敵影、見ゆ
ドラゴニアの襲撃を撃退して9日目、遂にその時はやってきた。
現地時間で23時頃、関所跡に駐屯していた見張り役から「異常有り」の無線がエマに飛んできたのだ。
丘の上に泊まっていた秀明と雅彦にも即座に伝えられ、二人は直ぐにエマが居る教会へと向かった。
村の正門に着くとイングリットが彼らの到着を待っていて、二人を通してくれた。
イングリット「ヒロサンは?」
雅彦「彼は後から来る、来たら通してやって」
イングリット「分かった」
教会に着いた二人は応接室に入り、中に居たエマに状況を聞いた。
エマ「見張り役が言うには、ゲレンデの下の方でキラキラ光る物が見えると言っているわ」
秀明「距離や数は分かるか?」
エマ「距離は5000エル(約2.5km)先で数は多過ぎて分からないらしいわ」
雅彦「夜中に進軍してくるかな?なんか不自然な動きだよなぁ」
秀明「おう、そうだな。エマさん、村の南の見張りは何か言ってるか?」
エマ「ちょっと待って、今聞いてみます」
エマは無線機のマイクを取り、発信する側の周波数を変えて呼びかけ始めた。
しばらくすると返事が返ってきたが、その声はアレクシアのものだった。
エマ「村の南の崖から下は何も見えないらしいわ」
秀明「うん、分かったありがとう」
雅彦「俺はヴィルマを連れて関所跡に向かうわ、ショットガンは持っていくで」
秀明「ああ、気を付けて行ってこい」
ちょうどその時、全身をいつもの革鎧に身を包んだヴィルマが部屋の中に入って来たので、彼等は共に関所跡に向かった。
雅彦はランクル73に備え付けているエアタンクに電動コンプレッサー2機で一斉にエアを充填させ始めた。
「ビーー!!」というコンプレッサーの音が真っ暗な林道にディーゼルのエンジン音と共に鳴り響く。
雅彦、ヴィルマ、イングリットの三人は関所跡に到着し、早速崖の上に登っていった。
ロープを伝って登った雅彦は上にいた見張りの女の子にジェスチャーで敵はどこか聞いた。
女の子は暗闇の先を指差した。
確かに数キロ先で数多くの物が何やらキラキラ光を放っているのが見えた。
こちらの世界は地球と違い月が無いので月明かりを反射している訳ではないのだが、明らかに遠目に見ると炎が揺らめいているように見えたのだ。
雅彦は望遠機能付きのナイトビジョンを取り出して、その光源付近を観察し始めた。
雅彦「馬だ」
彼の目に松明と思われる火を手に持った騎馬兵が飛び込んできた。
ざっと見回してみると軽く2〜30騎は確認出来た。
おそらくだが、敵の先遣隊のさらに前方を偵察している部隊ではないかと思われた。
雅彦「Kavallerie(騎馬兵)、Zwanzig(20)」
彼は覚えたてのドイツ語で彼女たちに伝えた。
雅彦は彼ら以外にも敵兵の姿はないか更に遠くを見回してみたが、他には確認出来なかった。
雅彦は無線を借りて、教会にいる秀明に情報を伝えた。
秀明「すぐに敵の本隊が襲ってくるわけでは無さそうだな、それにしてもヤツらこんな時間に何してるんだ?」
雅彦「分からないな、ただ真っ直ぐ坂を登ってきているから俺らに用事があることは間違いなさそうだぜ」
秀明「戦闘開始のタイミングは任せたから、こちらからも守備隊を送り込む準備は始めておくぞ」
雅彦「ああ、よろしく」
雅彦は見張りを女の子たちに交替して、防衛体制を整え始めた。
まず小川に入れていた農業用の排水ポンプを稼働させて、関所跡の先に三重に張り巡らされた空掘と鉄条網の防御ラインに大量の水を撒いた。
これで歩兵や騎馬兵も間違いなく立ち往生はするだろう。
あちら側から見るといくつかの溝とグルグルと細いツタみたいなものが張り巡らされているようにしか見えないのが、ある意味でキモであった。
迂闊に溝の中に入ると泥でぬかるんだ路面に足を取られて溝の中に滑り落ちて、溝の中にも鉄条網が張られていて身動きが取れなくなる仕組みだ。
