ツーマンセル戦術
秀明は、狩人の女の子たち8人を教会の応接間に集め、二人一組のチームを作り、それぞれの名前を「セイバー」「ランサー」「アーチャー」「キャスター」と名付けた。
異世界での言葉では「アーチャー(弓使い)」はBogenschutzeと言うので、彼女たちはアーチャーと言われても弓使いだとは思っていない。
また同様に「ランサー(槍騎兵)」もご当地語ではLanziererと言うのでランサーと言われても槍騎兵だとは思っていない。
語呂が良いからそうネーミングされたのか、という感じなのだ。
いきなり余談だったので話を元に戻すが、秀明は彼女たちに二人一組で戦う戦術について詳しく説明を始めた。
秀明「これまで君たちは狩りを単独でやってきたと思う。
だが、対人戦ではあまりお勧め出来ません。
何故かというと単純に弱いからです。
我々の世界でも戦争は繰り返し行われているが、それ故に戦術の進歩も急激に進んでいます。
これから教えるツーマンセルという戦術もそれらから生まれた戦い方の一つだが、すぐに難しいことを教えてもなかなかすぐには実戦で使えないと思うのでなるべくカンタンに教えようと思います」
秀明の講義を真剣な面持ちで聞く狩人の面々。
秀明「まず二人のうち一人を『ポイントマン』と呼びます。
そしてもう一人は『バックアップ』と呼びます。
索敵時にはポイントマンは主に前方を、バックアップはポイントマンが見ていない左右や後方を見ます。
ポイントマンが囮になった時は無防備に攻撃してきた敵をバックアップが攻撃し、逆にバックアップが囮になったときはポイントマンが狙撃します。
長距離の狙撃を行う際には、一人が狙撃しながら、もう一人は双眼鏡で弾着を確認します」
秀明は双眼鏡を取り出し、各チームに一つずつ渡していった。
秀明「これは遠くを拡大して見る方が出来る道具です」
秀明は双眼鏡の使い方を彼女たちに教えた。
一通り使い方を覚えてもらった処で次の話を始めた。
秀明「また一人が双眼鏡で遠くの一点を観察している場合は、もう一人が周囲の警戒をします。
こんな風に基本的には二人は全く違うことをしてお互いを助け合う、これを『ツーマンセル』というのです」
ここでマルレーネが手を挙げて質問がありそうな表情を秀明に向けた。
秀明は自動翻訳機をマルレーネに渡してやる。
マルレーネ「難しい言葉が多く出てくるので多分、ここにいる皆もなかなか理解出来ないと思う。
だから私一人にじっくり教えてもらえれば、私から彼女たちに教えられたことを伝えることが出来ると思う」
なるほど、たしかにその通りかもしれない。
秀明「分かりました、ひとまずは一通り皆に最低限の話しだけをすることにします。
マルレーネさんにはまた後日、しっかり教えますね」
コクンと首を縦に振るマルレーネ。
秀明「次に情報伝達について最低限教えます」
ここで秀明は全員にG-SHOCKを配布して、左腕に着けさせた。
これは時間を表示している、ということだけカンタンに説明し、ホワイトボードに大きく時計の文字盤を手書きした。
秀明「ここでは敵の向きを表す方法として時計の文字盤を利用する言い方を教えます。
自分が向いている方向は12時の方向です。
仮に敵が右斜め前の方向で見つけた場合は『敵発見、2時の方向』という感じで味方に伝えます。
真後ろの場合は6時の方向、右は3時、左は9時です」
皆、秀明がやっているように左腕の時計の文字盤を目の前に持ってきて、ほうほうと納得するような素振りを見せながら話を聞いていた。
秀明「次は味方との連携で、敵が周りにいない場合は声で直接行う。
ただ、緊急時などは短い単語で分かりやすく表現する必要があるので、あらかじめこの言葉を決めておく。
まず、『カバー!』、これは敵の攻勢を受けて後退したり移動したり、救援や援護を求めるときに使う。
次に『ゴー!』、これは進め!という意味だ。
『バック!』、これは後退しろ!という意味だ。
『ダック!』、これは伏せろ!という意味だ。
『ビー クワイエット!』、これは静かにしろ!という意味だ。
最後に『ストップ!』、これは止まれ!という意味だ」
これらをホワイトボードに書きながら一つ一つ説明していく。
秀明「こちらの世界の言葉なので悪いが、これらはしっかり覚えておいてくれ。
次にハンドサインを教えます」
秀明は実際にどういう時にハンドサインを使うかを説明していく。
秀明「ハンドサインは隠密行動時の意思疎通などでよく使うが、我々の国の軍などは複雑なハンドサインを持ってるが、最低限だけ覚えておいて下さい」
方向を示す場合は指を真っ直ぐ揃えててそのもので差し示したり、
敵を発見した場合は、方向を示した後に親指を立てて下を向けるとか、
敵の数を教える場合はその後に手で数を示すとか、
敵との距離を教える場合は手で山を表現した後で手で数を示すとか(この場合、手で5を示したら500メートルなど)、
敵を撃つ場合は、親指で自分の首を切るジェスチャーをするとか、
