなかなか的確だったので自然と周りの人から一目置かれる存在となっていた。



今、ドラゴニアという現代では有り得ないレベルの凶暴な国が目の前に約一千の軍隊を展開して侵略してきているが、こちらの兵力はおよそ40で、兵力だけで言うと25倍もの開きがある。


今回はまたまた25倍で済んでるが、後方には1万は最低でもいることは間違いないし、ドラゴニアという国は周辺諸国では、随一の人口と国力を誇り、また兵の動員能力も100万はあるのではないか?とまで言われているので、その「差」を埋めるのは生半可は知識や技術格差では無理だと思った。


まずはこの千人の敵を完膚なきまでに叩き潰す(皆殺しにするとは言ってない)ことで自分たち日本人がこちらに住む足場を固める必要があった。


その為、最も重要な戦略は「智将は敵に食む」ことなのだ。


軍事物資を奪い、それをさらに自分の戦力に加えるだけでなく、もう更に一歩先の、もっと画期的な戦略を使わねばドラゴニアには勝てないと雅彦は考えていた。


「敵に食む」うえで画期的な方法があるにはあるのだが、上手くいくかどうかの確信はないが、やるしかない。


勝てなければ自分たちがこの世界で平和に暮らしていく基盤はいつまで経っても手に入らないばかりか、目の前にいるヴィルマやイングリット、その他の美女揃いの村が敵の手に渡ることを意味するのだ。


雅彦も普通の成人男性なので、美女たちを前にして独占欲が出ないわけではない。


落ち着いた生活を手にしたら彼女たちと楽しく暮らしたい(というかエッチな生活もしたい)と願っているフツーの健康な青年男性なのだが、今はそれどころではないので戦いに集中しているのだ。



今回の戦いでは勝つだけではなく、その勝ち方の中身も要求されるだろう。


我々の持つ技術と武器を使えば、ここに押し寄せて来ている敵兵を虐殺することは容易いかもしれない。


だが、それでは敵の戦力をただ単に間引いているだけだ。


敵から奪った戦力や物資をこちらに加えることにもならないし、敵の内部を混乱させてしまうことにも繋がらない。


比呂が言うところの「敵に恐怖を植え付ける」という戦術は、逃げ帰った敵兵があちらの国の中で恐怖を拡散することに繋がるし、戦闘出来ない兵士を抱えさせて敵の経営資源を枯渇させることだ。


戦闘出来ない兵士は食料や資源を食いつぶすだけの穀潰しになるわけで、敵を内部から崩壊させる原動力になる。


ちょうど、ベトナム戦争で負け始めたアメリカの国内で厭戦気分が拡散してしまい、戦争の継続を断念したようにドラゴニアも我々との戦争を将来的には断念する方向に持っていく必要がある。


ドラゴニアはどう考えても話の通じる相手ではない。


ならパットン将軍ではないが「敵の鼻っ柱をグイと掴んでぶん殴ってやればいい」わけだ。


話ができないなら、出来るまでぶん殴ればこちらの言う事にも耳を傾けるようになるかもしれない。


どの道、このままではお互いに共存するのは不可能なので一度は戦う必要があるのだ。


「戦いながら敵のことを知るしかない」


これは秀明も言っていたが、ドラゴニアという国の事は分からないことが多過ぎる。


しばらくはこちらの被害が出ない様に細心の注意を払いつつ、戦闘を継続していくしかないだろう。


そして今回のこの戦いの「勝ち方」が問われるのだ。



雅彦はランクル73の陰から握り飯を片手に双眼鏡で敵の様子を見ながらそんなことをつらつらと考えていたのだった。


敵は隊列を組みなおそうとしているようなのだが、依然として盾の動きに乱れがあった。


おそらく内部ではいまだに混乱が続いているのであろう。


逆の立場になって考えてみたらわかるが、敵からしてみれば今回の電気ショックは本当の意味で「ショック」だったであろう。


現代人である我々が同じような罠に引っかかった場合は「あ!電気トラップにやられた!」とそのうち気がつくが、「電気」なるものが何か知らない中世レベルの人たちが、突然「ビリッ!!」とくる意味不明な攻撃を食らったら、混乱するのは無理もないことだろう。