溝の中だけでなく、溝と溝の間の凸の頂上の部分にも横一列に鉄条網が張られているため、ここでも敵は突破するのが困難になってくるわけだ。
こういう「泥まみれの溝&鉄条網」「鉄条網」という組み合わせが三列続く訳で、これを突破しようとするなら戦車みたいなクローラーを履いた特殊なクルマで突破させるか、ワイヤーカッターで鉄条網を一つ一つ切って前進してくるか、大きな板などで上から覆ってくるか、どれかしか方法はない。
もし敵の指揮官が無能で闇雲に兵を突撃させたら、この防衛戦は死屍累々の凄まじい地獄になることは間違いなかった。
水を撒き終えた雅彦はランクルの向きを敢えてゲレンデ側にしてヘッドライトをハイビームにして敵の接近を待った。
ランクル73の運転席の横で肩からはベネリのM3ショットガンを下げて立つ雅彦。
後ろにはヴィルマとイングリットが控えていた。
無線機からは秀明からの声が聞こえてきた。
『弓隊10人と長槍隊5人がそれぞれそちらに向かうぞ』
それに対して「了」と短く返事した。
さて困るのはここではWi-Fiの電波が届かないため、敵とのコミュニケーションが取り難くなることだ。
それは事前に分かっている話だったので、お互い簡単な単語は覚えておこうという話にしていたのだ。
雅彦がさっき「騎馬兵」や数字をドイツ語で話したのもその対策の一環だった。
だが、今回みたいに敵兵が目の前に来て交渉する場合は、こちらはさっぱり言葉が分からないので事前にある程度、こういう場合はこう対応するという様にシミュレーションを繰り返しているので、実際の対応は今回はヴィルマに任せた。
今回の雅彦の装備は、ほぼ全身を米軍の装備品で固めている。
それに対してヴィルマはイングリットと同じくSWATチームで採用しているシールド付きの防弾ヘルメット、防弾ベストと、透明のバリスティックシールド(防弾盾)などを装備していた。
腕や脚は皮鎧が露出しているが、あちこちを現代の最新の装備で補っているという感じだ。
ちなみに後から駆け付けて来ている槍隊はそれら防弾装備一式を装備しているが、弓隊は盾は一輪車に付けている大型の盾で代用する為、手持ちの盾は持っていない。
槍を使う者は手持ちの盾を左肩辺りに引っ掛けて、両手で槍を振るう感じになる。
ちょうどアレキサンダー(アレクサンドロス)大王のファランクスに似た盾と槍の持ち方だ。
こうしておけば長さ4メートルの鋼管製長槍を両手で振るうのが可能となるし、盾を左肩から下げておけば胸の防護も出来るので生存性が上がるからだ。
後方部隊の動きについても少し言及しておく。
今回、比呂は出遅れていたが、別に寝坊したとかそういう訳ではなく、事前から敵を発見したらこうするという計画に基付くものだ。
雅彦は一番先にヴィルマやイングリットと共に前線になるであろう関所跡に向かう。
秀明とエマは村に残り、情報の整理と全体の指揮を行う。
比呂は日本での準備が整い次第、村にやってきてアレクシアを拾い、後発部隊の装備品を前線に送る段取りをする。
軽トラの荷台に火炎瓶や長槍、盾などを満載させていち早く前線に送り込む訳だ。
弓隊や長槍隊は基本的に徒歩で現地に向かうが、二度目に比呂が前線に向かう便などで乗れる人だけでも先に前線に送り届け、少しでも早く、すべての戦力を前線に集中されるのだ。
なぜ最初から関所跡にそれら戦力を集中させておかなかったのかというと、村の南方の崖などから敵が登ってくることなども一応考えられるため、なるべく戦力の大半は村に残しておき、敵の動きに合わせて兵力を移動させることにしたのだ。
ちなみに長期戦になることも想定して、全戦力をいきなり前線に向かわせることはしていない。
後方には予備戦力を若干残しているし、村の子供達や老人は食事の用意や戦況によっては日本に避難することにしている。
とりあえず敵の兵力がいくらで来るのかは分からないが、仮に総兵力の1万の半分が来たとしたら五千もの敵に対して、こちらはせいぜい40程度なのでどう足掻いても兵力差はいかんともし難いわけだ。