了解したときは、手のひらを一瞬見せて拳を握るとか。
これらは秀明たちが使っているローカルルールなので正式なものは実はよく知らないのだが、秀明は元々が軍人などではないので自分流で行かせてもらおうと思っている。
話は脱線するが、四駆でウインチングをする場合も、運転席にいるドライバーに車の外から指示する場合などにもハンドサインをよく使う。
クルマのハンドルの向き、ラインの巻き取りや送り出し、あと少しだけ巻け、ストップ、などなど。
これも微妙にローカルルールがあるが、秀明や雅彦などはこれらは普通によく使っている。
先日、関所跡の横の崖の上にウインチで水タンクなどを持ち上げた時なども運転席に座ったままでウインチを操作する比呂に対して、10メートル以上離れた崖にいる雅彦が比呂に巻き取りや送り出しを指示していた時もハンドサインを使っていた。
車の中にいると離れた所の声は全く聞こえないのでこれらを使うのだが、戦闘時などでも同様に使う必要が出てくるのだ。
一通りのハンドサインを彼女たちに教え、最後に無線機の使い方について講義を始めた。
秀明「無線機の使用は声による直接の会話やハンドサインによる意志の伝達より優先順位は低い。
まず、お互いは見えない距離に離れているため目標物の距離や方向が分かりにくい場合が多いからだ。
だから当面はチーム間での情報のやり取りは基本的に避けて、セイバーとランサー、セイバーとアーチャー、という感じでマルレーネとの交信だけに限定した使い方にする。
また伝達内容も『戦況報告』、『増援要請』の二つに絞ります。
無線機は便利な道具だけど、無制限に使うと混乱の原因になったり、音が敵に聞かれる場合があるので使用は最低限に抑えてください」
…このように講義は続いていったのである。
比呂や秀明は迂回路になりうる森の中での迎撃戦は基本的に少数精鋭部隊によるゲリラ戦になると想定していた。
だからツーマンセルによる分隊行動の基本を叩き込む以外にも必ず知っておかねばならない知識がある。
それは『ブービートラップ』の知識だ。
元々、マルレーネたち狩人は弓矢だけではなく罠の扱いには長けているのだが、人間相手、また軍という人の集団相手となるとやや話は違ってくる。
大勢の人の行動をコントロールするには、彼らの考えを知り、行動パターンを読む必要がある。
敵の動きをコントロールするということは、敵の感情をコントロールすること。
例えば、宝物や敵の残した遺留品を敵の一人が発見したとする、
その兵士は『やった!儲かった!』という欲が出て、その品物を手に取る。
すると「ドカン」と仕掛け爆弾が炸裂してその兵士を適度に怪我をさせる、などだ。
これは人間がもつ欲望という感情をコントロールする技だ。
もう一つコントロールしやすいものとしては『恐怖』がある。
戦場にいることは元々、恐怖との戦いを常にしている異様な状況にいることだ。
だからこそ、恐怖というものは起こし易いし、コントロールし易いものなのだ。
人は自分が理解出来ない物などがあると恐怖心が起こる。
秀明はポケットの中からポータブルスピーカーを出して、メモリ内の音源を再生し始めた。
応接室の中にマルレーネたちが聞いたことがない異様な音が流れ始める。
彼女達からすると、異教の魔術師などが唱える呪文などに聞こえるのかもしれない。
明らかに彼女たちの顔に恐怖の色が見て取れたからだ。
秀明はその音を止めて説明する。
秀明「これは私たちの国では死者を弔う時などにお坊さんという、こちらの世界では司祭とか司教などが唱える有難い言葉なんだけど、『知らない』こちら側の人は私たちにとってはありがたい言葉も、なんだか得体の知れない不吉な呪文に聞こえたりします。
カンタンにいうと、これを使います。
これはポータブルスピーカーと呼ばれている物ですけど、これを敵が侵攻してくる場所に隠して設置して延々とこの『不気味な呪文』を流してやります。
あと、こんなのはどうでしょうかね?」
秀明は今度は小さな子供たちがキッキャ、ウフフと言っている音源を彼女達に聞かせた。
秀明「想像してみて下さい。
あなたが一人で森の奥深くで狩りをしていて、どこからともなくこの子供達のはしゃぐ声が山に響いていたら…どう思いますか?」
ヒィ!!という想像通りのリアクションに満足した表情を見せる秀明だった。
秀明「ほかにも色々な音源を用意しています」
秀明はホラー映画の効果音や、すりガラスに爪をたててキーっと引く不快な音などを次々と再生してみせた。
これらは元々雅彦や比呂の案だったのだが、秀明も面白がってネットから色々な音源をDLしてきたわけだ。
秀明「これらを再生したままで敵が来そうな森の中に置いてやれば敵さんはどんな風になるか、楽しみですね」
…そこには満面の笑みを浮かべた小畑秀明 52歳、現在独身バツイチの姿があった。
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