開戦と先制攻撃
緑を基調にした米軍で元々採用されていたデジタル迷彩の戦闘服とヘルメット、防弾ベストを身に付けた雅彦。
それに対し、村の女の子達の装備は真っ黒の戦闘服に防弾ベストやヘルメットを装着したSWATや対テロ制圧部隊でよく見る装備を全身に包んでいた。
現地時間で朝の7時となり、東の空は少し明るくなってきていた。
真っ暗で何も見えなかったゲレンデの先の風景が少しずつ見えるようになってきていて、遥か前方にかなりの数の軍団が適当に見える配置でバラバラに坂を登ろうとしていた。
雅彦は関所跡の崖の上に登り、暗視スコープ(ナイトビジョン)で敵軍の様子を監視していたが、敵の前衛は大型の長方形の盾と長さ2〜3メートル程度の槍を手にした兵士たち数百がいくつかの集団に分かれて横に並んでいた。
ファランクスにしては槍が短い。
「もしかしてこちらの陣形はファランクスではなく、レギオンか?」
まあ、ファランクスもレギオンもゲーム内では見たことがある程度で詳しくはよく知らないのだが、レギオンなら左右を重装騎馬兵を配置するだろうがそうではない。
ただ、大きな盾を並べた兵団がゆっくり坂を登ってきているのだ。
ファランクスを元にしているなら盾は丸い形をしているはずだが、目の前の軍団は全身を楽々カバー出来る大きさのある大楯を装備している。
似ているものがあるとするなら、以前見た「TROY」という映画で出てきたトロイ軍の軍装が似ているかな、と思った。
そこへ比呂が雅彦の処に登ってきて、「兄貴、どう思う?」と聞いてきた。
比呂の装備は現在のドイツ陸軍の標準装備で、特徴のあるマダラ模様の迷彩服を身につけていた。
雅彦「ヤツら大楯を装備した重装歩兵を最前列に配置してやがるな。
オレらの防衛戦術にとっては相性が悪いんじゃね?」
その通りだ。
例えば催涙水を敵に掛けたり、インパルスやショットガンなどの直接攻撃は大きな盾により防がれてしまう可能性がある。
また、目の前に広がる鉄条網と空掘の組み合わせの防衛ラインも、盾を下敷きにして乗り越えてくる可能性もある。
まあ、ここに持ってきているショットガンは散弾ではなくスラグ弾なのであの程度の盾なら軽々貫通はするだろうが、これらの武器に大楯は相性があまり良くないことには違いない。
比呂「そうやな。よもやアイツら先日の俺らのと戦闘で装備を選んできたんかな?」
雅彦「どうなんやろなぁ?
ここの兵団は60キロ先に駐屯している軍団から派遣されてきてるハズなんで、本国まで帰って装備をわざわざ変えてくるほど時間に余裕はないと思うんだがな。
最初から大楯は標準装備なんじゃないの」
比呂「ということは、たまたまか」
雅彦「もちろんこれは想定の範囲内だろ?」
比呂「当然。
あの大型の盾は古代ローマでは『スクートゥム』と呼ばれていた物によく似てるね。
あれが廃れた理由を彼らに教えてあげよう♪」
なんだか妙に嬉しそうである。
比呂は無線機でこの状況を秀明にも伝えた。
秀明「彼らが手にしている槍は投げ槍か、それとも近接戦闘用か、どっちだ?」
比呂「なんか中途半端な長さなんよな。両方可能だと思っていた方がいいわ」
秀明「後方にいる弓隊はどんな感じだ?」
比呂「まだハッキリ見えないけど、前衛の大楯を持ってる連中より数は多そうだよ」
秀明「いきなり矢の雨が降ってくるかもしれないから、全員に注意させとけよ」
比呂「了解」
雅彦は改めて敵の全容を見てみたが、あることに気が付いた。
敵軍の総兵数があんまり多くない。
見える範囲内でいうと千人もいれば良い方じゃないか?と思った。
雅彦「千人くらいしかいないように見えるけど、どう思う?」
比呂「ああ、想定より何倍も少ないな。
少なくとも五千は来ると思ってたんだけど、これはうちらにはラッキーかもな」
雅彦「ああ、全力で来られると流石にヤバいもんなぁ。