事前に用意した「あれ」や「これ」が効けば、この兵力差を挽回出来ると信じているわけだが、敵も馬鹿ではないだろうし、戦闘ではどんな不測の事態が起こるか分からない。
とにかく、どんな卑怯な手を使っても、村人に一人でも被害を出す訳にはいかない。
敵の正規軍との本格的な戦闘も今回が実質的に初なので、不安定要素はてんこ盛りだが、引くわけにはいかなかった。
この村は俺たち日本人が守ると決めた村だ。
ドラゴニアごとき野蛮な人権無視も甚だしい国が手を出していい場所でも人たちでもない。
おそらく自分は今日、この時の為になんらかの力でこの世界に導かれたのだ。
ヘッドライトの照らされた先に、松明を手にした騎馬兵が数十騎、肉眼でも見える距離まで近付いてきた。
見るからに「なんだこの眩しい光は?魔法が何かか?」と困惑した様子を見せている。
ここでヴィルマは当初の予定通り、拡声器を手にして敵と思われる騎馬兵に向けて話しかけて始めた。
ヴィルマ「そこで止まれ!無断で近づくものは攻撃を加える。
私たちの村に接近する目的とあなた方の所属を述べよ!」
すると敵兵と思われる騎馬兵のうち一人が少しだけ前に進み出てきて、
「我々はドラゴニア 東部戦区第二軍団所属の先遣部隊である。
先日、貴様らは我々の兵士を違法に十名以上殺したばかりか、捕虜に対しても拷問を施したと判明している。
責任者は今すぐ武装を解き、出頭せよ!
さもなくば我が軍100万人のドラゴニアで最強の兵士どもが即座に貴様らを蹂躙し、全ての村民や協力するどこぞの馬の骨を想像が出来ないほど残虐な方法で拷問し、苦しみ抜いた後で悲惨な死を迎えさせることになるであろう!
今すぐ返答をせよ!!」
聞いていた雅彦は、言葉は全く分からなかったがその尊大を絵に書いたような態度でおおよその内容は理解した。
これは明らかに威嚇して即時降伏を求めているのだろう、と。
このやりとりはイングリットから無線でエマに飛び、更にそこで翻訳されて秀明から雅彦へと伝えられた。
雅彦「ははっ!やっぱりな。
それにしても兵力が100万?ドラゴニア最強の無慈悲で精強な軍隊??
盛るにしても程があるし、実際目にするとハラワタが煮えくり変えるな」
開戦するか、どうするかの判断は雅彦に一任されている。
もし、敵が少しでも話が分かる奴らだったりした場合、話し合いから始めてもいいと思っていたが、直接目にするコイツらには心底怒りしか湧いて来ない。
雅彦の腹は決まった。
雅彦「…親父、やるで。
ヴィルマに『馬鹿め!』と一言敵に言ってくれと伝えてくれ!」
無線の先でこれを聞いていた秀明は、「沖田艦長かよ」と一瞬笑った後、
「エマさん、ヴィルマに『馬鹿め!』と一言敵に言ってくれと伝えてくれ、良いよね?」
エマに対して敵と交戦するぞと同意を求めた。
エマ「ええ、始めましょう」
彼女は無線機に向かいドイツ語で『馬鹿め!』とヴィルマに言ってやってと伝えた。
無線機の前で聞いていたヴィルマはエマからの言葉を聞いて一瞬キョトンとした表情をしたが、一緒に聞いていたイングリットはそれを聞いて笑った。
雅彦もニヤッと笑ったのでヴィルマは、
『馬鹿め!』と拡声器で叫んだ。
何やら敵の指揮官と思われる騎馬兵が喚いていたが、馬首を返して坂を降っていった。
さあ、始まるぞ!
おそらく敵の攻撃は夜が明けてからだ。
雅彦「よし!最低限の見張りを残して、皆、楽な格好をして休憩をしよう。
寝れる者は少しでも寝ておいてください」
雅彦は無線を使って翻訳してもらい、ヴィルマから全員に休むよう伝えられた。
雅彦はランクル73に乗り込み、クルマの向きをその場で反転させ、車の後方を敵の方向に向け直した。
運転席のシートを少しだけ倒して、「さあ、どんな敵が来るんだろうか」と思いながら目を閉じるのだった。
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