「意識外からの攻撃」は実際の被害以上に多くの効果があるのだか、見たことも聞いたこともない攻撃が突然行われたらパニックを引き起こす原因にもなり得るし、次はどんなことがあるのかと疑心暗鬼になるのも無理がない話だ。



ここで敵の兵の視点で見るみよう。


村がある林道の入り口には見たこともない戦車?が道を塞いでいるし、大量の矢が当たってもビクともしていない。


ハリネズミの様に矢が突き立っていたが、何度もないようだった。


それどころか、また不気味な呪文みたいな声がこのゲレンデには鳴り響いている。


もしかして、あの「呪文」が雷の魔法を呼び寄せたんじゃないだろうか?


敵には魔道士がいるというもっぱらの噂だが、これのことではないのか?


そのような憶測が敵兵の間で噂されるのだった。



敵の部隊長たちは必死に混乱した部隊を立て直そうとしていたが、なかなか混乱は収まる気配がなかった。


槍と大楯を備えた兵の大半はドラゴニアの正規兵であった為、「このような危険な任務は奴隷に当たらせるべし」という意見が兵の間から続出し始めたからだ。


だが、正規兵は奴隷などに比べて多少、待遇が良いという程度で、下士官や部隊長の様に党員という訳ではなかったので、発言力は小さいものであった。


大っぴらに党員に対して反対するような事を言うと自分自身を含め、国にいる家族がどのような目に遭わされるか分かったもんじゃないし、その様な場合の残虐な仕打ちはドラゴニアは群を抜いていたことで周辺諸国にも知られていた。


ドラゴニア党員に一般国民が反抗することは「死」を意味することなので正面きっては文句は言わないのだが、あちこちから少しずつ漏れ出てくる一般兵達の不満や意見は下士官や千人隊長を苛立たせていたのだ。



時間は過ぎて昼頃になった頃、事件が起こった。


一部の見張りだけを崖の上に残して雅彦たちは敵からは見えない崖の裏側の林道で休憩や昼寝などをしていたのだが、見張りの女の子が突然『異変が起きたから来てくれ』と雅彦に声をかけた。


雅彦とヴィルマは飛び起きて崖の上に登った。


見張りの子は秀明愛用のギリースーツを被っていた。


ギリースーツというのは針葉樹の葉や木の枝などを模した布切れを大量に縫い付けた服で徹底的に自然に溶け込みたい場合に着る迷彩服の究極版だ。


見張りの子から双眼鏡を受け取った雅彦は敵本隊な様子を観察してみた。


すると下士官と思われる兵士が一般兵と思われる兵を剣で刺し殺している生々しい様子が確認出来た。


ザワザワとした様子から見て反抗的な態度をした一般兵を見せしめで殺したのだと雅彦は直感的に思った。


雅彦「Kommandant(指揮官)töten(殺した) Generalsoldat(一般兵) 」


単語の羅列だが、まあ意味は通じるだろう。


ヴィルマたちも理解しているようだ。


ヴィルマ「敵 攻めてくる?」


雅彦「Jaはい、Sie(彼ら)Attacke(攻める)zu uns(我々に向けて)」


文法とかは多分めちゃくちゃなのだが、意味さえ伝われば良かろうなのだ。


雅彦はこの事を無線で村にいる秀明に伝えた。


雅彦「親父、聞いてるか?敵の指揮官だか下士官だか知らないが、一般兵を見せしめで殺したみたいだわ」


それを聞いたエマと秀明の表情は一瞬暗くなった。


秀明「まずいな、猟犬に追い立てられたウサギみたいに攻めてくるぞ」


雅彦「あぁ、分かってる。また次の手を打つわ」


秀明「方法は任せるが、また報告してくれな」


雅彦「了」



秀明は敢えてこうしろと指示はしなかった。


秀明「大丈夫、雅彦なら上手くやってくれますよ」


秀明は不安そうな顔をしているエマや近くにいた子供たちに言い聞かせたのだった。

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