敵が本気になるまで、こちらとしては貴重な時間を稼ぐことが出来るからな」
実際の処、敵は雅彦たちを舐めていた訳では無かった。
帰ってきた捕虜達の話から敵には不思議な形をした戦車がいるとか、不思議な武器を使っている魔導師みたいな兵がいるなど、いくつか不可解な報告があり、無闇に攻めても前回みたいに返り討ちに遭う可能性があると思っていたからだ。
だから今回は万全を期して千人隊を動かし、更に長期化しても大丈夫な様に使い捨て出来る奴隷や傭兵隊、さらに糧食輸送隊を連れて来ている。
敵が山に巣食う勢力であれば、猟師出身者が多い傭兵隊を使って背後から攻撃させてもいいし、罠を仕掛けて待っているのであれば、奴隷に罠に引っかからせて罠を無効化してから安全に正規兵を進ませれば良い。
村を占領さえしてしまえば、村に残る女どもは全て自分たちの奴隷に出来るし、村の近郊にあるという金の鉱山を押さえてしまえば、上官を買収する金が捻出出来るかもしれない。
上官を買収してここを拠点に出来るのであれば未来永劫、ここは自分たちの拠点に出来るし、金の鉱山という新たな資金源を得ることも出来る。
とりあえず持てる兵力は全て投入してさっさと村を占領して邪魔なヤツだけは排除してしまいたい。
この村の占領はオレの出世と金儲けの足掛かりに出来るかもしれない。
攻めてきている千人隊の隊長はこのような野望を持っていたわけだ。
ただ、千人隊を動かして戦果が全く得られない場合には責任問題にもなりかねない。
味方だろうが敵であろうが、野望の実現を邪魔する奴は徹底的に潰す、これがドラゴニアの一般将校たちの標準的な考え方だったのだ。
そういう敵の事情はまだ知らない雅彦たちは、敵の陣容の不自然さに頭を捻っていた。
ホンキの割には兵力が少ない。
鉄条網と塹壕(空掘)が張り巡らされた防衛ラインを突破するには工夫が足りない。
ホンキでこちらの防衛ラインを抜こうとするなら、こちらからの攻撃が全く出来なくなるほどの大量の矢を間断なく我々に浴びせ続け、その間に鉄条網まで大楯を持った兵士に肉薄させて、鉄条網や堀を工兵などで切断したり埋めたりして前進を続けさせる。
防衛ラインを突破したら後はひたすら肉弾戦を挑む…こうしてやれば、火炎瓶などは無力化出来るし、こちら側の被害者を全く出させないということは極めて難しくなる。
ただ、敵側からこちらを見た時、鉄条網がどう見えているか分からないし、更に空掘が掘ってあって、しかもそのミゾの中にも鉄条網が張り巡らされているのはおそらく事前には全く分からなかったであろう。
先日、捕虜を解放させる際にも防衛ラインの様子は頭に土嚢袋を被せておいたので見せて無かったし、これらの防衛ラインの突破が実はかなり困難であることはまだおそらくはバレてないだろうと思った。
敵側の視点では、黒ずくめの女が数名居たのが確認出来たのと、何やらイバラが一面に何重にも張り巡らされているのは確認出来たが、異様に明るい光源の逆光でそれらはハッキリ見えなかったのだ。
だから前衛部隊には「大楯と剣でイバラを排除しつつ、敵の姿が見えたら後方から弓矢や投げ槍で攻撃せよ」という命令を下していた。
突破口を見つけたら前衛部隊が突っ込んでいき、敵を極力生け捕りにして、我々の同胞を殺したであろう魔道士たちは殺せと命令をしていたのだ。
結果からしてみると、彼らは大変な思い違いをしていたことを後悔することになる。
防衛ラインに敵兵が100メートルほど接近して来た時、敵の後方から号令が下り、敵兵たちは一斉に手に持った槍を大楯にリズムを合わせて打ちつけ始めた。
「ガン!ガン!ガン!ガン!」
夜が明け始めた静かな草原に響き渡る不気味な打撃音。
数百もの兵士が同時に発する音は、聞くものに大きなプレッシャーを与えてきたのだ。
比呂「始まったな。じゃあ、アニキ、こちらも始めよう」
比呂は手が震えるのを隠しながら、雅彦に予定の行動を起こす指示を出した。
雅彦は崖の上から下にいる村人たちに向けて大音声で話しかけた。
雅彦「Alle,schließen Sie die Ohren!(全員、耳を塞げ!)」
雅彦は崖の上に持ち上げていたアンプと大型スピーカーの電源を入れた。
ポータブルアンプに予め入れておいた音源が大型スピーカーから大音響でゲレンデ全体に数キロ先まで届きそうな大音響で流れ始めた。
比呂と雅彦は大急ぎで極度騒音作業タイプのイヤーマフを耳に当てた。
顔を見合わせてニヤッとする二人。
大型スピーカーからは、「般若心経」が大音響で流れ始めた。
崖の下ではクスクス笑い始めたヴィルマやイングリットの顔が見えた。
彼女達にはあらかじめ、どんな音を流すのかを知らせておいたし、般若心経は日本では有難い神父の説教なんだぞと教えていたからだ。
案の定、敵兵士は動揺し始めていた。
盾を叩くのを忘れ、その場で呆然と立ち尽くす兵士があちこちで続出し始めた。
比呂「効果テキメンやな!!」
大声で叫んだのでなんとか意味が伝わった。
「敵を音響兵器で恐怖のドン底に叩き落としてやろう」というのは比呂の作戦だったのだが、般若心経を聞かせてやろうぜというのは雅彦の思い付きであった。
崖の下のヴィルマたちからも敵の動揺した様が見えるみたいで、ヴィルマは後方に控えている弓隊に大声で敵の様子を伝えてあげているのか、弓隊の子たちからも笑い声が起こった。
雅彦「よし、攻撃を始めるぞ!」
雅彦は、崖の下の、逆Cの字に湾曲した林道の先にいる弓隊に向けて大声で「トラ!トラ!トラ!」と叫んだ。
その合図で弓隊は一斉に矢を百メートルほど先の敵の前衛に向けて放った。
弧を描いて飛んだ矢のうちいくつかは敵に届き、あちこちから敵の混乱が広がっていった。
敵に当たった矢は少なそうであったが、敵は完全に浮き足だった。
雅彦「Zweiter Schuss,Schießen!(第二射、放て!)」
更に10本ほどの矢が敵兵付近に飛んでいき、混乱に拍車がかかった。
実は今回の為に、弓は日本から持ち込んだクロスボウが使われていた。
これは弓力が100キロを超える強弓なので、100メートル先にも矢が楽々と届いたのだった。
敵が異様に混乱していたのはかなりの距離があったにも関わらず、盾をブチ抜いてくる程の威力のある矢が届いたことも大きかった。
スピーカーからの音と僅かな矢で敵を混乱させたことでひとまず作戦は達成だ。
比呂「さあ、敵はどう動いてくるかな?これで戦意喪失して撤退とかありえんやろ?」
敵の軍団の前衛隊は明らかに動揺を見せていたが、騎馬に乗った部隊長と思しき騎馬兵が、あちこちで走り回りながら兵士達を叱咤激励していた。
すると、しばらくして陣形はまた少しずつまとまり始め、大楯を槍で打ち付けながらの前進が再び始まった。
雅彦は崖の上から大きく手を振って矢の射撃を止めさせ、敵の動きを観察していた。
雅彦はスピーカーの音を止めて敵の出方を待った。
比呂「恐らく、敵は矢を一斉に撃ってきて主導権を取ろうとする」
その言葉が終わる間のなく、敵の中段付近から一斉に矢が空に向けて打ち出されたのを目にした。
雅彦「Versteckt Schild!(盾に隠れろ!)」
雅彦の声に反応して、全員、手持ちのライオットシールドや備え付けの大楯の陰に飛び込んだ。
矢の多くは崖下に停めているランクルに向けて放たれ、人が居る付近にはほとんど届いて来なかった。
唯一、崖の上にいた比呂や雅彦のところに数発降ってきたが、威力のほとんどない矢で、透明のライオットシールドに傷を入れることも出来なかった。
透明の盾の向こうでは、早足で前進して来ようとしている前衛隊が目に入ってきていたが、それを見た比呂は「さあ、ここからが本番だな!」と言うのであった。




